ビリーブ(2)
レイはビルを出ると、目の前の光景に一瞬言葉を失った。
砂塵が立ちこめ、そこら中に見える瓦礫の山。
さっきまでは、舗装された道路だったものが、跡形もなかった。
しかも、あちこちから助けを呼ぶ声が聞こえる。
瓦礫に埋もれた人がいるのだろう。
レイは足下を確認しながら、ゆっくりと歩く。
基地までは、ここからまっすぐ1キロ程度だが、この分だと時間がかかりそうだ。
10メートルも歩かないうちに、瓦礫に下敷きになった女の人を見つけた。
「大丈夫ですか!」
レイは駆けよって、絶句した。
女の人の下半身が、巨大な瓦礫に押しつぶされていた。
レイの声に気づいたのか、女の人は虚ろな目をわずかに向けてきた。
「……うぅ………」
女の人は、掠れた呻き声を上げた。
レイはしゃがみこみ、耳を傾ける。
助けるのは不可能だということは、一目瞭然だった。
女の人は口を動かす。
「……し、……にた………くない」
そう言うと、女の人を事切れていた。
レイは固く目をつぶり、拳を握りしめる。
「くそっ!」
毒づいて、立ち上がった。
ここで立ち止まっていても、なにも始まらない。
レイには、レイのするべきことがある。
砂塵も少し晴れてきた。
レイは基地の方角を見据えた。まだ、煙っていてそこまでは見えない。
基地がいったい、どんな状況になっているかわからなかった。
もしかしたら、すでに壊滅している可能性もある。
その場合は、この街を守る者はいないことになる。
ろくでもない状況だ。そうじゃないことを祈るしかない。
レイは空を見上げた。
空爆をしてきた戦闘機は、とりあえず近くにはいないようだ。
とはいえ、慎重に近づく必要があるだろう。いつ戻ってくるか、わからない。
瓦礫に埋もれた人たちを見ないようにしながら、レイは基地に向かって歩き出した。
悔しいが、今はレイが助けに行ったところで、瓦礫に埋もれた人を助け出すことは出来ない。
さっきから、携帯端末で消防や救急に連絡をとっているが、つながらなかった。
通信が麻痺しているのか、受ける相手がすでに存在しないのか。
どちらにしても、いい状況じゃない。
惨状に滅入りそうになる気持ちを抑えながら、レイは別のことも考えていた。
(どうして、月の連中はここまで来られたのか?)
月と地球の戦争は、小競り合い程度の規模で半年間続いていた。
その最大の理由は、月側が地球に拠点を持たないためだ。拠点を持たない月側は、攻撃を仕掛けるといっても、地球に戦闘機を降下させるしかない。
しかし、降下すれば地球側からは、すぐにわかる。地球側は迎撃態勢を整えて、待ち構えた状態で戦闘になる。
ほとんどの戦闘は、痛み分けに近い形で終わり、月側は引き揚げて行く。
では、地球側が月に対して、打って出るのはどうかといえば、これも同じことだ。地球側が月に向かう間に、迎撃態勢が整っているだろう。
ミサイルなどの攻撃が、迎撃システムの発展で、ほとんど無意味になっている現状では、人が乗る戦闘機が最大戦力だった。 つまり、こう着状態。
そういう理解をレイはしていたし、世間一般でもされていたはずだ。
つまり、地球側にも月側にも一般市民の被害は、ほとんど出ていなかった。
それがこの状態とは、いったいどういうことなのだろうか。
(考えられる可能性は、月が大規模な作戦を展開し、地球側の対応が追いつかなかった、というところか)
レイの予感が正しければ、この街は陥落寸前ということになる。 レイたちが通う訓練校と併設するように、基地も存在する。
補給のための基地で大きくなく、月側が編隊を組んで来られたら、迎撃などできないだろう。
ただ、腑に落ちない点もある。
(こんな基地を攻撃する意味なんてあるとは、思えない)
こういってはなんだが、この街の基地に戦略的な価値はない。狙うなら、近くに大きな基地がある。
(そちらのほうが戦略的価値は高いはず……そうだ! どうしてそこからの援軍がない――)
レイは思い至って、身震いした。
援軍がない理由なんて一つしかない。見捨てられたか、見捨てざる得ないか、だ。
有力なのは、こちらまで手が回らない状態だろう。こちらより、もっと多くの攻撃がなされているとすれば、こちらにかまってなどいられない。
「悪い考えしか、浮かばないな」
レイは考え込んでいるうちに、すでに基地のそばまで来ていた。
表門が見えるが、爆撃を受けたのか、鉄扉はひっしゃげて、用をなしていなかった。
当然ながら、警備の人間もいない。
レイの場所からでは、中の様子は窺えなかった。
「ここから入るべきか、それとも……」
レイが思案していると、戦闘機のエンジン音が空から響いてきた。
とっさに、壁際に身を隠す。
さっきの戦闘機だ。
訓練校の講義やニュース映像で見たことがあるが、実物を見たのは初めてだった。
機体の名は、セイレンだったはずだ。
セイレンは低空で飛び、しばらく旋回していたが、爆弾投下口が開くのが見えた。
まずい!
身を隠さなくては、爆風だけでやられる。
すぐにそう直感したが、目が戦闘機から離れなかった。
頭の中で危険信号が鳴り響いているのに、体が動かない。
いつの間にか、硬直してしまったように、戦闘機の威圧感にレイの心は飲まれてしまっていた。
いつも訓練をしているはずなのに、対処法だって頭では理解しているのに。
――なのに、体が動かない。
(こんなところで、死ぬわけにはいかないんだ!)
レイの心の中の叫びとは裏腹に、戦闘機は淡々と爆弾投下の作業をこなしていく。
その様子が、レイにはスローモーションのように見えた。
爆弾が落ちていくのがわかる。
あと1秒もない。
そのときだった。
「バカやろ! 突っ立てるな!!」
不意に後ろで怒鳴り声が聞こえた。
同時に、体を掴まれて、路地に乱暴に引き倒された。尻餅をつく。
直後に、爆音が鳴り、爆風が目の前を通り過ぎていった。
あと一瞬遅ければ、爆風に巻き込まれていただろう。
「おい小僧。ここに、なにしに来やがった」
野太い声がして、レイは我に返った。