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ビリーブ  作者: めぐる
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ビリーブ(1)

「なにかを得た奴は、代わりになにかを失うんだよ」

 そう言ったのは誰だったか? レイは考えながら、戦闘機の操縦桿を握っていた。

 眼前に広がる空には、雲があるだけで、敵も味方も存在しない。ずいぶんと悠長な空だな、とレイは心の中で苦笑した。

 左端に緑のランプがついた。着陸許可が降りたようだ。

 レイは旋回して、着陸態勢に入る。滑走路が見え、距離と高度を確認し、接地する。一瞬機体が揺れたが、悪くない着陸だった。

 完全に停止すると、ハッチを開けて外に出た。

 離れた場所で、同じ訓練を受けているクラスメイトの姿があった。その手前に、背の高い神経質そうな男が立っている。教官のフリトだ。その本人から通信が入る。

「ツキヤ。見事な離着陸でした……ですが、あのお遊びのような飛び方はどういうことですか?」

「ちょっと宙返りをしてみたくなりまして」

 レイはすっとぼけて答える。今回の訓練は、指定された地点へ行って帰ってくるだけのものだった。それをレイは途中で宙返りや、急上昇、反転などを色々とやったのが、フリトには気に入らなかったらしい。

「校長のお気に入りだかなんだか知りませんが、勝手な行動は慎みなさい。いつか、命を失うことになりますよ」

「わかりました」

 口では答えながら、レイは言うことを聞くつもりなんて、毛頭なかった。

 そもそも、こんな世界情勢の中、のんびりと飛んでいる場合じゃないだろう。

 ――月が地球に攻めてきているのだ。



 月への移住計画が始まったのは、今から二三〇年前。当時の最高の人材と、巨額の投資で、月への移住は三〇年という短期間で成功するに至った。

 地下での生活という不便さがありながらも、月への移住者は毎年増えていった。特に、科学者を含めた有能な人材は次々に月へと昇っていった。

 地球が危機感を覚え始めたのは、移住計画から一〇〇年が経ってからだった。新しい技術のほとんどが、月で作られるようになっていた。

 人口も二〇〇年経ち、百万人を突破していた。ちょうどその頃、事件は起きた。月の実質的指導者だったセイレン・アセムが自宅で何者かに射殺されたのだ。同時期に、月と地球を移動中だったシャトルが行方不明になるなど、事件が多発した。

 月は地球の陰謀だと言い、地球は濡れ衣だと突っぱねた。もう修復不可能なまで、関係はこじれていた。移住計画から二三〇年後、四月二〇日に月は地球からの完全な独立を宣言した。地球は当然のごとく認めず、開戦となった。

 それから半年が経とうとしていた。



「戦争っていっても、攻められてる実感はないよね。いつも上空での小競り合いだし」

 アリィが言って、ポテトフライを口に放り込む。

 訓練が終わって、レイはアリィとフートと一緒に、街のファーストフードにやってきていた。

 アリィは赤い髪が特徴的な、小柄な女の子だ。学科はオペレーターで、のんびりとしてそうな外見とは裏腹に、頭の回転は速く、トップクラスの成績を残している。

「ま、前線の人たちが頑張ってくれているからね」

 そう答えたフートは、丸い眼鏡をかけ、まだ幼さを感じさせる技術科の生徒だ。色々なものを改造するのが得意で、壁と見分けのつかない抜け穴を作って、停学を食らったこともある。

「でも、月が本気を出してくれば、ここだっていつ戦場になるかわからないけどな」

「まあ、ね」

 フートが浮かない顔で頷く。

「でもさあ、もし月が攻めてきたとしても、レイが守ってくれるでしょ?」

 アリィが小首をかしげ、きいてくる。

 本人は無自覚なようだけれど、アリィは通りを歩く人10人に尋ねれば、そのほとんどが美少女というような顔立ちをしている。

 そういう顔で、そんな表情をされるのは卑怯だ、とレイは思った。

「もちろん、守るさ。そのための訓練だからな」

「そうはいっても、訓練生の僕たちが前線に出るような自体になんて、よっぽど後がない状態だろうけどね」

 フートは窓の外に目を向けて言った。

「ま、そうだな」

 レイも同意して、つられるように窓の外を見た。

 高層ビルが並んではいるが、すき間から晴れ渡った青空が見える。

 飛んでみたいな、と思う。

 さっき飛んだばかりだというのに。

 未練を断ち切り、視線を店内に戻そうとして、視線の端になにかが見えた気がした。

「ん?」

 レイは気になって、もう一度空を見上げる。

「どうかしたか? レイ」

 フートが、レイの様子に気づいたのか、声をかけてくる。

「いや、なにかが見えた気が……」

 高層ビルの奥、青空の向こうで、光が反射した。反射を何度か繰り返し、段々と光は大きくなってくる。

 ――戦闘機!

「伏せろ!」

 レイはとっさに机を飛び越え、アリィ側の席に行き、自らと一緒にアリィを机の下に押し込む。

 フートはレイの指示通り、机の下に先に潜り込んでいた。

「ちょ、ちょっと、なんなの!」

 アリィが非難の声を上げるが、レイは答えない。

 もう一度アリィが口を開く前に、ドンッという重い音とともに、地響きがする。

「来るぞ!」

 レイは叫ぶと、アリィとフートの体を両手で抱き寄せた。

 今度はさっきの比ではなかった。

 一瞬耳が機能しなくなるような、轟音とともに、ビルが大地震のように揺れた。

 パンパンパンパン、とガラスが派手に割れる。

 店内のあちこちから悲鳴が上がった。右往左往する人の足が見える。

 震動と音が収まって、レイは机から顔を出した。

 店内は混乱状態だった。叫ぶ人、取り乱す人、ドアに殺到する人。この混乱はしばらくは、収まらないだろう。

 レイは店内から外に目を向ける。

 割れた窓から見える外は、ひどい状態だった。

 全壊、半壊したビルに、あちこちで煙が上がっている。あちこちから、人々の叫ぶ声が聞こえた。

「レイ、これって……」

 フートも顔を出し、外を見ていた。

「どうやら、月が本気になったらしいな」

「ど、どうするの?」

 アリィが不安そうに、レイを見る。

「おまえらは、教えられている通り、シェルターに行け。あそこなら、大丈夫だろう」

「レイは?」

 フートが、じっとレイを見つめてくる。

「基地に戻ってみる」

「なんで! 一緒に逃げようよ」

「おれでも、なにかの役に立つかもしれない」

「それなら、わたしたちだって」

「ダメだ。ここから基地まで、なにが起きるかわからない。おまえらのフォローまでしている余裕はないだろう」

 レイは2人を見る。納得している顔じゃない。数秒して、フートが大きくため息をついた。

「なにを言っても無駄だね。アリィ、行こう。ここにいたらレイの邪魔になりそうだ」

「で、でも!」

「アリィ。足手まといなんだ、ぼくらは」

 フートの率直な言葉に、アリィは押し黙る。

 我が儘の言える状態じゃないことは、アリィだって理解している。

「レイ。一つ約束して」

「なんだ?」

「ちゃんとわたしたちを迎えに来て」

「当たり前だ。基地の様子を見てくるだけだ。心配するな」

 レイは笑顔で言った。

 アリィが、泣きそうな顔で頷いた。

「そんな顔するなよ」

 レイはアリィの頭を、ぽんっとなでた。

「フート、アリィのこと、頼んだぞ」

「まかせて」

 フートがしっかりと頷いた。

 それを見て、レイは安心する。

「行ってくる」

 レイはビルの非常階段の方に走り出した。


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