92.行政府の立ち上げ
竜人族からムツ国に住む各種族の受け入れを要請され、俺はそれを受け入れた。
おかげで翌日から早速、難民の受け入れに忙殺されることとなる。
対象となったのはわりと弱小の兎人族、猫人族、狐人族、狼人族で、全部で3千人ほどいた。
彼らは、最近空きが増えてきた仮住居にまずは入り、家ができ次第、順次入居していく形になる。
それが一段落すると、他の種族の移住計画にも取りかかった。
こっちはまだ住居があるので、それほど急いで引っ越す必要がない。
なので、居住区を先に割り当て、ある程度準備が整ってから段階的に移住することになった。
そんな話し合いをするために各集落を回っていたのだが、途中で面倒臭い奴に引っかかった。
「なぜ我らが移らねばならぬのだ? しかも人族に頭を下げてまで」
「だから何度も言っておるではないか。このままでは鬼人族も滅ぼされると。それにタツマ殿は人族とはいえ、全く差別をしない立派なお方ですぞ」
鬼人族の村で移住の話をしたら、村長のランドウとかいうのが噛みついてきた。
仲介役として付いてきたジュウベエがとりなすが、状況は好転しない。
なんか俺、めっちゃ睨まれてるし。
「ふんっ、人族の言うことなど信じられんな、ジュウベエ。そやつの口車に乗って移住したはいいが、奴隷のような生活が待っているのではないか?」
「それなら実際にシナノ国を見てみればいい。皆、協力しあって平和に暮らしている」
「そんなもの見せかけか、今だけの話よ。いずれにせよ、人族に運命を委ねるなど考えられんわ」
取りつく島もないとはこのことだ。
しかも、妙にえらそうなのがムカつく。
その後、スザクとゲンブが真の姿を披露してもみたのだが、あまり状況は変わらなかった。
一部には心が動いた鬼人もいたようだが、ランドウは頑として首を縦に振らない。
嫌がる者を無理に誘う必要もなかったので、俺たちは竜人の里へ戻って、サクヤにそれを報告する。
「そうか……たしかにあやつの人族嫌いは飛び抜けておるが、そこまで頑なじゃったとは」
また煙管を吸いながら、サクヤがしかめつらをする。
人族嫌いの話が気になったので、聞いてみた。
「何か、特別に人族を嫌う理由があるんですか?」
「ん? ああ、あいつらは特に血の気が多いからのう。昔から戦ばかりしとるんじゃ。少し前までは人族にも負けておらなんだのが、最近は負けが込んでおる。それでますます恨みを募らせておるんじゃろう」
「はあ、なるほど……」
あいつらは獣人種きっての武闘派ってことね。
そんな連中を抱え込んだりしたら、トラブルの予感しかしない。
これはお断りする方向で釘を差しておこう。
「まあ、移住したくないって言ってるから、ほっといていいですよね?」
「うーん、そうなんじゃが……」
なぜかサクヤは煮え切らない口調だ。
やがて申し訳なさそうに懇願してきた。
「竜神の巫女は、周辺部族の面倒を見るのも務めの内なんじゃ。馬鹿な奴らじゃが、このまま見捨てるのは忍びない。しばらく結論は待ってくれんかのう?」
「サクヤさんが説得するんですか? まあ、彼らが移住を望むなら、受け入れなくはないですが、我が国の秩序には従ってもらいますよ。勘違いをさせないようにお願いします」
「うむ、助かる。奴らにはよく言って聞かせるのじゃ」
サクヤはホッとしているが、俺は嫌な予感がしてしょうがない。
あんな奴らを受け入れれば、トラブルが増えるだろう。
何か対策を考えておいた方が良さそうだ。
しかし、サクヤの説得も虚しく、鬼人族は首を縦に振らず、ムツ国に残ることになった。
そして鬼人族を除く各種族は、冬になる前に我が国へ引っ越してきた。
もちろん、ムツ国の秋の恵みをゴッソリ回収して、だ。
その他に魔境外縁部の集落から移ってくる者も、いくらか出た。
それらを合わせると、シナノ国の人口はとうとう3万人を超えた。
まだまだ人族の国に比べれば少ないが、それでもずいぶん大きくなったものだ。
しかし、急激に人口が増えたおかげで、俺たち受け入れ側は大忙しだ。
移住者の戸籍を作って土地を割り当てたり、仕事を斡旋するなど、やることはいくらでもある。
さらに揉め事もあれば、住民からの要望もいろいろ出てくる。
それらの業務をこなすためには、それなりの組織が必要となる。
そこで、我が国でも本格的な行政組織作りが始まった。
まず内務省、外務省、財務省、防衛省、経済産業省、国土交通省、厚生省を立ち上げた。
それぞれの大臣はウンケイ、ハンゾウ、ウンケイ、ヨシツネ、ベンケイ、アヤメ、ササミとなっている。
ただしこの人事は一時的なもので、もう少し落ち着いたら入れ替えていこうと思っている。
そもそもウンケイとアヤメ以外は、あまり書類仕事とか得意じゃないからな。
各省の重要ポストには今後、エルフ族を中心に優秀な人材を抜擢していくつもりだ。
ちなみに孤児のリーダーのカンベエだが、大口を叩いただけあって頑張っている。
元々、頭の回転が速い奴だから、いち早く知識を吸収して実務をこなし始めた。
彼がウンケイを補佐してくれるので、内務省と財務省の掛け持ちが成立しているといっていいほどだ。
他の孤児もそれを見て発奮しているので、孤児育成計画も順調に進んでいる。
それで各省の仕事なんだが、まず内務省は住民の管理・対応から始まって諸々の雑務だ。
外務省は、当面は他国の情報収集がメインなので、ホビット族に任せている。
財務省は、もちろんお金を管理する部署。
防衛省は、国防計画の策定と軍隊の運営の他、迷宮に潜る冒険者の管理も受け持っている。
経済産業省は、農業、工業、商業、漁業の計画・運営をする。
国土交通省は、道路や水路などの土木工事を管理・運営している。
そして厚生省は、当面は医療組織の運営だ。
今のところは人員不足でこの程度の組織分けになっているが、いずれはもっと細分化していかねばならないだろう。
効率的な行政組織をいかに作っていくか、今後も頭の痛い話だ。
それと、これらの組織を創設するに当たって、行政区にでかい国政庁舎を土魔法で建ててやった。
石造りの3階建てで、縦横100メートルぐらいのビルだ。
とりあえず各部署は全部このビルに入って、仕事をし始めた。
まとまってると、他部署との交渉とかしやすいからな。
それにしても……くっそ忙しい。
組織を作るまでも大変だったけど、それが動きだしたらもっと忙しくなった。
今、俺の机の上には書類が山積みだ。
一応、各大臣や官僚に権限移譲してるんだけど、判断できないと結局俺の所に回ってくるんだよね。
なるべく現場で判断するよう言ってあるのに。
まあ、当面は仕方ないか。
徐々にやっていくしかないよな。
あれ、また涙で視界がかすんできた。
「ふいーっ、ようやく落ち着いた」
「ウフフッ、お疲れさま、タツマさん」
ようやく仕事を終えた俺は、自宅でアヤメに膝枕をしてもらってなごんでいるところだ。
風呂と飯はすでに済ませてある。
「アヤメの方はどうだ? 最近」
「え、そうね……私もだいぶ慣れてきたし、同族の官僚も増えてきたから、まあまあね」
「そうか。まあ、アヤメは書類仕事とか、わりと得意だしな」
「そうでもないけど、頑張ってるわ」
そんな話をしていたら、ササミが部屋に入ってきた。
しかも、ずいぶんとお疲れのようだ。
「ただいまー……あっ、タツマさん、ずるいですぅ。自分だけ休んで!」
「俺もさっき帰ってきたばっかだよ……にしても、ずいぶんくたびれてるな?」
そう言ったら、ササミが泣きながら訴えてきた。
「そーなんですよっ! わたし、馬鹿だから分からないって言ってるのに、どんどん書類持ってくるんですよ~っ。もう書類見たくないぃ。ビエーーーンッ」
「おいおい、泣くなって……しかしそうか。官僚ってのは自分で責任取りたくないから、どうしても上司の許可を取ろうとしちゃうんだよな。やっぱり厚生省で仕事のできる人を見つけて、大臣に据えるか」
俺はササミの頭を撫でながら、今後のことを口にする。
「ぜび、ぼねばいじばじゅう。じょるい、ごわい~。ビエーーン」
「あー、分かった分かった。なんとかするから泣くな」
結局、その晩はササミのご機嫌を取るため、ベッドでハッスルしなければならなかった。
俺のやすらぎはどこにあるのだろうか?