90.戦力強化プラン
コタロウ率いるフウマ一族が仲間に加わったので、忍者隊の陣容は充実してきた。
しかし、純粋な地上戦力はまだまだ心許ない。
そこで関係者を集め、戦力強化について相談した。
「今、うちで期待できる戦力は、どれくらいになるんだっけ?」
「はい、我が国の人口が1万3千人足らずとなりましたが、まともに戦えるのはその3割ほどでしょう。それに加えて魔法部隊が500人ほどになります」
俺の質問に、ウンケイが淀みなく答える。
さすがは我らが参謀殿。
「もっと訓練したら、どれくらいまでいけそう?」
「そうですね。戦士を2千、魔法使いを500ほど上積みできるでしょうか。無理をすればもっと増やせますが、それは本意じゃないですよね?」
「そうだね。あまり無理はさせたくない。そうすると、戦士6000、魔法使い1000が当面の戦力か。これで人族の軍隊を、何人ぐらい相手にできるかな?」
「まあ、通常なら同数、上手く立ち回ってもその倍が限度でしょう」
「1万4千か……たしか、オワリの人口が120万人だろ。他の国も50万人くらいはいるだろうから、数万人の軍隊の侵攻はあり得るよなあ」
「それなりの準備期間があれば、十分あり得ますね」
去年のオワリ戦役はミカワ国主直属の兵だけだったので5千で済んだが、通常は万単位の戦がザラらしい。
そういう意味で俺たちは、少数の兵で貴重な経験が積めたと言えなくもない。
「なら、いざという時にもうちょっと上積みできるようにしたいな。弩みたいな遠距離武器なら、子供にも持たせられるよね」
「弩ですか。たしかに子供でも使えますが、速射性に欠けますね」
「獣人の腕力でもダメ?」
「子供だと、人族とそれほど変わりませんよ」
「うーん……」
しばし考え込む。
たしか弩の弦を引くには、足で押さえながら引くタイプの他に、レバーやウインチを使うのもあったはずだ。
あまり構造を複雑にしたくはないから、レバーで引っ張るのがいいか?
「ベンケイ、こうやってテコの原理で弦を引っ張る弩を、いっぱい作れないかな?」
「どれどれ……ほほう、似たようなものは見たことがありますな。より少ない力で引けて、量産性に優れた物をお望みですかな?」
俺が描いた大雑把な弩の絵で、ベンケイは狙いを察してくれた。
「そう。飛距離は少し落としてもいいから、速射性を優先する……それと、射手と装填手を分けたらどうだろうか?」
「役割を分けるのですかな? しかし、それでは戦力が減ってしまいますが……」
「例えば射手に女性を採用すれば、より多くの戦力が投入できるでしょ。女性はけっこう射手として優秀らしいし」
たしか、昔のソ連には優秀な女性狙撃兵がいたって、聞いたことがある。
「なるほど、弩なら非力な者でも使えますな。しかし、どれほどのおなごが参加してくれるか……」
いかに獣人といえど、女性が戦場に出ることは少ない。
しかし、いざ戦争となれば、そんな贅沢は言ってられないのだ。
「まあ、あくまで防衛戦の前提だけど、事前に訓練しておくだけでも、全然違うよね。この国はまだ人口が少ないから、いざとなったら総力戦をするしかないんだ。それを説明して、今後は女性にも軍事訓練に参加してもらおうよ。もちろんあまり前には出さず、極力盾とか防壁の陰から攻撃してもらうけど」
すると、それまで黙って聞いていたウンケイが賛同した。
「素晴らしい。女性を巻き込めば戦力は倍増しますから、兵力の少ない我々には最高のプランだと思います。早速、弩の量産と訓練計画を立案します」
「うん、頼むよ、ウンケイ」
ここでヨシツネから相談があった。
「タツマ様。昨年の戦で改めて思ったのですが、我々ももっと集団戦術を取り入れるべきではないでしょうか?」
「あー……ヨシツネもやっぱりそう思った?」
「はい、前回は数百人程度でしたし、使役リンクによる連絡網があったので、優位に立てました。しかし、万単位の軍を動かすには、今のままではまずいでしょう」
「うーん、そうなんだけどさあ、団体行動って獣人になじむのかな?」
ヨシツネの懸念は当然のことで、俺も考えてはいた。
しかし、なまじ身体能力の高い獣人は、個別に動くことを好む。
今はまだ兵力も少ないので、いずれ訓練すればいいかと考えていたのだ。
するとウンケイが助言してきた。
「今まで見てきた限り、兎人族、狐人族、猫人族はなかなかに協調性が高いですよ。彼らを歩兵部隊の基幹に据え、集団戦法を訓練したらどうでしょうか? 他の種族にしても、最低限のチームを組んだ方が生還率は高まると思いますし」
なるほど、わりと非力な種族は団体行動もいけるのか。
強靭な種族にも、分隊単位で行動させるのはありだな。
「うん、それはいいね。せっかくだから、分隊、小隊、中隊みたいな組織を整えて、集団戦術も取り込んでいこう。それに加えて兵站制度も整備したいな…………しかしそうなると、俺たちの仕事がまた増えるのは間違いない」
「アハハ……まあ、全てをいっぺんにやる必要もないので、ほどほどのペースで進めましょう」
「うん、ほどほどにね……」
いかに必要なこととはいえ、こればかりにかかずらってもいられない。
優先順位を付けて、できることからやるしかないのだ。
いずれ、参謀本部みたいなのも作りたいな。
今はまだ、遠い夢だが。
その後、女性の軍事訓練への参加を発表したが、これは意外に反発がなかった。
自分たちの国をみんなで守ろう、という呼びかけが功を奏したようだ。
女性のみならず、子供たちも積極的に訓練に参加するようになった。
問題は軍組織の編制だ。
今までは個人単位で戦ってばかりで、オワリ戦役が初めての集団戦闘と言える状況だ。
あの時も迷宮探索用の6人パーティーで動いただけで、全体はバラバラだったしな。
そこでまずは6人で分隊、2個分隊で小隊、4個小隊で中隊、4個中隊で大隊、5個大隊で連隊と定めた。
とりあえずこの単位で運用して様子を見ることにしたんだが、まずその必要性を理解させるのに苦労した。
たとえ一部が崩壊しても、すぐにそれを補う軍組織こそが強い軍隊なのだ、とか言っても分かんねーわな。
でも、これで責任を持つリーダーは決まったので、こいつらに教育を施すことで、少しは変わっていくだろう。
どっかで適当な戦があったら、観戦させるのも手だな。
そんなことをやってるうちに、新たな種族発見の報が入ってきた。
「竜人族が接触してきたって?」
「はい、ムツ国の山奥でひっそりと生活していたようです。やはり人族の圧迫に悩んでいたところ、我が国の噂を聞いて接触してきたとか」
「ふーん、どうやって接触してきたの?」
「コウズケ国の外縁部に残っている獅子人族を頼ってきました」
「えーっ、どうやってそれを嗅ぎつけたんだろ?」
ハンゾウたち忍者部隊が、獣人種や妖精種を受け入れてくれる国がある、という噂を流しているのは事実だ。
しかしどこに行けば受け入れてくれるかなど、具体的な情報はぼやかしてあるのだ。
それをピンポイントで探り当てたってのは、なんか怪しい。
「はあ、それが、竜人の巫女が神託を受けたとのことで」
「「神託ぅ!」」
それを聞いていた者の多くが、驚きの声を上げてしまった。
たまたま一緒に聞いていたアヤメに聞いてみる。
彼女はダークエルフの巫女の家系だ。
「巫女って、誰でもそんなことできるの?」
「いいえ、普通はそんなことできません…………ひょっとして、その竜人の巫女は人一倍霊力が強いのかも」
やはり並みの巫女にはできないらしい。
これはぜひ、その人に会ってみたいものだ。
「なんにしろ、その使者殿の話を聞きたいね。今はどこにいるの?」
「はっ、とりあえずコウズケの獅子人村で待たせています。連れてきましょうか?」
「うん、お願い」
するとハンゾウがその場で亜空間通路を開き、黒柱の中に消えていった。
彼にはゲンブの甲羅を預けてあり、わりと自由に使えるようにしてある。
ただし、亜空間通路を開くのはあくまでゲンブの力であって、悪用はできないようになっている。
もっとも、ハンゾウとは使役契約を結んでるので、悪さなんかしようもないけどな。
しばらくすると、彼がヨシツネばりの偉丈夫を連れて戻った。
その者は黒緑色の髪に金色の瞳を持った男性で、額上部に3センチほどの丸っこい角が2本生えていた。
彼は黒柱を抜けて戸惑っていたが、やがて俺を視認すると急に表情を変える。
「なっ、人族ではないか! 騙したのか?」
竜人が窓を背にして、腰に差していた刀を抜いた。
あれー、なんか勘違いされてる?