88.野ガモ農法
他国の戦で国民を死なせ、ひどく動揺していた俺を、アヤメとササミが慰めてくれた。
そしてそれは俺たちの距離を急速に縮めることとなり、自然に男女の仲になった。
今ではもう、3人で一緒に寝るのが普通の状態だ。
それならいっそ結婚するかということになったんだが、ここで懸念されたのが正室争いだ。
2人して正室の座を争うかと思われたのだが、意外にもここでササミが退いた。
それまでライバル意識むき出しだった彼女に、なぜと問えば、別に俺が独り占めされなければどうでもいいらしい。
かくして正式な国主夫人はアヤメに決まり、ササミが側室に収まった。
ささやかながら、ちゃんと結婚式もやったぞ。
前世も含めて初めての結婚式は、ちょっと面倒だったが良いものだったと言っておこう。
式の主役たるアヤメとササミも、凄くきれいだった。
凛とした美貌を持つアヤメは国主夫人として凄く見栄えがするし、ササミにはそれと違った可愛らしさがある。
こんな嫁さんをいっぺんに2人も手に入れるなんて、俺は幸せ者だ。
そんなイベントをこなしつつも、シナノ国の成長は続いていた。
冬の間も大雪が降らない限り、家作りや道路・水路工事をした。
どちらもアヤメ率いるエルフ魔法隊が活躍している。
家作りは基礎だけ魔法で固め、大工さんが上物を作る。
大工仕事も効率を高めるため、主要部品の寸法を統一してもらった。
角材とか板材の寸法を規格化して、生産性を上げたんだな。
最初はドワーフたちから、”素人が職人の仕事に口出しすんな”とか文句が出て、けっこう揉めた。
だけど、”今は家を早く作るのが最優先なんだ”ってことを説明して、なんとか説得したのだ。
ついでに、”限られた材料で個性を出してこそ真の職人だ”と焚きつけてやったら、上手くいったよ。
それから土木工事でも、エルフと獣人を上手く組み合わせた。
基本は体力のある獣人がザックザックと土を掘り、魔法がそれを補助する感じだ。
そのためにツルハシやスコップ、猫車なんかを作ってやったら、大好評だった。
たまにでかい岩をどかすとか、川に橋を架けるような大規模工事で、アヤメが呼び出されてる。
さすがにもう、俺は呼ばれないぞ。
相変わらず忙しいからな……。
それから魔法隊は工事だけじゃなく、農地開拓も進めている。
さすがに大規模な農地開拓にはアヤメとゲンブの力が必要なので、彼らはもっぱらこっちに専念する形だ。
そして新しくできた農地には、バイオトイレや家畜の糞から作った有機肥料を混ぜ合わせる。
さらに炭焼きで出てくる木酢液を撒くと、効果が高まるらしいので撒いておいた。
こうして下ごしらえをした農地を、春になったら一気に水田にするのだ。
今年はバリバリ米を作るぞ~。
こうして地道に準備を進めていたら、とうとう春が来た。
いよいよ農業の季節の到来だ。
冬の間に農業の勉強をさせていた国民を動員して、米作りに取りかかる。
まず農地を掘り起こして代かきをする。
それと並行して苗床を作り、苗を準備。
そしてある程度、苗が育ったらそれを水田に植え替える。
あとは秋の収穫を待つのだが、その間もやることはけっこう多い。
雑草や害虫、害鳥、害獣との戦いだ。
雑草を放置すれば、草ぼうぼうになって栄養を取られてしまうから、こまめな除草が必要だ。
さらにウンカなどの害虫を放っておけば、やはり稲がやられてしまう。
地球の近代では除草、殺虫用途の農薬が普及して労力が低減されたが、昔は大変だったのだ。
穂が出たら、鳥や獣からも守らなきゃいけないしな。
そこで俺たちはいろいろと対策を試してみた。
まず試したのは自然から採れる農薬だ。
木酢液や煙草の煮汁なんかを薄めて、一部の田んぼに撒いてみた。
それと並行してデッキブラシみたいなのを作って、雑草を取り除いた。
これは昔、読んだマンガに描いてあった。
酒蔵のお嬢さんが、酒造用の米を自分で作る話なんだが、これはけっこう使えた。
最適な形状について職人に研究させてるから、さらに改良も期待できるだろう。
そして、もうひとつ試したのが野ガモ農法だ。
これは日本でも有名なアイガモ農法の異世界版だな。
この特殊な有機農法については、会社辞めて暇してる時に本を読んだことがある。
その効果は、アイガモが虫や雑草を食べ、泥のかき混ぜで土壌が改善され、根元が刺激されて稲が強くなり、さらにアイガモの糞が肥料になるなどいろいろだ。
簡単に言うと無農薬で米の収穫を増やすという、夢のような有機農法なんだが、これもけっこう大変らしい。
まず合鴨を逃がさないためと、イタチなどの天敵から守るために、田んぼを電気柵で囲う必要がある。
上手くやれば張りっぱなしでもいいらしいが、そもそもこの世界に電気柵なんてあるはずがない。
それと、産まれて1~2週間ぐらいのアイガモを放し飼いにするんだが、それを準備する手間も大変だ。
ちなみに使うのは必ずしもアイガモである必要はなくて、アヒルを使う場合もあるそうだ。
元々、アヒルはマガモを家畜化したものであり、それとマガモを掛け合わせたのがアイガモだ。
何を使うかは、その使い方や、食肉の需要に応じて選べばいいらしい。
そして俺は考えた。
この世界だったら、いっそのこと野生のカモを使えないだろうか、と。
鳥といえばスザクなので、まず彼女に相談してみた。
「なあ、スザク。前世でカモに稲作を手伝わせる農法があったんだけど、こっちでもできないかな?」
「どんなことをするんですか~?」
そこでアイガモ農法の概要を彼女に伝えると、頼もしい返事が返ってきた。
「それなら私の支配下に置けば、やれると思いますよ~。春になったら、よそから連れてきますね~」
「うん、ぜひ頼むよ。上手くいったら、大々的に導入したいな」
思ったとおり、スザクなら野鳥をコントロールできるそうだ。
ただし、この魔境では魔物の勢力が強かったので、土着の鳥や小動物は少ない。
だから、まずはよそからカモを引っ張ってくる必要があった。
そして春になると、スザクがカモを300羽ほど連れてきてくれた。
マガモが一番多いが、カルガモやオシドリなんかもいくらか混じっている。
とりあえずカモたちをスワの海やため池に分散させ、子作りの準備を始めてもらう。
そして田植えをして1週間ほど経ったところで、カモの親子を田んぼに招き入れた。
するとカモたちが田んぼを泳ぎ回り、雑草や虫を食いまくる。
ピイピイ、ピイピイ鳴いてるヒナたちが可愛くて、癒されるな。
頑張ってるカモちゃんには追加でエサもあげて、田んぼへの忠誠度を上げておく。
さらにヒナを狙うイタチとかキツネのような天敵は、ヤミカゲ隊とその配下が巡回して追い払っている。
完全に被害を無くすことはできないが、それなりに機能していると思う。
そして夏も後半になって稲から穂が出ると、カモちゃんには退場してもらわねばならない。
それ以上いると、米を食われちゃうからな。
スザクが田んぼの上を飛びながら指示を出すことで、カモちゃんたちはため池やスワの海に移動していった。
ありがとう、カモちゃん。
しかし米を食うのはカモだけではない。
スズメなどのさまざまな鳥が米を狙ってくる。
そしてここでまた役立ってくれたのが、スザクだ。
彼女がタカやハヤブサなどの猛禽類を呼び寄せ、田んぼの用心棒として雇ったのだ。
スザクせんせー、ごいすー。
これらの猛禽類が田んぼの上空を飛ぶだけで、小鳥たちは逃げるしかない。
もちろん用心棒にはお肉をあげて、働きに報いている。
このおかげで出穂後の鳥害を、かなり減らすことができた。
こうしてスザクやヤミカゲ隊の力を借りて害虫、雑草、害鳥、害獣を排除した田んぼの収穫量は、他を寄せつけないものだった。
なんちゃって農薬を使った田んぼに比べ、2割以上の高収穫を得たのだ。
来年は野ガモ農法の範囲を、もっと広げてやろう。
しかしこの農法、スザク頼みだからどうしても限界があるんだよね。
今後は使役能力に優れるエルフ、ダークエルフにも、役割を分担できないかと考えている。
なんにしろ、シナノ国での稲作1年目は、予想外の豊作に恵まれたのだった。