87.紛争終結
ミカワ軍の騎馬隊による奇襲を撃退したら、残りの騎馬隊も動き出したとの報告がスザクから入った。
敵の方を見ると、たしかに後ろに控えていた騎馬隊が動きだしている。
あまり良いタイミングとも思えないが、味方の救出か何かのつもりだろうか。
ひょっとして、奇襲部隊に重要人物でも混じっていた?
しかし、こちらも負けてはいられない。
(こちら、タツマ。魔法隊は前方から来る騎馬隊に地崩しを準備。ヨシツネも一旦戻ってくれ)
(アヤメ、了解)
(ヨシツネ、了解)
そんな指示を出してる間にも、敵の騎馬隊が迫る。
密集して迫りくる騎馬の迫力は相当なものだ。
そういえば、日本の戦国時代には騎馬突撃なんて無かったという話を思い出した。
どうやら緊密な隊形を組んで突撃する騎兵隊なんてのは、ヨーロッパ特有のものらしい。
他の地域では、馬ってのは主に移動用か、弓射に使うものなんだと。
日本でも少数による騎馬突撃はあったかもしれないが、戦国時代最強の武田騎馬隊なんてのは、後世に脚色された可能性が高いらしい。
本当のところは誰にも分からないが、ちょっと夢が壊される話だ。
しかし、ここは異世界補正の入った戦場だ。
数百騎もの騎馬突撃なんてのも実際にあり得る。
そして、突撃態勢に入っていた前方の騎馬隊が、急にばらけた。
おそらく奇襲組がはまった地崩しを警戒してのことだろう。
おかげでその速度は緩いものになり、散開した状態で突っ込んでくる。
しかし、それならそれでやりようはある。
(こちら、タツマ。魔法隊は石飛弾による攻撃に切り替えろ)
(アヤメ、了解)
地面に手を当てて土魔法を発動しようとしていた魔法隊が立ち上がり、今度は片手を前に突き出した。
すると無数のゴルフボール大の石が彼らの前面に生まれ、それが騎馬隊に向けてすっ飛んでいく。
「ウオッ、なんだこれは!」
「ガハッ、やられたっ!」
「回避っ、回避~っ!」
広範囲に射出された石弾が、疾走する騎馬を打ち据える。
当たり所の悪かった奴は馬から転げ落ち、後続の蹄に掛かったりしている。
合計で3回の石飛弾が斉射されると、前方の騎馬隊も突進力を失った。
ちなみに、この石飛弾を撃ってるのは、ほとんどアヤメだけだったりする。
なぜなら魔法隊のエルフたちは、ほとんどダミーだから。
ぶっちゃけアヤメ1人で彼らの100人分に相当するから、彼女だけいれば済むのだ。
なんてったって彼女は膨大な魔力を持つうえに、ニカとゲンブの力を借りられる。
それなのにダミーを入れてるのは、アヤメの特異性を隠すためだ。
あまりに強すぎるとこ見せると、引き抜きとか暗殺をされる恐れがあるからな。
そして混乱した騎馬隊に、またまたヨシツネ隊が突っ込んでいった。
ヨシツネが無双して、バッサバッサと切り倒してますよ~。
あっ、とうとう騎馬隊が逃げだした。
すると、義勇兵の本隊が対峙していた敵の歩兵も崩れ始めた。
あれよあれよというまに、敵の右翼が瓦解していく。
これはもう止まらないだろう。
ここで俺は、ノブナガの近くに配置しておいた連絡員に念話を送る。
(こちら、タツマ。敵の右翼が崩れたことを、ノブナガ様に伝えてくれ。反撃の好機だと)
(カンベエ、了解)
今回の連絡員は、孤児のリーダーであるカンベエにしてみた。
あいつは今後、こき使ってやるつもりだから、いろいろ経験を積ませようと思っている。
そして彼がノブナガに報告すれば、この戦の決着はついたも同然だ。
次に俺は、後方に控えさせていた医療班を呼び寄せた。
(こちら、タツマ。ケガ人の治療を始めるから、医療班は俺の所へ来てくれ)
(ササミ、了解。すぐに行きま~す、ご主人様)
もちろん医療班のトップは、治癒魔法持ちのササミだ。
彼女と一緒に我が国の呪術師、薬師を20人ほど連れてきている。
俺はさらに本隊の隊長にも念話を送り、ケガ人を下げ始めた。
結局、俺の意見を入れたノブナガが総攻撃の指示をし、戦はオワリ国の圧勝となった。
ミカワ国は3割近い損害を出して退いたのに対し、オワリは1割以下で済んだそうだ。
ミカワの兵もかわいそうに。
しかし俺たち義勇兵も、無傷では済まなかった。
10人以上の死者を出し、その10倍もの負傷者が出ている。
医療班がずいぶんと頑張ってはくれたものの、やはり犠牲はゼロにできなかった。
覚悟していたとはいえ、これはかなりキツイものがある。
その後、ノブナガからはメチャクチャ感謝された。
俺たち義勇兵が強力な敵を押さえ、敵軍崩壊のきっかけを作ったのだから、それも当然だ。
後日、俺を始めとする隊長格を招いて、祝勝会を開いてくれた。
さらに感状をくれたり、義勇兵の活躍を喧伝したりしたので、オワリでは獣人種や妖精種の立場が向上した。
元々、異種族に寛大な国だったが、これでさらに過ごしやすくなるだろう。
ちなみに、俺がアリガで貴族の親族を返り討ちにした話をしたら、手を打つと言ってくれた。
これで、堂々とアリガにも行けるようになるだろう。
そして凄かったのが今回の報酬だ。
俺たちが勝ち戦の立役者ってことで、金貨の大盤振る舞いだ。
我が国から参戦した兵士約400名に対し、トータルで金貨3千枚が支払われた。
討ち取った敵の報奨とか、戦死者への弔慰金も含むが、とにかく1日の報酬としては破格だ。
さすがノブナガ、金持ってんなあ。
いろいろ済ませてから国へ戻ると、今度は戦死者の遺族を見舞った。
弔慰金を渡しながら当人は勇敢に戦ったと言い、感謝の言葉を伝える。
最初、どう言うか迷ったが、謝ることはしないようにした。
それは、下手に謝ったら、死者の勇気と献身を否定してしまうと思ったからだ。
もちろん心の中では何回も謝っていたが、最後まで遺族の前では口にしなかった。
そして遺族も誰1人、俺を責めなかった。
こうして最後の務めを果たし、疲労困憊で寝室に逃げ込んだ俺を、訪ねる者がいた。
「タツマさん……」
「ご主人様ぁ……」
アヤメとササミが2人して、俺を慰めにきてくれたようだ。
俺がベッドから起きて腰を掛けると、その両隣に2人が座る。
そんな2人に手を回して抱き寄せると、その温もりに少し救われる気がした。
「大丈夫ですか?」
「ああ、心配させて悪いな……正直、ちょっと参ってる。この国のために必要だと思って参戦したけど、よその戦で国民を死なせちまった。覚悟していたとはいえ、現実になるとキツイな」
「それは仕方ないですぅ。普通ならもっといっぱい死んでもおかしくなかったのに、ご主人様は犠牲を最低限に抑えましたぁ」
「そうかな?……でも、そもそも戦う必要なかったんじゃないかってな……フグッ」
とうとう泣けてきた。
ちょっと優しくされて、気弱になったのかな。
するとアヤメが立ち上がり、俺の頭を優しく抱きしめてくれた。
「駄目ですよ、タツマさん。独りで悩んじゃ。今回のことはみんなで話し合って、戦うのが最善だって決めたんです。それに参加した兵士さんたちは、みんな志願したんだから。みんな、タツマさんに助けられたから、喜んで参加してくれたのよ。だから、誰も後悔してないわ」
「……そ、そうかな? だけど、せっかく助かったのに、死んじまったら意味ないじゃん……クウゥッ」
感情が昂ぶってうまく喋れない。
そしたら今度はササミが俺に抱き着いて訴える。
「みんな凄く感謝してるんです、ご主人様に。ついこの間までひもじくて、怖くて、寒い思いをしてたのに、こんな楽園に連れてきてくれたって。みんなに家と食事と、仕事まで与えてくれたって。だから、だからそんなに自分を責めないでくださいぃ」
「そうですよ、タツマさん。これぐらいで弱音なんか吐いてたら、死者に顔向けできないですよ。今日はゆっくり休んで、また明日から頑張りましょ」
そうしてしばらく、2人が優しく慰めてくれた。
俺はその優しさに包まれ、ようやく眠りに就くことができた。