86.オワリ戦役
ミカワ国がオワリとの国境に兵を集めていると聞き、俺はオワリ国主ノブナガと面会した。
そこで義勇兵を集めると申し出たら、あっさりと受け入れられた。
しかし5日以内に国境付近へ兵を集めろと言われたため、俺はその仕事に奔走した。
まずオワリ国内の迷宮で稼いでいた我が国の冒険者に連絡し、義勇兵を集めてもらった。
やはり獣人種や妖精種はオワリ国を貴重に思っている者が多く、一般の冒険者から100人近い志願者が出た。
すかさず彼らを組織化し、国境地帯へ向けて送り出す。
これにはノブナガが出してくれた馬車が役立った。
さすがに一般人をゲンブの通路で送りだすわけにはいかないからな。
その一方で、俺の国でも戦えそうな奴らを組織し、ゲンブの通路で送りだした。
こうして集まった義勇兵は、最終的に500人にも達する。
冒険者としての強さも加味すれば、千人近い戦力に匹敵するだろう。
集団戦は苦手だが、それも使い方次第だ。
こうして義勇兵を率いて現れた俺を、ノブナガが大喜びで出迎えてくれた。
「おおっ、タツマ殿。500人もの冒険者を集めるとは予想以上だ。これならば、ミカワに対抗できるかもしれん」
5日ぶりに会ったノブナガは、少々やつれていた。
おそらく外交手段を用いるなどして、開戦時期を引き延ばすのに苦心していたのだろう。
「状況はどうですか?」
「正直、あまり良くないな。モトヤスの野郎、5千もの兵をかき集めてきやがった。それに対して我が国は3千ちょいだ」
完全に劣勢じゃん。
たとえ冒険者を千と数えたとしても、まだ向こうが大きく上回っている。
しかしまあ、恩を売りつけるにはこの方が都合がいいかもしれない。
「そうですか。しかしご安心ください。我ら冒険者は集団戦こそ不得手ですが、やりようによっては千の軍勢に匹敵します。必ずや、敵に一矢報いてみせましょう」
「うむ、期待しておるぞ。これで光明が見えてきた」
ノブナガが目に見えて元気になった。
戦の素人に元気づけられてどうすんだと思わないでもないが、俺も易々とやられるつもりはない。
俺たちの利益のためにも、ミカワ軍を追い返してやろう。
その後の軍議で、義勇兵は独自に動くことを認めてもらった。
そもそも正規の訓練を受けてないから、集団行動などできるはずがないのだ。
ただし、敵の右翼に手強い騎馬隊がいると聞いたので、そいつらの足止めを主な役目として引き受ける。
普通に考えれば荷の重い役目だが、こっちに策が無いわけでもない。
軍議を終えて義勇兵部隊に戻ると、すぐに作戦を説明した。
「ということで、敵の騎馬隊を引き受けることになった。弓と魔法でかき回してから、前衛部隊で殲滅してやろう」
「おいおい、そんないいかげんな作戦で大丈夫か?」
しかし当然ながら、不満の声は上がる。
文句を付けてきたのは、見たことのない狼人の男だった。
左目を眼帯で覆っていて目立つので、シナノ国の人間ではないだろう。
「名前は?」
「マサムネってんだ。こんな戦で死にたかねえから、少しでも確率を上げたいんだがな」
そう言うマサムネは不敵な笑みを見せており、決して臆しているわけではなさそうだ。
それならやる気にさせてやりましょう。
「あんたの言うことはもっともだ。実は俺は、離れた仲間と連絡を取る手段を持っている。それにエルフの精霊術師50人を組み合わせれば、かなり有利に戦えると思わないか?」
「ヒューーッ、そいつはすげえや。どうやらこの話に乗ったのは、間違いじゃなかったみたいだな」
「ああ、少なくとも犬死にだけはさせないつもりだ。そしてみんなで生き残って、報酬を手に入れようじゃないか」
「ああ、オワリが潰れたら、俺たちも困るしな」
その後、隊長格の人間を集め、さらに詳細な情報を共有した。
事前にスザクやハンゾウに集めさせた地形情報も提供したので、少しは安心したのではなかろうか。
そしてその翌日、いよいよ事態が動きだした。
ノブナガが時間稼ぎの外交努力をやめたため、ミカワ国の兵が国境を越えてきたのだ。
オワリ国もそれを迎え撃つべく、軍を動かす。
そして両軍は広い平地を間に挟み、睨み合った。
俺たち義勇兵は、予定どおり左翼側に配置されている。
やがて戦場にほら貝の音が響き渡り、ミカワ軍が動きだした。
こちらは少し高い所に陣取り、それを迎え撃つ形だ。
しばらく状況を見守っていると、上空のスザクから念話が入った。
(敵の右翼の騎馬隊が動きだしましたよ~。ただし半分に分けて、1隊が大きく横に迂回するようですね~)
(タツマ、了解。左翼偵察兵、聞いたか? 奴らは奇襲を掛けるつもりだから、変化があったら報告してくれ)
((了解))
戦場にはスザクだけでなく、ハンゾウ配下の忍者も配置してあった。
彼らとも使役契約を結んでいるので、この戦場の中ぐらいなら通信が可能だ。
この通信能力に獣人の戦闘能力、エルフの魔法戦力を組み合わせれば、そうそう遅れを取ることもないだろう。
油断は禁物だけどな。
やがて敵との距離が詰まり、弓矢による応酬が始まった。
双方から矢が飛び、飛んできた矢を歩兵が盾で防ぐ。
ちなみにこちらには魔法戦力もあるが、敵の油断を誘うためにまだ伏せてある。
しばらく遠距離戦を続けながらも、徐々に距離を詰めていた歩兵が、とうとう激突した。
千人単位の歩兵が、槍で殴り合う。
そして俺たち義勇兵も敵の一部と戦闘に入った。
戦闘訓練を受けていない冒険者が、バラバラに動きだす。
しかし獣人が素早く動き回り、後衛がそれを援護することで、敵の軍隊と立派に渡り合っている。
俺がときおり念話で指示することで、連携が取れているのも大きいだろう。
しかしその後ろで、虎視眈々とチャンスを窺っている奴らがいた。
敵の騎馬隊だ。
およそ300ほどの騎馬隊が、少し下がった所で突入のタイミングを計っていた。
おそらく迂回した部隊が、俺たちの横腹を突くのを待っているのだろう。
少し下がった所で状況を見ていたら、偵察兵から念話が入った。
(こちら、サイゾウ。敵の騎馬隊が横を走り抜けた。接敵は近い)
(タツマ、了解。魔法隊は地崩しを準備。派手に歓迎してやれ)
(アヤメ、了解)
敵の騎馬隊を出迎えるため、魔法隊を指揮しているアヤメに指示を出す。
ぶっちゃけ、アヤメはこの中の誰よりも強力な魔法使いであり、彼女の大規模魔法だけで戦況を変える力がある。
しかし、こんな戦で彼女を目立たせたくないので、魔法隊を隠れ蓑にしていたりする。
やがて左側の林を抜けて、200近い騎馬が現れた。
地響きを立てて迫るその姿には、恐ろしいものがある。
事前に知らされてなければ、ちびってたかもしれないと思うほどだ。
しかし、そこは敵にとって地獄の入り口だ。
「地崩し!」
アヤメの掛け声に合わせて、50人のエルフが魔法を発動する。
その途端、騎馬隊の前の地面が一瞬で沸騰し、液状化した。
「うわっ、なんだ、地面が!」
「そんな馬鹿な!」
「止まれっ、止まるのだ~!」
そんなことを言っても急に止まれるはずがなく、多数の騎馬が地面に足を取られて転倒した。
なまじ勢いをつけていたから、その反動も大きい。
兵士の叫び声、馬のいななきに混じって、人と馬の体が壊れる音が聞こえてくる。
こんな戦で壊される馬が不憫だが、これは戦争だ。
「弓隊、左翼の敵に向けて放てっ! その後に予備隊は突撃」
すでに崩壊しつつある騎馬隊へ、さらに追い討ちを掛ける。
かろうじて踏み止まっていた騎馬も矢で射られ、機動力を失った。
さらに、予備として手元に置いてあった50人の獣人が、そこへ襲いかかる。
それを率いているのはヨシツネだ。
あーあ、また嬉しそうな顔しちゃって。
しかし、順調に敵を掃討している途中で、スザクから念話が入った。
(敵の騎馬隊の残りが騒いでますよ~、主様。あっ、突撃するみたいですね~)