85.ノブナガ
「ミカワ国に不穏な動きがあるって?」
「はい。オワリ国との国境近くに兵を集めているようです」
他国の情報を集めているホビット族のハンゾウから、不穏な知らせがもたらされた。
俺たちの敵であるミカワ国が、オワリ国との緊張を高めているというのだ。
「なんでそんなことになってるの?」
「どうやら、異種族に対する政策の違いで対立しているようです」
大抵の国が獣人種や妖精種を亜人と呼んで迫害するのに対し、オワリ国だけはわりと寛大だ。
あの国は元々商業が発達しているし、迷宮もたくさんあるから、国内の往来が自由なのだ。
そして少なくとも異種族の集落を襲ったりはしないので、人族以外でもわりと安心して暮らせる。
だから他国で迫害された人たちがどんどん流れ込み、さらに繁栄していたりする。
しかし、それで収まらないのが周辺国だ。
自分たちが迫害してるのを棚に上げ、オワリは住民の亡命を促していると文句を付けるのだ。
オワリ国主ノブナガ・オダは、これを知らぬ存ぜぬで押し通すので、けっこう反感を買ってるらしい。
完全に周辺国の逆恨みだけどな。
「それに加え、先の魔境侵攻の失敗でミカワ国に不満が高まっているようです。その不満の矛先をそらすため、オワリに難癖をつけていると思われます」
「俺たちも無関係じゃないってことね。しかもオワリは、俺たちが安心して金を稼げる貴重な国だ。そこが混乱するのは好ましくないな」
「おっしゃるとおりです」
今もオワリには大勢の冒険者を送り出し、魔石で資金を稼いでいる。
しかも獣人種や妖精種が安心して行動できるのは、あそこしかないのだ。
これは、いざという時に加勢することも考えた方がいいだろう。
「ハンゾウ、オワリ国主ノブナガ殿と会う約束を、取りつけられないかな?」
「国主様とですか? さすがに、ただ一般人が面会を求めても、会うのは難しいと思いますが」
「やっぱりそうか……なんかいい手はないかな?」
俺は周りで聞いていた仲間に、助言を求めた。
すると、ベンケイがちょっと考え込んでから提案する。
「……それならば、名剣を献上したいと言って、面会を求めてはいかがですかな?」
「そんなので会ってくれるかな?」
「クニトモ製と言えば、かなりの確率で乗ってくると思いますぞ。それなりの価値がありますからな」
「へー、クニトモ村って、そんなに有名だったんだ。でも、そのわりには潰れかかってたんだよね?」
「ぐっ…………貴族に圧力を掛けられるというのは、それだけキツイことなのです」
「あ~、そういうこと……」
あんまりベンケイが悔しそうだったので、それ以上の追求は控えた。
すると今度はヨシツネが口を開く。
「しかし、タツマ様。仮に国主に会えたとして、何をお話しになるのですか?」
「うーん、まだよく考えてないんだけど、何か協力できないかと思ってね」
「協力、ですか?」
「うん、異種族を差別しないオワリには安定していて欲しいし、いずれは交易もできないかと思うんだ」
それを聞いたウンケイも話に加わる。
「たしかに商業が盛んなオワリと取引きができれば、便利ですね。我が国とは国境を接していない点もよい」
「うん、まだ国として付き合うつもりはないけど、将来的にお付き合いできるかどうか、見極めておく必要はあると思うんだ」
「しかし、仮にオワリの状況が良くないとしたら、どうされるのですか?」
ヨシツネが心配そうに言う。
「そうだな~……例えば、俺が冒険者に働きかけて義勇兵を募るって言ったら、どうかな? この国の冒険者だけでも300人くらいはいるし、他の冒険者にも声を掛ければ、協力してくれるんじゃない?」
「ふむ、意外にいいかもしれませんね。冒険者ギルドが戦争には協力しないという鉄則があるため、国側は普通、冒険者を戦力として考えないのですよ。しかし個人が義勇兵を募るのなら、ありかもしれない。もちろん報酬などの交渉は必要ですが」
ウンケイの話だと、意外と目の付けどころは悪くないらしい。
結局、まずは様子見ということでヨシツネも納得し、ハンゾウがコンタクトを取ることになった。
それから2日後、俺はオワリ国主と面会することになった。
思った以上に早く会えて、びっくりしている。
俺はヨシツネを供に連れ、国主の館に赴いた。
客間に通されてしばらく待っていると、力強い足音と共に男性が現れた。
黒髪黒目で身長は170センチくらい。
年は20代後半だろうか。
その体は鍛え上げられていて、何か凄いエネルギーを感じさせる人だ。
「待たせたな、俺がオワリの国主、ノブナガ・オダだ」
「初めまして、ノブナガ様。私は冒険者のタツマと申します。こちらは仲間のヨシツネです。お見知りおきください」
俺の挨拶を聞き、ノブナガが興味深そうに目を細める。
「ふむ、貴殿もなかなかやるようだが、そちらの御仁はかなり強そうだな」
「さすがはノブナガ様。ご慧眼、恐れ入ります」
「お褒めに与り光栄です」
すかさずヨシツネが礼を返したが、ひと目で彼の力を見抜くとは、相当なものだ。
彼もかなり武術をやるのだろうか。
「いやいや。それで、今日はクニトモ製の剣を持ってきたと聞いているが?」
「はい、逸品が手に入りましたので、献上に参りました」
そう言いながら布袋に入ったままの剣を差し出すと、ノブナガが手ずからそれを受け取る。
すかさず袋を取り去り、鞘から剣を抜き放った。
「おおっ、実に見事な剣ではないか……なんと、稀代の名匠ダンケイ殿の銘が入っているぞ! 素晴らしい……」
ノブナガがしばし剣に見惚れる。
それにしてもダンケイのおやっさんが稀代の名匠とは、想像以上に有名だったんだな。
「本当にこれほどの剣をもらってもよいのか? 金貨30枚は下らないだろうに」
「いえいえ。たまたま伝手があって、安く手に入れた物です。ぜひノブナガ様に使っていただきたく」
げぇ~~っ、そんなに高いモノだったんか?
ダンケイのおやっさん、ぽんっと無造作に投げて寄こしたぞ。
ちなみに彼は代金を受け取ってくれなかったので、俺にとってはタダだったりする。
その後もしばし剣を眺めていたノブナガも落ち着き、剣を収めて向かい合う。
「それで、何が目的だ?」
急にノブナガが為政者の顔になって問いかけてきた。
俺も背筋を伸ばして気合いを入れる。
「さすがはノブナガ様。お見通しでしたか」
「ふんっ、タダより高いものはないと言うからな。このためだけに来たなど、とても信じられんわ」
さすが国主様、よく分かってらっしゃる。
ちょっと目が怖いです。
「……ミカワ国が兵を国境に集めているとか」
俺が静かに言うと、ノブナガが意外そうな顔で俺を見る。
「たしかにそのとおりだが、それがどうした? 一般人には関係なかろう」
「……戦になるのでしょうか?」
「相手があってのことだから、分からんな。しかし、かなりきな臭くなってきてはいる」
意外に素直に情勢を教えてくれた。
かなり困っているのだろうか?
それならちょっと交渉してみようかね。
「もし……もし私が冒険者から義勇兵を募ると言えば、雇ってもらえますでしょうか?」
それを聞いたノブナガの反応は、左のまなじりがピクリと動いただけで、一見静かなものだった。
しかし目に見えない雰囲気が、変化した。
なんか、ピリピリするぞ。
「ほほう、冒険者は戦に加担せぬものとばかり思っておったがな」
「冒険者が、ではありません。冒険者ギルドが加担しないだけです。現に偵察や魔物対策で少数が随行することは、よくありますよね」
「まあ、それはそうだが、ギルドが仲介しない限り、人数は集まらないからな」
ノブナガがさも興味なさそうに言うが、それは偽りだろう。
彼の目はギラギラと輝き、助けを渇望しているように見えた。
「実は私、異種族の冒険者には顔が利きます。その伝手で義勇兵を募れば、数百人は集まるかと」
「ほ、本当か、それはっ?」
ノブナガが思わず身を乗り出してきた。
やはり、かなり困っているようだ。
これは支援しとかないとヤバいかもしれん。
「本当です。異種族を迫害しないオワリ国のためであれば、力を貸してくれるでしょう。ただし、命を懸けるからには、それなりの報酬が必要ですが」
「いくら必要だと思う?」
「そうですね……差し当たり準備金として1人当たり金貨2枚。あとは働きに応じて支払う形でいかがでしょうか? もちろん死傷者への補償もしていただきます」
ノブナガはしばし考え込んでから、提案を受け入れた。
「よかろう。正規兵並みの待遇で金を払おうではないか。ただし、5日以内に国境に兵を集めてくれ」
「5日ですか……かなり厳しいですが、やってみましょう。オワリが混乱しては、我々も困りますからね」
「頼む」
こうしてオワリ国主との初会談は終わった。
そしてそれは、俺が他国の戦争に加担するきっかけとなったのだ。