83.さらなる移民へ
クニトモ村が丸ごと俺の国へ引っ越してきてから約1ヶ月、村の再建は順調に進んでいる。
なんと言っても、ただでさえ器用なドワーフが、俺のサポートで鍛冶魔法を手に入れたのだ。
尋常でない速さで、工業区の近くに家が建ち始めた。
ドワーフってのは10歳になると見習いとして働き始めるので、その労働力も豊富だ。
600人を超える住人のうち400人ほどがにわか大工となり、家を建てまくった。
おかげで急速に入植が進んでいる。
しかし、それはいいことばかりでもない。
「他の住民から不満の声が上がってるって?」
「はい、自分たちの多くが仮家住まいのままなのに、ドワーフだけ新居に入るのはずるい、と」
「うーん……国の生産体制を早めに整えるためだって、言ってるのになぁ」
ウンケイから、国民の不満が高まっていると報告があった。
たしかにドワーフ以外の住居の建設は遅々として進まず、多くがいまだに仮住居で集団生活を強いられているのは事実だ。
最初に越してきた先行組のドワーフをそちらの建設に回すなど配慮はしているが、それでも差別されてるように感じる者はいるのだろう。
「故郷からいろいろと持ち出せたという点でも、妖精種は格段に有利ですからね。その生活の格差を知ると、不満が出るのも分からないではありません」
ドワーフだけでなくエルフ系とホビットを含む妖精種は、故郷が残ってる状態で引っ越してきたので、持ち出せた物が多い。
しかも故郷から建材なんかも持ち込んでいるので、格段に復興スピードが速いのだ。
それに比べると、焼け出された獣人種は荷物も少なく、新居に使う資材も足りていない。
「でもさ、ちょっと前までのことを思えば、自分たちも恵まれた方だって、分かりそうなもんじゃん」
「そのとおりなんですが、人は忘れやすいんですよ。中には、国主様は土魔法で簡単に家を建てられるのに、俺たちには作ってくれない、と言う者さえいます」
ウンケイが皮肉そうに笑う。
もう馬鹿馬鹿しくて、まともに取り合っていられないのだろう。
たしかに俺たちは仮住居以外は魔法で作らないようにしている。
しかしそれは住民の資産となる家は、住民たちの力で建てて欲しいからだ。
これでも基礎工事だけは土魔法で手伝っているので、全く補助していないわけでもない。
俺たち主要メンバーが、どれだけ忙しい日々を送っているのか、少しは察して欲しいものだ。
「まあ、そんなことを言う者はごく一部で、ほとんどはタツマ様に感謝し、真面目に働いていますけどね。文句を言う奴ほど、大して働いてないんですよ」
「それはどこの世界でも一緒だな。ま、いずれにしろ俺たちの対応は同じさ。ドワーフ族の家作りが一段落したら、獣人種用の家作りに回ってもらおう」
しかし、それを聞いたウンケイが難しそうな顔をする。
「……そのつもりだったんですが、ドワーフ族が言うことを聞くかどうか」
「えっ、なんか問題あるの?」
「もう1ヶ月も家作りばかりをしていて、ストレスが溜まってるんですよ。我らにとっては、鍛冶仕事が最も崇高な作業だと考えられてますから」
「えーっ、自分たちの家だけ建てたら、今度は鍛冶仕事をしたいっての?」
これまた困った話だ。
そんなことしたら、ますます獣人種の不満が高まってしまう。
しかしウンケイによると、多くのドワーフがこの地で鍛冶仕事を再開したくて、ウズウズしているらしい。
しかも俺たちが進めている”たたら吹き”にも興味を示していて、この地でなら新たなモノ作りができるのではないか、と期待を膨らましているそうだ。
「うーん、彼らの言いたいことは分からないでもない。だけど、建築が一段落してから鍛冶をやるのは、一部だけにしてもらおう。50人くらいでどうかな?」
「まあ、完全に禁止したら、絶対に拗ねますからね。そんなところでしょう。ただし、定期的にローテーションさせてください」
「うん、それで交渉してみて。俺もダンケイさんや村長には言っとくから……それにしても、いろいろと面倒臭いなぁ」
「まあまあ、それは覚悟のうえじゃありませんか、タツマ様。もっと人が増えれば、こんなもんじゃ済みませんよ」
「ウエーーッ、これ以上に仕事が増えるのかぁ……」
覚悟してたとはいえ、連日の激務に嫌気が差してきたのも事実だ。
しかし、そうも言ってられない。
俺は横で話を聞いていたハンゾウに目をやった。
「それでハンゾウ、他国の調査状況はどうなってる?」
「はい、ようやく魔境外縁の全周を調べ終わりました。そこに住んでいる各種族の状況はこちらになります」
以前から実施していた外縁部の調査が、ようやく終わったらしい。
ハンゾウが調査状況をまとめた書類を出してきたので、ウンケイと一緒に確認する。
「ふーん、カイとエチゴ、それとミノで故郷を焼け出された人たちがいるのか。ミカワと似たような状況だけど、国主が異種族に強硬なのかな?」
「まだ詳しくは分かりませんが、そのような噂があります」
ハンゾウがそう答える横で、ウンケイが難しい顔をしている。
「難民として困窮している人たちが約5千人ですか。さすがに一気に受け入れるのは無理ですね」
「……だよね。仮住居は準備できたとしても、食料が足りない」
多少は雑穀や野菜を自給しているが、今いる住人を食わせる足しにしかならない。
買うにしても、どこの国もそんなに食料が余っているはずもなく、やはり難しい。
しかし、困っている人たちを見捨てるのは忍びない。
しばらく考えてから、次善策を提案してみた。
「全員養うのが無理なら、特に困っているとこだけ先に受け入れよう。そうすれば人口密度が減って、資源を手に入れやすくなる。残った集落には秋まで粘ってもらって、山の実りを刈り取ってから移住してもらうってのはどうかな?」
「なるほど、妥当な案ですね。残った集落には物資援助でもして、なんとか生き残ってもらいますか。そして雪が降る前にこちらへ移ればいい」
「うん、残る人たちには武器とか道具を提供すれば、だいぶマシになると思うんだ」
「そうですね。それでは小規模で、特に困窮している集落から、声を掛けていきましょう。ところで、先行組は何人ほど受け入れますか?」
ハンゾウに問われて、少し考える。
「うーん、2千人ぐらいかな」
「そうですね。それが精一杯でしょう」
ウンケイも賛成したので、2千人程度を新規に勧誘することにした。
その後、ハンゾウと一緒にめぼしい集落を回った。
まず一番貧しそうな、カイ国の兎人族が最初のターゲットだ。
今回もスザクに乗って訪問したら大騒ぎになったので、ちょっとアプローチを変えてみた。
「静まりなさい。我は四神が1柱 朱雀なり。今日はそなたらに、我が主からお話があります」
混乱している村人に、巨大化したままのスザクが声を掛ける。
ちょっと聖属性の光を放ちながら喋るもんだから、それこそ神々しくて効果抜群だ。
その場にいる兎人が一斉に地べたに平伏したので、優しく話しかける。
「すみません。話をしたいので、村長かそれに準ずる人を呼んでもらえませんか?」
「は、はいっ。すぐに呼んできます!」
兎人の1人が大急ぎで呼びに走った。
少し待っていると、村長らしき兎人が必死に駆けてくる。
「ハアッ、ハアッ……お、お待たせしました。村長のモヘエです。な、何か我らに不始末でもあったでしょうか?」
「とんでもありません。驚かせてしまってすいませんね。俺の名はタツマ。今日は皆さんを我が国へ招きにきました」
それを聞いたモヘエが、”はあ、こいつ何言ってんだ?”という顔になった。
この話をすると誰も似たような顔をするから、もう慣れてきた。
いきなりそんな話をされても、信じられないよね、分かります。
「……あなたの国と言いますと、どちらでしょうか? いや、それよりも我らのような亜人を、受け入れてくれる国がおありで?」
「俺の国にいるのは、獣人種か妖精種ばかりですよ。まあ、俺は人族ですが。それはさておき、まずは俺の国を見せましょう」
懐からゲンブの甲羅を取り出して放ると、宙に浮いて黒い円柱が現れた。
俺はそれを見てビビりまくってるモヘエの腕を取り、強引に通路に連れ込んだ。
すぐに湖畔に到着し、彼に周りの景色を披露する。
「……なんじゃ、こりゃ」
それだけ呟いて絶句するモヘエに、周辺の地図を見せながら説明する。
「驚いたでしょう。この黒い円柱は空間魔法の1種で、遠く離れた場所をつないでいます。そしてここはシナノ大魔境のど真ん中。この辺になりますね」
「く、空間魔法、ですか?……朱雀様を従えている方ならそれも可能、なんですかね」
そう言うモヘエの顔は真っ白で、油汗を垂らしながらブルブル震えている。
ちょっと刺激が強すぎたかね。
「まあ、言ってみれば、そういうことです。俺は四神全てを従えていますから。そして、大きな力を得て思ったんですよ。この力を、困っている人たちを助けるために使いたい、と」
「そ、そんなことが、あるんですか?……フグッ、フグッ、ウオーーーーッ」
モヘエが感極まって、男泣きに泣きだした。
俺、なんか悪いことした?
しばらく泣いて落ち着いた彼が、事情を語りだした。
彼らは半年ほど前まで、もっと平地に近い所に住んでいたのだが、カイ国の兵士に追い出されたそうだ。
それで命からがら魔境に逃げてきたはいいものの、常に魔物に脅かされるようになった。
さらに同様に焼け出された他種族も逃げてきたため、より競争が過酷になってしまう。
明日をも知れぬ生活に、村全体が疲弊していたようだ。
必死の思いで同胞を引っ張ってきたモヘエも、もう限界に近かったのだと言う。
そんな彼を慰めながら村へ戻ると、こっちも騒ぎになっていた。
村長が怪しげな術で姿を消し、なかなか戻ってこないので、村人が騒いでいる。
まるで俺を敵のように睨みつけてきた。
そんな村人を、モヘエが必死で宥める。
「待て待て、みんな。このお方は、タツマ様は救世主だ。四神の力を持つ英雄様だぁ!」
「村長、何を言ってんだ。頭おかしくなったのか?」
「いいから話を聞けっ!」
その後、モヘエの説得と、湖畔を確認した住人の説明でようやく鎮静化した。
そして彼らはまた俺の前で平伏している。
ザ・土下座だ。
ここまでかしこまられると、逆に居心地が悪い。
「タツマ様、ぜひっ、せひ我らを国民にしてくだされ」
「えーっと、皆さんで話し合わなくていいんですか? 今すぐ決めなくてもいいですよ」
「いいえっ、すでに主な者は移住に賛成しておりますので、これ以上話し合う必要もありません。今すぐにでも引っ越したいぐらいです。ていうか、させてください」
「は、はあ。皆さんがいいなら引っ越し、します?」
ヨヘエの鬼気迫る訴えに負け、すぐに引っ越しが決まった。
これはまた、ずいぶんと切羽詰まってるみたいだね。
他の集落への声の掛け方は、考えたほうがいいかもしれない。