82.クニトモ村移転
ウンケイから相談された数日後、彼が父親のダンケイを連れてきた。
「お久しぶりです、タツマ殿。今日はお世話になります」
「いえ、そんなにかしこまらないでください。こっちもベンケイとウンケイには世話になってますから」
「そうですか。息子たちが役立っているのなら、何よりです。それにしても、想像以上に良い土地ですな、ここは」
「ええ、この地でどんどん国を大きくしていこうと思っています。それで、クニトモ村の状態は、そんなに悪いんですか?」
「はい……貴族の圧力ですっかり仕事を干されてしまいました。良い物を作っていればなんとかなると考えていたのに、このザマです」
ダンケイが疲れた顔で、自嘲気味に語る。
事の発端は、クニトモ村のライバルであるヒコネ村の妨害工作だ。
どちらも鍛冶業を中心とするモノ作りで栄えてきた村で、互いにライバル意識が強かったようだ。
しかし数年前からヒコネ村は鍛冶製品の質を落とし、安値攻勢を掛け始めた。
それだけならまだ住み分けできたものの、やがて貴族を買収して圧力を掛けたり、クニトモ製品の悪い噂を流したりまでする始末。
クニトモ村の取引きは徐々に細り、とうとう新規の注文がほとんど無い状態にまで追い込まれたそうだ。
「それはまた、ご愁傷様です。それで、この国に移住するかどうか、検討しているんですよね」
「そうです。むしろ、儂自身はぜひ移住させて欲しいと思っております。しかし、移住を善しとしない者も多くおりまして、それらをどうしようかと悩んでいる次第です」
「なるほど。先祖代々住んできた土地を離れたくないと思うのは、当然ですからね」
「はあ……恥ずかしながら頭の固い連中が多く、先祖伝来の鍛冶場を残してはいけない、などと申しまして」
「あれっ、鍛冶場が移動できればいいんですか?」
意外と小さいことにこだわっていると思い、聞き返した。
「ええ……移住したくないための言い訳なのかもしれませんが」
「俺たちの力を使えば、かなり大きい物も運べますよ。ウンケイから聞いてませんか?」
「はあ、それは聞いておりますが、いくらなんでも鍛冶炉は運べないでしょう」
「鍛冶炉って、この間ベンケイが腕前を披露した時に使ってたやつですよね? あれぐらいなら、いけるんじゃないかな」
たしかにでかいと思ったが、ゲンブの能力ならいける気がする。
「いや、そんなまさか…………しかし、もしそれが本当なら、村ごと引っ越すのも可能かもしれません」
「そうですか。それなら今から現物を確認して、結論を出しましょう。もし可能なら、村ごと引っ越す方向で説得してください」
「は、分かりました。よろしくお願いします」
すぐにゲンブ通路を開き、クニトモ村へ跳んだ。
ベンケイの実家の中に出ると、そのまま工房へ行き、鍛冶炉を確かめる。
工房の一角を占領している鍛冶炉は、たしかにでかかった。
昔の鍛冶屋だともっと小型の炉で作業してたイメージだが、この世界の鍛冶炉はけっこう大掛かりだ。
異世界補正なのか、ドワーフ補正なのか分からないが、粘土や石で作られた立派な物だ。
その分、大きな製品を扱えるし、性能も良いのだろう。
俺はゲンブを懐から取り出し、尋ねてみた。
「ゲンブ、この炉を丸ごと運べないかな?」
「ふーむ……これぐらいならいけると思いますぞ」
「さっすが、ゲンブ……でも、移す時に壊れたりしないかな?」
「土魔法で一時的に硬化してやれば、よほどのことがない限り、大丈夫ですじゃ」
「そっか。じゃあ、その時は頼むよ」
「うむ、任されよ、主殿」
俺がチビガメとやり取りするのを見て、ダンケイが驚いていた。
「ああ、こう見えて彼は四神の1柱 玄武なんですよ。彼ならこの炉を体内に収納して、壊さずに移送できるそうです」
「……げ、げ、玄武様ですか?……なるほど、四神の力を借りているのなら、あのような国を作れるのも納得というものですな」
「まあ、そういうことです。それでは、村人の説得をお願いできますか? 必要であれば、何人か我が国へご招待しますが」
「はい、それでは村長と他数名を連れてきますので、しばらくお待ちください」
それからしばらくすると、ダンケイが村の重鎮を連れてきた。
再び魔境への通路を開き、湖畔へ彼らを招く。
ついでにゲンブが正体を現し、巨大な岩を収納して移送するというデモンストレーションも見せつけた。
さすがにここまで見せられれば、疑う者はいない。
彼らはすぐさまクニトモ村へ戻り、村全体で移住する方向で調整することとなる。
3日後に結果を聞くことにして、俺たちはまた仕事に戻った。
そして約束の時間にクニトモ村を再訪すると、多数のドワーフが集まっていた。
「それで、結論は出ましたか?」
「はい、我ら一同、タツマ様のお世話になる所存でございます」
この村の長が皆を代表し、恭しく頭を下げながら、移住希望を表明した。
しかしどこにもはねっ返りはいるものだ。
「それはちゃんと鍛冶炉を移すところを見てからだ。俺はまだ全部を信じたわけじゃねえぞ」
頑固そうなドワーフ親父がケチをつけると、そうだそうだと同調する声がいくつか上がる。
俺は面倒臭いと思いながらも、彼らに対応した。
「それでは実際に鍛冶炉を移してみせましょう。どなたの炉を移せばいいですか?」
すると、さっきまでの威勢はどこへやら、自分の炉を実験に差し出そうという者が出てこない。
下手に差し出して壊されては敵わない、とでも考えているのだろう。
埒が明かなかったので、ダンケイに助けを求めると、結局、彼の鍛冶炉で試すことになった。
すぐに彼の工房へ移動し、ゲンブに鍛冶炉を収納してもらう。
鍛冶炉が一瞬だけ光に包まれ、土台ごと消え失せると、驚きの声が上がった。
それから通路で湖畔の工業区に移動し、炉の設置場所を決める。
そこはあらかじめウンケイが目星を付けておいた場所で、工業区の中でも有望な土地だ。
自己犠牲で炉を提供したんだから、良い土地を得るのもありだろう。
そんな場所に、ゲンブが鍛冶炉を再設置する。
心配されていた炉のヒビとか歪みみたいなものは無さそうだ。
さすがにこれで決まりかと思ったのだが、図々しいのがしゃしゃり出てきた。
ゲンブの神業を見て調子に乗った奴が、それなら他の物も移送してくれとゴネだしたのだ。
鍛冶関係だけじゃなく、家の一部を、いやいや家ごと持っていけないかと騒ぐ始末だ。
村長やダンケイが必死に窘めようとするが、群集はなかなか静まらない。
頭にきたので、俺も声を荒げてしまった。
「皆さんは何か勘違いしていませんかっ?」
かなり大きな声を出したので、その場が静まり返る。
「鍛冶炉は我が国でも役に立つと思ったから、移送に応じたんです。しかしその他の物は、皆さんの手で運んでください。四神は便利屋じゃありませんよっ!」
そう言い放つ俺の顔が、よほど不機嫌に見えたんだろう。
村長が平謝りで謝罪してきた。
ちょっと申し訳ないぐらいだったが、また馬鹿が出るのは嫌なので、その場は不機嫌を通す。
結局、ゲンブが手を貸すのは本当に必要な大物だけ、ということで納得してもらい、村中が引っ越しの準備に入った。
なるべく短時間で運べるよう、村中総出で荷物を整理し始めた。
本格的な引っ越しは明日ということになり、俺たちは湖畔へ戻る。
「申し訳ありませんでした、タツマ様。同胞が我がままを言いまして」
「別にウンケイのせいじゃないさ。人間てのは欲深いものだからね」
「そうですね。我らドワーフ族は、その能力からもてはやされてきたため、勘違いしやすいのでしょう。今回もライバルに敗れ、タツマ様の慈悲にすがったというのに」
「まあ、ドワーフ族の生産力を頼りにしてるのは事実だけど、あまり特別扱いしてると他から妬まれるしね」
「はい、そうならないよう、私の方で目配りしておきます」
「うん、頼むよ」
そして翌日、俺とゲンブは朝早くからクニトモ村へ赴き、湖畔への通路をいくつも開いていった。
移住者の荷物が多いことと、極力手早く済ませるために、1戸ごとに通路を開いていく。
おかげで移住者は荷物の一切合切を、湖畔地域へ運び込むことができた。
さすがに仮住居にそんな大荷物は入らないので、工業区の近くに倉庫を作って保管する。
当面、彼らも仮住居に住むのだが、遠からず彼らは自分たちの家を建てて引っ越すだろう。
元の家の建材の一部をバラして持ち込んでいるので、想像以上に再建は早いかもしれない。
こうしてクニトモ村は、日が暮れるまでに完全な廃墟に変わった。
家財道具どころか、建材まではぎ取られたゴーストタウンだ。
大事な鍛冶炉も、全部ゲンブが移転してある。
しかも引っ越し中は闇魔法で偽装して、人を近づけないようにしていたので、誰にも見られていない。
そんな突然のクニトモ村の消失は、盗賊に襲われたとか、神隠しに遭ったとか、いろいろと噂をされた。
しかし結局、その真相は明かされることなく、忘れ去られた。
そして俺は、ドワーフの村を丸ごと手に入れた。