81.たたら吹き
シナノ国が順調に発展する中、新たな実験が始まろうとしていた。
たたら吹きによる鉄作りだ。
前々から準備は進めていたのだが、ようやく1回作るぐらいの素材が集まったのだ。
最終的には近代的なたたら製鉄を目指しているが、まずは伝統的な手法でやってみようという話になった。
実際にやってみないと、問題点とか足りない物とか分からないからな。
かくして俺とベンケイ、ウンケイ他数人は、未来の工業地区となる湖畔の一角にいた。
「よし、それじゃあ、スザクは炭に火を着けてくれ。燃え始めたらビャッコは送風を頼む」
「それでは着けますよ~」
「チッ、めんどくせーな」
粘土でくみ上げた炉には、すでに木炭が挿入されている。
そこにスザクが着火すると、ビャッコの風魔法で空気が送り込まれた。
本当は人力で動かす鞴で炉内に風を送るのだが、今回はビャッコに頼らせてもらう。
いずれは魔道具や水車なんかで、自動化したいもんだ。
炉の横から吹き込む風に煽られ、ゴウゴウと炭が燃え始める。
少し離れていても、その熱気が感じられるほどだ。
炉の温度が高まったところで、砂鉄の投入が開始された。
「スザクはこのまま炉内の温度を高めに維持して、ゲンブは炉壁を土魔法で強化しといて。それと、セイリュウは炉の周りから湿気を遠ざけるように」
「「了解」」
本来なら、たたら吹きってのは、メチャクチャ高度な技術が必要だ。
炉の製作から始まって、火加減や材料の投入タイミング、湿気の管理など、まさにノウハウの塊。
いかにウンケイが実際の作業を見てきたからって、ちょっとやそっとでできるもんじゃない。
しかし、俺は魔法と使役リンクによって、それを成し遂げることを思いついた。
例えばスザクが炎を管理し、ビャッコは風を送る。
セイリュウは湿気を遠ざけ、ゲンブが鉄の状態を監視しつつ、土魔法で炉壁を強化する、といった具合だ。
そして彼らからもたらされる情報を使役リンクで共有し、ウンケイが作業を統括する。
この製鉄法を思いついてからのウンケイは凄かった。
他にもいっぱい仕事があるのに、着々と準備を進めて今回のトライに漕ぎ着けたのだ。
やはり、モノ作りに対するドワーフの情熱はハンパじゃない。
そんなウンケイたちの仕事を眺めていたササミから、質問があった。
「うわー、凄い燃えてますね、ご主人様。あれって何やってるんですか?」
「うーん、簡単に言うと、砂鉄を溶かして、使える鉄にしてるんだ」
「ふーん……それならスザクさんに溶かしてもらえばいいんじゃないですかぁ? こう、パッと」
「いや、ただ溶かすだけじゃ駄目なんだ。砂鉄ってのは鉄と酸素が結びついた状態だから、それを引き離さないといけないんだ。そのために温度を上げて、炭から出る1酸化炭素で還元してやる必要があるんだよ。ついでに鉄に炭素を含ませるっていう意味もあるな」
「えー、なんだかよく分かんないですぅ」
案の定、ササミが音を上げた。
そりゃあ、簡単に分かるわけないわな。
結局、砂鉄から不純物を取り除いて、使える鉄にしてるんだと言ってやったら、なんとなく納得していた。
そんな話をしているうちにも作業は進み、追加の砂鉄と木炭が投入されていく。
これを繰り返すことで、炉内に鉄が生成される。
ちなみに原料の砂鉄は、鍛冶魔法の使えるドワーフが総出で抽出したものだ。
金属収集で、鉄鉱石や製鉄所でもらってきた”かなくそ”から酸化鉄を選り分けた。
なので、不純物の少ない良質な材料となっている。
やがてある程度反応が進むと、銑やノロが出てきた。
ズクってのはいわゆる銑鉄で、炭素濃度の高い鉄だ。
鋼や錬鉄よりも溶融温度が低いから、こうやって外に流れ出てくる。
それと一緒に出てくるノロってのは、製錬後のカスだ。
砂鉄の中に含まれていた不純物や、炉壁が溶けたものなんかが混ぜ合わさっている。
鉄分も入ってるが還元されてないので、また選り分けて再利用することになるだろう。
そのうちに準備してあった材料を使い尽くしたので、しばし様子を見る。
普通なら炉壁が壊れる寸前までやるんだが、今回はあくまでテストだ。
やがて火が消えたので、炉壁を壊し始めた。
みんなで寄ってたかって炉壁を取り去ると、そこから鋼の塊が現れる。
これがいわゆる”ケラ”ってやつで、炭素濃度が2.1%以下の鋼鉄だ。
これを冷やしてからバラバラにし、炭素濃度別に選り分けて使用する。
濃度が1~1.5%ぐらいのものが最上の玉鋼と呼ばれ、日本刀の材料として使われる。
この世界でも優秀な武器になるだろう。
まあ、この世界にはミスリルとかアダマンタイトがあるから、微妙なところか?
朝早くから始めたたたら吹きは、その日の夜までには終わった。
普通は3日とか4日も休みなく続ける作業だが、今回はテストで材料が少なかったのと、魔法で補助したから早く終わったのだ。
そしてその成果について、自宅で反省会をした。
「それじゃあ、今日の反省会をしようか。ウンケイは今回の結果、どう見た?」
「初めてやったにしては上出来だと思います。タツマ様の狙いどおりでしたね」
俺の狙いとは四神の力と、使役リンクによる連携のことを言っているのだろう。
「うん、そうだね。そして今回の結果から、今後やることも見えてきた」
「はい、そうです。まず炉壁の粘土は、もっと耐熱性の高いものが必要です。いろいろな粘土を組み合わせたりして、試してみましょう。それから火力の調節や材料の投入タイミングについては、私の方で書面にまとめておきます。スザクさんとゲンブさんは後で付き合ってください」
「了解で~す」
「了解じゃ」
さすがウンケイ、やる気満々だ。
現状は四神におんぶに抱っこのたたら吹きを、自分たちだけで回せるようにするのだ。
まずは炉の耐熱性を上げ、作業内容を標準化していけば、いずれ四神抜きでもできるようになるだろう。
四神の力は本当に偉大で便利だが、それに頼りきってはいけない。
そんなことをしてもできることには限りがあるし、国民が成長しない。
ウンケイはそのことをよく理解し、できるだけ自立しようとしているのだ。
「うん、その辺は頼むよ。それで、たたら吹きが軌道に乗ったら、もっと恒久的な製鉄炉も作りたいと思う」
「はい、以前からおっしゃっていたことですよね。粘土の検証と並行して、耐火レンガも研究しましょう」
「うん、頼むよ。1度焼成したレンガを粉々にして材料に加えると、より耐熱性が上がるらしいから試してみて」
高温で焼成した粘土を砕いた粉を粘土に混ぜると、収縮が少なくなって耐熱性が上がるらしい。
地球でいうシャモットレンガってやつだ。
さらにいくつか確認を終えると、その日の会議は終わった。
その後も精力的に働いていたウンケイだったが、ある日、相談があると言ってきた。
「相談って何?」
「はい、クニトモ村のことなのですが」
「ああ、今日はオウミに行ってたんだっけ。それで、何かあった?」
すると、悩まし気な表情で喋りだす。
「……はあ、それがいよいよ村の状況が悪くなってきたようなのです。貴族の圧力で、仕事が激減しているらしく、このままでは多くの者が、路頭に迷いかねないと」
「それはまずい状況だね。それで、この国に受け入れたいってこと?」
「できればそうしたいのですが、事はそれほど単純でもありません。5人や10人が移住するならともかく、村の大半が消えたら大騒ぎになります」
まあ、オウミで村がひとつ消えたなんてことになれば、ただじゃ済まないだろう。
魔境外縁から引っ越すのとは、訳が違う。
「それなら、順繰りに引っ越してもらえばいいんじゃない? 一家単位で徐々に引っ越せば、それほど目立たないでしょ」
「しかし、荷物はどうしましょう? 家族丸ごと引っ越すとなると、かなり大きな荷物を持っていきたいと言う者もおりまして……」
ウンケイが言いにくそうに口を濁す。
いろいろわがままを言う奴がいて、苦労してるって感じだ。
「ゲンブがいるから大丈夫だよ。もう家の中から直接こっちに運び込んじゃってさ、人間だけ近所に挨拶して村を出るってのはどう? その後は村から少し離れた所で回収すればいい」
「うーん、それはそれで不自然ですが、この際、開き直りますか」
「そうそう、どうせ何が起こったか分かりっこないんだから。ただまあ、不自然に消えた人がまた現れたら目立つから、しばらく故郷に戻るのは自重してもらうけどね」
「そうですね。里心がついて帰りたいと言う者も出るかもしれませんが、そこは厳しく対応しましょう」
開き直った話をしていたら、ウンケイの表情が明るくなってきた。
同胞をいかに救うか、彼なりに悩んでいたのだろう。
「それでは1度、父をこちらに招いて話をさせてください。私たちが何人も職人を引き抜いたのを聞いて、相談にきた者がいるそうなのです」
「うん、ダンケイさんならいいんじゃない。まあ、それでも機密保持には注意を払うよう、念を押しておいてね」
「分かりました。これで同胞を救えそうなので、気が楽になりました」
「こっちも優秀な職人が加わるから、大歓迎さ。でもあまり無理はしないでね」
「ええ、気をつけます」
そう言ってウンケイがいそいそと去っていった。
どうせ、今から仕事するんだろうな。
彼の献身には、本当に頭が下がる。
俺ももう少し、頑張りますかね。