79.忍者の里
ひょんなことから忍者のハンゾウを仲間にした俺は、彼の一族を迎えるべく、忍者の里へ旅立った。
ハットリ庄と呼ばれる彼の故郷は海沿いの寒村で、住人は細々と生活しているらしい。
位置的には、日本でいう蒲郡の辺りだろう。
さすがに直接スザクで乗り付けると騒ぎになりそうだったので、少し離れた所で降りて歩いた。
やがて見えてきたその里は、想像以上にみすぼらしかった。
「……なあ、ずいぶんと質素な生活してるんだな?」
「恥ずかしながら、そのとおりです。なまじ人里に近いため、貴族の兵がしばしば税を取りにきます。忍として働くことでなんとかやってきましたが、それももう限界でしょう」
「ほんと、貴族ってのは、ろくなことしないなぁ」
「はあ、しかしそんな生活も今日までです。タツマ様の国では、平等に暮らせるのですよね?」
「まあ、何もかもバラ色ではないだろうけど、少なくとも今よりはマシだと思うよ」
そんな話をしながら里へ入ると、住民が俺を見て警戒する。
しかしハンゾウはそれを無視して、ある家の前まで俺を連れていった。
「長老様、長老様! ハンゾウが戻りました」
ハンゾウが叫ぶと、やがてホビットの老人が出てきた。
頭はつるっぱげで、あごに白鬚を生やした男だ。
「なんじゃ、ハンゾウ。おぬし、国主の命で魔境へ行ったのであろう。もうお勤めは終わったのか?」
「いや、それは失敗した。それでこのままでは里が潰されかねないので、迎えにきたのです」
「なんじゃと! 任務を失敗したままで、おめおめと舞い戻ったのか? このうつけがっ!」
「待たれよ、長老様。順を追って説明します」
今にも血管がブチ切れそうな長老をなだめつつ、ハンゾウが経緯を説明する。
ミカワ国の軍隊について魔境へ行ったこと、獣人の集落を襲ったが、夜襲で軍隊が壊滅したこと。
そしてミカワ国が敗戦の責任をホビットに被せる可能性が高いこと、俺に里の庇護を願ったことまでを語った。
しかし、それを聞いた長老たちの反応は、芳しいものではなかった。
「なぜミカワ国の支配を抜け、敵に庇護を請わねばならんのじゃ? そのような話を勝手に決めるでない!」
「しかし、これ以上ミカワ国に従っていても、未来は見えませんぞ」
「何を言う。そこにおる者も人族ではないか。信用などできるか」
「タツマ様は特別です。その不思議な力で我らを助けてくださる、奇特なお方なのです」
しかしハンゾウがいくら力説しても、簡単に納得できるわけがない。
そこで俺はちょっとだけ自分の力を示すことにした。
スザクを手に乗せて飛び立たせると、彼女が真の姿を現した。
「うわっ、なんだあれは」
眩い光の中から現れた霊鳥の姿を見て、人々が騒ぎだす。
あまり大きすぎても邪魔なので、今日は全高3メートルくらいのミニ朱雀だ。
さらにスザクがホビットたちに話しかける。
「最高神アマテラスの使いスザクがここに申し渡す。この者タツマは四神全てを従えし英雄。その言葉、軽々しく扱うこと許さじ。しかるべき敬意を払って応対せよ」
「おおっ、四神の1柱 朱雀様だ。ありがたや、ありがたや」
「へへーっ」
さすがの四神登場で、ホビット族が全員まとめて地面に平伏した。
ちょっと効きすぎたか。
「ま、まあ皆さん、顔を上げてください。俺も四神の力を借りてるだけで、そんな大したもんじゃありませんから。とりあえず話をしましょう」
「いえ、四神を従えるほどの英雄様とは知らず、ご無礼を致しました。このうえは、このしわ腹をかっきってお詫びを……」
「いーからっ、そういうのいらないからっ! 落ち着いてください」
長老が悲壮な顔で服を脱ぎ、腹を切ろうとしたので慌てて止めた。
せっかく迎えにきたのに首長が切腹って、だれ得だってーの。
その後もしばらくゴタゴタしていたが、やがて彼らも落ち着き、長老の家で改めて話をした。
「先ほどはお見苦しいところをお見せしました。それで、本当に我らを救っていただけるのでしょうか?」
「もちろんです。具体的に言うと、皆さんには俺の国へ引っ越してもらいます」
「英雄様の国は、どちらにあるのでしょうか?」
「実は今、シナノ大魔境の中央部に国を作っています。今はまだ2千人程度ですが、もっと人を集め、いずれ大きな国にするつもりです」
「大魔境の真ん中、ですか?」
「そっただこと、できるんだか?」
「そりゃあ、おめえ、英雄様がやるっつってんだから、できるんだべ」
俺の話に、ホビット族の重鎮は半信半疑だ。
しかし、先ほどのように頭から疑う雰囲気ではない。
「まあ、聞いただけでは信じられないでしょうから、まずは現物を見てください」
俺はまたゲンブの甲羅を取り出し、床の上に置いて通路を起動させた。
甲羅が浮かび上がって黒い円柱が発生すると、その場にいた者が動揺する。
そんな不安そうな彼らを通路に押しこみ、湖畔の大地を確認させた。
さすがにそれを見た後は、俺の話を疑う者はいなかった。
ついでに移住者の生活状況も説明し、改めて移住を打診する。
「ほんっとに俺ら、こんな夢みたいな所に住めるんだか?」
「これこそ、まさに四神を従える英雄様のお力だ。神はまだ俺たちを見捨ててなかったんだ」
「滅亡寸前の儂らに差し向けられた救世主様だ!」
夢のような申し出に、ホビット族が騒然としている。
しばし収拾がつかなかったが、興奮するホビット族を、なんとかハンゾウがまとめ上げた。
「タツマ様、我ら一同、あなた様に絶対の忠誠を誓います。我らの移住を認めていだけますでしょうか?」
「あ、ああ、意見がまとまったんなら、どんどん移っちゃって」
その後はまた怒涛の引っ越しだ。
先住者にも手伝ってもらいながら、運べる物をほとんど全て湖畔側に移した。
そんな中で特に嬉しかったのが、ホビット族の持っていた漁具だった。
小規模な物ばかりだったが、舟や網、釣り竿など有用な道具が手に入った。
これでスワの海での漁が、より盛んになるだろう。
こうして、400人近いホビット族が、新たに仲間となった。
それと並行して、熊人族、虎人族の移住も進んでいた。
ミカワ軍の侵攻で人口が半減した彼らは、村も焼かれていて引っ越すしかなかったのだ。
これにより、やはり400人近い住人が新たに加わった。
さらに、ほぼ無傷だった獅子人族の村も、引っ越す方向で話が進んでいる。
同等の戦力を持っていた熊人、虎人の村が、あっさりと壊滅したのだ。
今後、単独でミカワ軍の侵攻を防ぐのは難しい、と考えるのも当然だ。
襲われる前に財産を持ち出せば、新天地での生活もより楽になる。
これについてはエルフ、ダークエルフ族にも同じことが言えた。
いかに彼らが奥地に住み、結界に守られているとはいえ、いつまでも安全な保証はない。
今回の侵攻で危機感を覚えた彼らは、全面的な移住を検討し始めた。
とはいえ、ミカワ国の方も大打撃を受けたので、さすがに年内の再侵攻はないだろう。
なので、獅子人とエルフ系は移住先の環境を整えながら、来年の春以降、徐々に移住する予定だ。
焦って不便な思いをする必要もないし、受け入れ側としてもその方が楽だからな。
こうしてミカワ方面からの移住が一段落ついた頃、ハンゾウと長老が俺を訪ねてきた。
「やあ、ハンゾウ、どうしたの?」
「今日は折り入ってお話があって、参りました」
「ああ、そうなんだ。それじゃあ、入ってよ。あ、シズカ、お茶出してくれる」
ハンゾウたちをリビングに招き、絨毯の上に座らせる。
やがてシズカがお茶を出してくれた。
「それで、なんの話?」
「はい、簡単に申しますと、タツマ様のお役に立てる話を持って参りました」
「へー、ホビット族のおかげで漁の効率が上がったって話だけど、他にも何かあるの?」
「ええ。まずひとつとして、我々は真珠が作れます」
「ブホッ……それって、真珠養殖ができるってこと?」
予想外の告白に、思わずむせてしまった。
真珠とか凄い高級品だからな。
「はい、さすがタツマ様。話が早くて助かります。我々ホビット族は、祖先より真珠作りの技を継承しております。そしてそれは、淡水湖でも可能でしょう」
「もし実現したら、凄く助かるな。物資を仕入れるための重要な資金源になる」
「はい、今までは人族に知られないよう隠してきましたが、ここでなら自由にやれます。遠からず実用化できるかと」
「あー……たしかに前の場所でそれがばれたら、エライことになってただろうね。文字どおり、秘伝だったわけだ」
「はい、ちなみに我々は塩の作り方も心得ております。ドワーフ族の力も借りれば、比較的簡単に塩を提供できるでしょう」
「うほっ、それもいいね。外から買わなくて済むから、資金が節約できる。ぜひ頼むよ」
塩の販売は国が統制してるから、買うとけっこう高いのだ。
「はい、お任せください……それと、我らは情報収集の面でもお役に立てます。いかにこの地が自然の要害に囲まれていようと、警戒は怠るべきではありません」
「うん、それは俺も考えてた。ミカワ国だけじゃなく、他国の動向も探っておきたいんだ。ちょっと話したけど、鬼神シュテンが悪さをしようとしてるんだ」
「それです。実は、先日の侵攻にダークエルフの女が絡んでいたとの情報がありました」
「やっぱりか……カエデっていう女なんだけど、たぶん人格をシュテンに乗っ取られてる。この先も、人族を焚きつけて敵対する可能性が高いと思う」
「それでしたら尚のこと、我々に情報収集をさせてください。この国を守るため」
「分かった。情報網の構築をみんなと相談しよう。闇精霊との契約者も増やした方がいいね」
「可能でしたらぜひお願いします。格段に諜報能力が向上しますので」
「うん、お互いがんばろう」
ホビット族の参加は想像以上に有用だった。
しかし、シュテンの動きも確認されたから、もっと頑張らなきゃな。