78.ハンゾウ
あまり大きな変化はありませんが、流れを分かりやすくするために章を分けることにしました。
獣人集落を襲撃したミカワ国の軍隊が、ヨシツネの故郷に迫っていたため、俺たちは夜襲による反撃を試みた。
夜襲は期待以上に上手くいき、千人近い敵はあっさりと壊走する。
一応、さらなる迎撃の準備もしていたのだが、完全に無駄になった形だ。
そして一夜明け、俺たちはその後始末をしていた。
「あーあ、実際に目にすると悲惨なもんだなぁ」
「そうですね、たとえ敵の屍といえど、気分のいいものではありません」
俺たちの前には、ミカワ軍兵士の死体が延々と広がっていた。
昨夜の襲撃で獣人に討ち取られた者もいれば、逃げる途中の混乱で命を落とした者もいる。
さらに敵を急斜面や断崖の多い地形に誘導したため、そっちでも多くの人死にが出た。
これでは半数以上が未帰還になるのではなかろうか。
そんな敵兵の遺骸からは、使えそうな武器装備や金銭をはぎ取った。
ちなみにケガをして動けない兵士には、かわいそうだがとどめを刺している。
ミカワ国と交渉する予定はないし、獣人は奴らに恨み骨髄だから、こうするしかないのだ。
さらに敵が持ってきた食料と、途中で捕らえられていた捕虜も確保した。
捕虜は熊人と虎人の女子供で、合わせて50人ほどだ。
みんなひどい状態だったが、まだ生きているだけ幸せな方だろう。
何しろ今回の侵略により、熊人族と虎人族はその人口の6割近くを失ったのだ。
弱者を逃がすため、成人男子が奮戦した結果だが、その傷痕はあまりに深い。
もちろん俺は彼らを国に迎え入れるのだが、復興には長い時間が掛かるだろう。
戦場を確認して戻ってきたら、思わぬ訪問者が待っていた。
「ホビット、ですか?」
「そうです。何やら村の周りを嗅ぎ回っていたので、捕らえてあります。それがタツマ殿と話をさせろと言っておりまして」
ヨシトモに呼び出された先に、捕縛されたホビットが待っていた。
ホビットとは妖精種の1種で、体は小さいが人族によく似た容姿をした種族だ。
目の前の男は黒髪黒目で平凡な容姿だが、その目つきは鋭く、油断がなかった。
そういえば、ホビット族は情報収集に長けており、忍者みたいな仕事に使われていると聞いたことがある。
舌を噛み切らないためにされていた猿ぐつわを外すと、ホビットが喋りだした。
「あなたが昨夜、不思議な技を使ったお方でしょうか?」
「不思議な技? なんのことだ?」
どうやら俺の行動を見られていたようだが、とりあえずとぼけてみせる。
「何やら怪しげな術で人を移動させたり、ダークウルフを使役していたことです」
「……ふむ、なんのことか分からんが、だとしたらどうする?」
さらにとぼけたら、そいつは必死に頭を下げ、懇願してきた。
「俺の、俺の村を救ってください。そのためなら、なんでもします。たとえ奴隷にされようと構いません」
いきなりの奴隷にしてくれ宣言にドン引きだ。
周りの連中も驚いている。
「ちょ、ちょっと待てよ。話の流れが見えないぞ」
「俺は、俺は今回の任務を達成できなかった。おそらくミカワ国は、遠からず俺の村に兵を差し向け、住民を奴隷にしてしまうでしょう」
「うーん……察するに、あんたはミカワ国の密偵だよな。そして昨日の夜襲を防げなかったから、責任を問われるってことか?」
「そのとおりです。真に責任を問われるべきは、俺の報告を信じなかった将軍たちなのに……ふぐっ」
とうとうホビットが悔し涙を流し始めた。
さらに詳しく聞くと、やはり彼はミカワ国に雇われた忍者だった。
どうやら彼の村そのものが忍者の一族で、いろんなとこから依頼を受けて、任務を遂行しているらしい。
そして彼は昨日、この村に潜入し、俺たちが夜襲を計画していることを察知した。
もちろんそれをミカワ軍に報告したものの、あまり深刻に受け取られなかったようだ。
そりゃあ、あれほど大規模な夜襲があるなんて、普通思わないわな。
その結果、想像を超える規模で襲いかかった獣人たちに虚を突かれ、あっという間に壊走した。
そして敗走した軍人たちは、その責任をホビット族に被せてくるだろう、とハンゾウは予測している。
うん、間違いなく責任転嫁されるだろうね。
「それでも、村を丸ごと奴隷にするってのはないんじゃない? そんなことしたら、忍者が使えなくなっちゃうじゃん」
「いえ、ここしばらく亜人への迫害が強まっています。今回の仕事に出る前も、過大な税をふっ掛けられました。その税の免除を条件に、我々は今回の侵攻に参加していたのです。それこそ牛馬のようにこき使われて……」
ホビットの口から、ミカワ国への呪詛が漏れる。
そして彼は改めて俺に頭を下げた。
「お願いします。俺はどうなってもいいので、村を救ってください。お願いします」
後ろ手に縛られたまま、地面に頭を擦りつけるように懇願してくる。
そんな彼を見ていたら、なんとかしてやりたいと思ってしまった。
「うーん、まあ、それが本当なら助けてもいいけど、確認はさせてもらうよ。ゲンブ、通路を開いてくれ」
ゲンブの通路で一旦家に戻り、すぐにアヤメとゴクウを連れて戻った。
「ゴクウ、彼が嘘をついてないか、確かめてくれ」
「オウッ、任せときな」
「な、なんだこのサルは?」
動揺するホビットに構わずゴクウが取りつくと、俺はホビットにいくつか質問をした。
さっきまで彼が話していた内容を確認すると、ゴクウが結果を告げる。
「こいつの言ってることに嘘はねえぜ。実際問題、かなりヤバい状態みたいだな」
「そうか……そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。俺はタツマ。あんたの名前は?」
「ハンゾウ、ハットリ庄のハンゾウです。それでは、俺の村を助けてもらえますか?」
「ああ、元々、迫害されてる人たちを助けるのが俺の目的だし、裏は取れたからな」
「ありがとうございますっ! これで、これで家族に顔向けができる!」
ハンゾウがまた頭を下げ、しきりに感謝する。
同時に彼の表情は緩み、今度は嬉し涙を流し始めた。
よほど家族のことが心配だったのだろう。
すると、ゴクウが思いもかけないことを言いだした。
「なあ、あんた、闇属性の適性があるな。なんだったら、精霊を紹介してやろうか?」
「なっ、なぜそれをお前が? 貴様、何者だっ!」
ゴクウの指摘に、ハンゾウが大きく動揺する。
「まあ、落ち着きなよ、ハンゾウ。このサルみたいに見えるのは、闇精霊が実体化した存在で、ゴクウっていうんだ。それでゴクウ、ハンゾウにも闇属性の適性があるのか?」
「ああ、闇属性ってのは癖が強くて、使える人間が少ないんだけど、こいつからはアヤメに似た雰囲気を感じる。親類に闇属性使いがいるとか、そういうんじゃないかな」
「そ、そのとおりです。親父の代までは、闇精霊と契約を交わしていました。しかしそれを引き継ぐ前に親父が死んでしまい……」
ハンゾウが悔しそうに唇を噛みしめる。
「たしかに忍者が闇属性魔法を使えたら、鬼に金棒だよな。ゴクウが紹介してくれるってんなら、契約してみたら?」
「そんな簡単に契約ができたら苦労しませんよ。俺だって血の滲むような苦労をしたのに……」
必死に自分の苦労を力説するハンゾウを、ゴクウがニヤニヤしながら押し留める。
「まあまあ、タツマに任せとけって。たぶん馬鹿馬鹿しいほど簡単に契約できるから」
「そうだな……保険を掛ける意味でも、契約しとくか。それじゃあ、ハンゾウ。俺の使役契約を受け入れてくれ。そしたらお前の一族を受け入れよう」
「使役契約?……分かりました。この身を捧げるので、どうか一族の者はお見逃しください」
ハンゾウが悲痛な表情で、契約を受け入れようとしている。
完全に奴隷契約と勘違いしてるな。
「あー……別に奴隷にするとかじゃないからな。安全が確保できたら契約は解除してもいいし」
そう言うと、ハンゾウが驚いたように顔を上げる。
「本当ですか?」
「うん、本当。とりあえず契約だけしちゃうね。『契約』」
滞りなく契約が成立し、ハンゾウが拍子抜けしたような顔になる。
何か、もっと凄い反動とか予想してたのかね。
ここで、契約終了を待ち受けていたゴクウが口を挟む。
「よーっし、次は俺の番だな。俺の仲間を呼んでるから、ハンゾウにも見せてやってくれ、スザク」
「はいは~い。これでどうですか~」
すると精霊を視認する感覚が共有され、ゴクウの周りに黒っぽい小人がフワフワ飛んでいるのが見えた。
それを認識したハンゾウも、驚愕の表情を浮かべている。
やがてゴクウの仲介で、ハンゾウと闇精霊の契約がつつがなく成立した。
「こ、これが闇精霊との契約……」
「ああ、そうだ。だけど、こいつは今まで人との付き合いがなかった奴だから、意志の疎通はまだ苦手なんだ。馴染んでくればそのうち会話できるようになるから、それから闇魔法を覚えればいい。俺とアヤメが教えてやるよ」
「は、はい……俺が、闇魔法使いに。一族に闇魔法が再び……」
ハンゾウが突然の幸運に戸惑っていた。
さっきまで悲壮な覚悟を決めていたのに、今は泣いていいのか、喜んでいいのか分からないといった感じだ。
「よかったな、ハンゾウ」
「はい、このご恩は決して忘れません。生涯の忠誠をタツマ様に」
「大げさだって。とりあえず、今から一族を迎えに行こうか」
こうして新たに仲間になったハンゾウを連れ、俺はスザクに乗って飛び立った。
ホビットの一族を救い出すために。