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幕間.鬼神の贄

<ミカワ国 魔境外縁部>


 光輪教を通じ、ミカワ軍に魔境の獣人集落を襲わせる算段を付けたカエデは、その後もせっせと働いていた。

 集落までの経路情報を提供し、軍隊がそこまで移動するための助言もしている。

 おかげで準備は順調に進み、2週間で出兵に漕ぎつけた。


 ミカワ軍はカザキの町を出立し、5日で魔境外縁に到達。

 さらにそこから森の中を1週間掛けて移動し、熊人族の村近くまで進出した。



「とうとうここまで来たな。明日はいよいよ襲撃だ」

「将軍~、人聞きが悪いですよ。一応、事前に勧告はしてあるんだから」

「出せるはずのない税を要求するのが、事前勧告か? ほとんど降伏勧告だろう」

「いやいや、けっこう持ってるかもしれませんよ~、奴ら」


 そんな話をしているのは、この軍を率いる将軍と、その取り巻きたちだ。

 すでに先行した部隊が、目的の村に人頭税の納付を要求している。

 1人当たりで見れば大銀貨1枚とそれほどでもないが、村全体では金貨数十枚にもなる。

 ほとんど貨幣経済に関与していない獣人種に、そんな額が払えるはずもない。

 それを知ったうえで要求を突きつけ、多数の奴隷を確保する計画だった。


「しかし連中、おとなしく従いますかね。獣人は血の気が多いから、歯向かってくるかもしれませんよ」

「そうはさせないのが、腕の見せどころよ。我らの威容を見せつければ、従うしかあるまい」

「まあ、そうですね。こっちは千人近い大軍だし、魔法兵もいる。これに歯向かうほど、奴らも馬鹿ではないでしょう」

「そのとおりだ。しかし、獣人相手では物足りんな。早くエルフに会いたいものだ。のう、カエデ?」


 ここで将軍が、そばにはべっていたカエデに話を振った。


「そうですねえ、将軍。でもエルフの村はもっと奥にあるから、簡単には行けないんですよ。まずは獣人を片付けてから、お楽しみはその後でってね」

「それは何度も聞いたわ。しかしまあ、それまではお前が楽しませてくれればいい。グフフフフ」

「あらあら、将軍もお好きねえ」


 カエデは案内役としてだけでなく、従軍娼婦としても働いていた。

 少しキツイ顔立ちだが美人の彼女は、将軍から隊長格の男たちまで大人気だった。

 そして彼女はただ男たちを虜にするだけでなく、鬼神の毒も振りまいていた。





 そして翌日、一方的な虐殺が始まった。

 村中かき集めても金貨1枚にすらならない熊人族と、最初から蹂躙する気まんまんの軍隊との交渉が、成り立つはずもない。

 しかし、獣人側も一方的に奴隷を差し出すなど、できはしなかった。

 少しでも多くの同胞を逃がすため、戦士たちは絶望的な戦いを挑んだのだ。


 それを迎え撃つミカワ軍の兵士は異常に興奮しており、早々に村に火を放っていた。

 本来ならそんな暴挙を抑えるはずの将軍や隊長たちも、同様に血に狂い、虐殺に参加している。

 家々は焼け、その中を弱者が必死で逃げ回った。

 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


 この戦により熊人族の主要な戦士は軒並み討ち死にし、何十人もの女子供が捕虜にされた。

 その一方で、何割かの住人は運よく逃げ延び、近隣の虎人族の村で保護された。

 しかし、地獄はまだ終わらない。


 虎人族の準備が整わないうちに、ミカワ軍がそこへ押し寄せた。

 奴らは予想を遥かに超える速さで村に到達し、今度は事前勧告も無しに戦闘を始める。

 多少は粘るかと思われた虎人族も、村に火を掛けられると、あっさりと崩壊した。

 またもや多くの戦士が命を落とし、弱者が捕虜にされた。




 しかし、ミカワ軍の快進撃もそこまでだった。

 やはり異常な速度で魔境を進軍し、明日は獅子人族の村を襲おうかというところで、夜襲を受けたのだ。

 将軍たちは、密偵から敵の情報をある程度得ていたにもかかわらず、油断していた。

 愚かなことに、戦場近くで兵に飲酒を許してすらいたのだ。


 そんな弛緩した軍隊に、音も無く忍び寄った獣人の戦士が牙をむく。

 見張りを始末し、周到な陣形を組んだうえで、天幕に火を放った。

 そこから逃げ出す兵士を襲いつつも深追いはせず、かなりの兵士を逃がした。

 ただし逃がした方向には、急な斜面や断崖絶壁が控えていた。

 そんな所へ逃げた兵士の多くが転落してケガをしたり、川に落ちて溺れ死んだ。



 少し離れた場所から、その惨状を笑いながら見ている者がいた。

 カエデだ。


「ヒャッハッハ、いい感じにやってくれるじゃないか。できれば、あたしの故郷も燃やしてやるつもりだったけど、これだけ死んでくれれば十分さ。ヒャッハッハ」


 カエデに憑依した鬼神シュテンは、人の死を糧にする邪神だ。

 人が死ねば死ぬほどその力を強め、さらに戦乱を巻き起こす恐るべき存在。

 そういう意味で、今回の出兵は大成功だった。


「しかし、獣人側には厄介な相手がいるみたいだねえ。ひょっとして、あたしを追い払ったあの男か?……たしか、タツマとかなんとか」


 カエデのその勘は当たっていた。

 そして、敵が尋常でない力を持っていることにも勘づいていた。


 やがて上空に大きな花火が打ち上げられた。

 戦闘終了を告げる、スザクの炎弾だ。


「ありゃあ、朱雀じゃないかい。やっぱり四神を従えてるんだねぇ。こいつは厄介だ」


 しかし、そう呟くカエデは不敵に笑っていた。


「クックック、こりゃあ、一筋縄じゃいかないね。いいだろう、もっとどでかい罠を作って、殺してやろうじゃないか。まずは情報を集めるかねぇ」



 その後カエデは、数人の獣人を捕まえて尋問を試みた。

 ゴクウを遥かに凌ぐ闇魔法により、彼女はタツマが魔境に国を作りつつあることを知る。

 しかし、尋問された獣人たちにその記憶は残らず、タツマがそれを知ることはなかった。


 そしてカエデは、ほくそ笑みながら闇に消えていった。




 1週間ほど後、カザキの町に帰り着いた兵士は、当初の3割にも満たなかった。

 その中に将軍の姿はなく、生きて帰った数人の隊長は、密偵に責任を押し付けた。

 密偵が責任を果たさなかったため、軍隊は壊滅した、と。


 そこで密偵の一族を捕らえるべく部隊が派遣されたものの、すでに村はもぬけの殻だった。

 その報告を聞いたミカワ国主モトヤスは、生還者の首をいくつか切るしかなかった。


 一方、ミカワ軍に多数の従軍僧を同行させた光輪教内でも、責任論が浮上していた。

 従軍した僧侶のほとんどが戻らなかったのだ。

 なんとかそれを治めた大僧正リョウカクであったが、彼の教団内での威信は低下した。



 この事件によりミカワ国内の権力者は、改めて亜人を迫害する決意を固めていた。

 彼らの勢力範囲から、亜人の集落が消えようとしていることも知らず。

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エウレンディア王国再興記 ~無能と呼ばれた俺が実は最強の召喚士?~

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