77.ミカワ軍侵攻
エルフ、ダークエルフ族からそれなりの移住者があり、俺の国も活気づいてきた。
彼らは教育レベルが高いので文官として雇いやすく、さらに魔道具の生産もできる。
おかげで多くの事務仕事を任せられるようにもなり、そっちの負荷がだいぶ減った。
さらに彼らに精霊との契約を支援したところ、小さな子供を除いてほぼ全てが成功した。
おかげで150人以上の精霊術師が新たに生まれ、今後の戦力として期待できるようにもなっている。
エルフ系移民の増加に触発され、ドワーフたちも気合いが入ってきた。
彼らは家を始め、いろいろな物を生産しているが、中でも力を入れているのが製鉄事業の確立だ。
あいつら、鍛冶仕事が大好きだからな。
自分たちで鉄を生産できるようになれば、より鍛冶仕事ができるって算段だ。
しかし製鉄業を始めるにあたって、それに応じた資源の開発が必要になる。
鉄鉱石に木炭、炉を作るための粘土などが必要なんだが、木炭以外は鉱脈を見つけねばならない。
そんな資源の探索者として、俺は闇狼のヤミカゲ隊を組織した。
ちなみに彼らの個性はこんな感じだ。
ヒカゲ:「ワオン(わが命は主のために)」
フカゲ:「ウオーン(ご主人様の眷属になって嬉しい~)」
ミカゲ:「グルオゥッ(主の敵は全てぶっ殺す)」
ヨカゲ:「ワフン(愛しています、主様)」
イツカゲ:「クウーン(腹減った、主)」
ムカゲ:「アオーン(主様サイコーッ)」
ナナカゲ:「ウォン(我は忍び)」
ヤカゲ:「キャイン(もっと踏んでください、ご主人様)」
コカゲ:「ワウッ(なんでもやります)」
トウカゲ:「バウッ(常に全力疾走~)」
ちょっと変なのも混じっているが、基本的に俺に忠実な奴らだ。
こいつらにそれぞれ3~4匹のダークウルフを組ませ、鉱石や粘土のサンプルの臭いや味を覚えさせた。
そのうえで適当に割り当てたエリアを調査させると、続々と鉱石や粘土が見つかった。
見つけた資源はそれに詳しいドワーフが赴いて、改めて調査をする。
土精霊のニカやゲンブにも協力してもらい、鉱石の埋蔵量を見積もっているところだ。
今後、有望な鉱山を開発し、製鉄を始めることになるだろう。
しかし製鉄炉なんてのはノウハウの塊だから、ちょっとやそっとでできるわけがない。
まずはたたら吹きから始め、いずれは耐火レンガを使った恒久的な炉を作りたいものだ。
とはいえ、燃料の木炭だって莫大な量が必要になるから、まだまだ先は長いだろうな。
そんな仕事に忙殺されていた夏のある日、緊急事態が発生した。
「獣人の集落が襲われただって?」
「うむ、今日になって熊人族と虎人族の一部が、逃げてきたと言っておりますじゃ」
ヨシツネの故郷からゲンブに、緊急通信が入ったらしい。
あこそにはゲンブの甲羅を預けてあるから、それを介して通信が可能になっているのだ。
俺はすぐにゲンブに手を当てると、通信を試みた。
(こちらタツマ、こちらタツマ。ヨシトモさんはいますか?)
(ああ、タツマ殿。ヨシトモです。どうやらミカワ国の軍隊が他の集落を襲ったらしくて、うちもヤバいかもしれないんだ。相談に乗ってもらえませんか?)
(分かりました。すぐにそちらへ行くので、周囲を空けてください。ゲンブ、頼む)
(了解ですじゃ)
すぐにゲンブの甲羅が1枚浮き上がり、黒い円柱が形成された。
ヨシツネを伴ってその通路をくぐると、村の中の広場に出る。
「おお、タツマ殿。急にお呼び立てをして申し訳ない」
「いえ、緊急事態なのでお気にせず。それで、何が起こったんですか?」
「それが、今日になって熊人族と虎人族の難民が、助けを求めてきたんです。ここ数日の間にミカワ国の軍隊に村を襲撃され、命からがら逃げてきたとか」
そう言われて辺りを見回すと、熊と虎の特徴を持った獣人が何人もいることに気がついた。
誰もがすっかり疲弊しており、ケガ人も多い。
「軍隊に襲われたって、何かミカワ国とあったんですか? 小競り合いとか……」
「いや、それはないはずです。今までは少人数の部隊が来ても、税金代わりに何か納めて帰していました。今さら、無用に事を荒立てるはずがない」
「あいつら、とんでもない要求を吹っ掛けてきたんだ」
ふいに熊人の老人が、俺たちの会話に割り込んできた。
「とんでもないって、どんな要求ですか?」
「住民1人につき大銀貨1枚の税を納めろってんだ。そんな金ねえって言ったら、奴隷を差し出せと来やがった。それで若いもんが激発して、戦いになったんだ。だけど多勢に無勢で……」
どうやらミカワ国は最初から戦争をするつもりだったらしく、千人近い軍勢が差し向けられたそうだ。
いかに屈強な熊人族といえど、数の暴力には抗せず、多くが殺されたり捕まったりしたらしい。
そこで比較的近い虎人族の村に助けを求めたものの、翌々日にはまたもや軍隊が押し寄せ、やはり蹂躙されてしまった。
困ったことに、その軍隊は明日にもここを襲う可能性があるらしい。
「ヨシトモさん、ただちに老人や女子供、ケガ人を俺の国に避難させましょう。同時に獅子人族の戦士には、周辺の警戒と難民の救助をお願いします」
「それは構わないが、どうするんです? いくら我々だって、とても千人の軍隊とは戦えませんよ」
「最悪の場合、俺の国にみんなで引き籠りましょう。だけど、その前に夜襲を掛けて敵を追っ払おうと思います」
「夜襲か……たしかに我々は夜目が利くが、まずは敵の動向を掴まないといけないな」
「それは俺に任せてください。空と陸からあぶりだしてやりますよ。そのうえでゲンブの通路を使えば、適切に兵力を配置できます。俺の国からも義勇兵を募りましょう」
「なるほど。それならば、かなり戦えそうですね」
方針が決まると、即座に避難が始まった。
獅子人族の弱者と熊人、虎人の難民が、身の回りの品だけ持ってゲンブの通路に消えていく。
シナノ国側では、また臨時の宿舎を建設し、難民を受け入れた。
さらに仕事で散っていた住民に緊急招集を掛け、義勇兵の編成も始める。
夕暮れまでには避難が完了し、獅子人族の村に戦士が集結した。
戦力としては獅子人が200人に、猫人、兎人、狐人、狼人がそれぞれ50人程度、ドワーフとエルフが20人ずつといったところだ。
熊人と虎人もわずかながら、参加している。
俺は各部隊の責任者を集め、大雑把な地図を見せながら作戦を説明した。
「どうやら敵は、ここから半日ほどの位置に到達しています。この辺りに野営するようなので、これを夜襲して追い払いましょう」
そう言うと、狼人の男が不安そうに聞いてきた。
「倍以上の敵に挑むのは、いくらなんでも無謀じゃないか?」
「正面から当たるなら、そのとおりです。しかし、今回は敵を追い返すのが目的なので、なんとかなるでしょう。方針を簡単に言えば、”こっそり闇討ちして、お帰りはあちら”ってとこですね」
「こっそり闇討ち、ですか?」
俺の方針を聞いたヨシトモの顔が、ちょっと引きつっていた。
そんな彼を見ながら、俺は不敵に笑う。
「フフフッ、名誉を重んじる獣人種には受け入れがたいですか? でもね、大勢で弱者をいたぶるような奴らに、そんな理屈は通じないでしょう。むしろ、ふさわしい対応だと思いますがね」
その言葉に、熊人と虎人の戦士たちが反応した。
いきなり無茶な要求を押し付け、女子供でさえ虐殺したミカワ軍への怒りに、火がついたのだろう。
彼らの熱気に当てられ、他の戦士たちも気勢を上げ始める。
「た、たしかに卑劣な敵に正々堂々と対応するのも、おかしな話ですね……分かりました、やりましょう」
「その意気です。すでに連中の周囲には、この甲羅を配置してあります。奴らが寝静まった頃に通路を開くので、あとは部隊ごとに移動して襲撃してください」
「引き際はどう見極めますか?」
「そうですね……俺の方で派手な花火を打ち上げるので、それを見たら甲羅の所に戻ってください。あまり深追いはしないように」
その日の深夜、敵の周りに配置したゲンブの甲羅が突如浮き上がり、黒柱が発生した。
この甲羅は事前にヤミカゲ部隊に持たせ、事前にミカワ軍の周りにいくつか配置しておいたものだ。
通路からは続々と獣人の戦士が湧きだし、戦闘態勢を整える。
そして、全ての部隊が移動すると黒柱は消え失せ、甲羅が地面に落ちた。
準備が整うと、獣人部隊がミカワ軍に襲いかかった。
敵も見張りは立てていたが、多くの者が寝静まっている状況だ。
そこに獣人たちが音も無く忍び寄り、見張りの首をかき切っていく。
やがて敵の中にも異常に気づくものが現れ、騒ぎが湧き起こった。
そんな、徐々に騒がしくなっていく中で、とうとう複数の天幕が燃え上がった。
至近まで忍び寄った獣人たちが火を放ったのだ。
これにより、パニックに陥った兵士が入り乱れ、逃げ惑う。
後はもう、あっけないものだった。
取る物も取らず逃げ惑う兵士たちが、押し合いへし合いしながら逃げていく。
あらかじめ獣人たちには、敵を包囲せず、ある方向に誘導するよう指示してあった。
多少は暴走する者もいたが、概ねその指示は守られ、ミカワ軍はある方向へ逃れていく。
その方向に、急斜面や崖が待ち受けているとも知らず。
それらの一部始終を、上空で滞空するスザクの上から眺めていた俺が、最後の指示を出した。
「スザク、花火を上げてくれ」
「了解で~す、主様」
スザクが口を上に向け、火球を3発撃ちあげた。
それは派手な音と光を撒き散らしながら、獣人部隊に撤退を促す。
「とりあえず、これで終わりだな。今日のところは」
「そうですね~。しかし、これで主様もお尋ね者ですね~」
「ああ、そうだな。いずれは国の存在も知られるだろうからな。戦争になるかもしれないから、準備が必要だ」
こうして体制側に敵対したからには、もう後戻りはできない。
いよいよ覚悟を決める時がきたか。