8.疑似火魔法弾
(大丈夫なのです? ご主人様)
ゴブリンを片付けたホシカゲが、誇らしそうに近寄ってくる。
「あ、ああ、大丈夫だ……ありがとうな、ホシカゲ」
俺はなんとか動揺を隠し、ホシカゲの頭を撫でてやった。
嬉しそうに頭を擦りつけてくる仕種がかわいらしく、ちょっと落ち着いた。
しかし、それでもまだ俺の手は震えていた。
今度はスザクが話しかけてくる。
「やはり、いきなりの実戦は無理がありましたか~? しかし主様、とにもかくにも生き残ったのですからそれを喜びましょ~」
「……そうだな、ほとんどなんの準備もせずに戦ったのがいけなかったんだ。ホシカゲが仲間になって、ちょっと浮かれてたかな」
「これも経験なのですよ~。次からは気を引き締めればいいのではありませんか~」
珍しく気を遣ってくれるスザクだが、なおさら弱くて愚かな自分が恥ずかしくなった。
そんな俺を励ますように、ホシカゲが俺の手を舐める。
しばらくそうしていると、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
「みんなありがとう。元気が出てきたよ」
俺が気を取り直したのを見て、スザクとホシカゲからホッとした雰囲気が伝わってくる。
やはり仲間というのはいいものだ。
気を取り直してゴブリンの右耳と魔石を回収すると、魔法の練習をすることにした。
今のままでは、あまりに攻撃力が心許ない。
そこで現状の無属性魔法の攻撃に、火属性を組み合わせられないかと考えた。
まず、手近な木に向かって無属性魔法を撃ち出すと、これは上手くいった。
次に左手から火を出して、それを撃ち出そうとする。
しかし、ただ火が出ているだけで、これは上手くいかない。
「うーん、火を撃ち出すには、どうすりゃいいんだ?」
「それにはいくつか方法があるのですよ~。ひとつは無属性の弾に火属性を混ぜる方法。次に炎そのものを無属性で包み込む方法。そして火炎放射器のように噴き出す方法ですね~」
「混ぜる、包む、噴き出す、か……でも混ぜるって、どうやるんだ?」
「無属性の弾を作り出す時に、火属性を練り込むようなイメージですよ~。これは魔力が少なくて済みますが、熱量は少ないですね~」
「ふーん、練り込むねえ……しかし、そもそも無属性の弾って、どうやって作ってんだっけ」
その辺の認識があいまいだったので、改めて自分の体の中に目を向けてみた。
まず左手の辺りに魔力が集まっているのは感じられる。
そして、それを無属性の魔力として体外にひねり出す、っていう感覚だな。
ここまでは分かる。
次に火魔法を使うと、ライターより少し大きめの炎が出た。
そしてそれは、スザクを通して引き出されているのが、なんとなく感じ取れる。
じゃあ、次はその2つを混ぜてみよう。
無属性と火属性の魔法を同時に行使するってことだよな。
そう思って取り組んでみたものの、これを実現するには時間が掛かった。
何度も何度も試行錯誤して、ようやく火属性混じりの弾を生み出すことに成功する。
目を開けて確認してみると、いかにも火属性らしい、オレンジ色を帯びたビー玉みたいな弾が、手のひらの前に浮かんでいた。
そしてこれを撃ち出すには……。
もう1発、無属性の棒で突き出してやればいいか?
イメージとしては、ビリヤードみたいに玉を突いて飛ばす感じで。
無属性のスティックをイメージしてそれを押しだすと、オレンジ色の弾がビュッと飛んでいった。
それは少し離れた木の幹に当たり、パチンといって弾ける。
「できた、のか?」
「まあまあですね~、主様」
弾が当たった部分を間近で確認してみると、幹の表面が抉れて少し焦げていた。
一応、火属性は有効らしい。
「これなら、ゴブリンにもダメージを与えられるかな?」
「そうですね~。ただし、もっと素早く撃てるようにしないと、いざというときには使えませんよ~」
「まあ、そうだな。もう少し練習するか……」
その後、ひたすら火魔法弾の練習を続けた。
ようやくものになってきたこのエセ火魔法弾のことを、俺は”熱弾”と名付ける。
最初は発射に30秒くらい掛かっていたが、ようやく1秒程度で撃てるようになった。
なんとか目処が付いたので、昼飯にした。
ホシカゲにオニギリを1個やり、俺も別のをほおばる。
当然、スザクはそれを横からつついている。
「とりあえず擬似的な火魔法弾は撃てるようになったけど、まだまだ威力が弱いよな~」
「もきゅもきゅ……何ぜいたく言ってるんですか~。こんなに早く会得できただけでも凄いんですよ~。もきゅもきゅ」
「そうかな? ゴブリンに殺されかけた身としては、あまり実感できないな」
「もきゅもきゅ……たしかに主様はまだ弱いですが、魔法の素質は捨てたものではありませんよ~。焦らずにやっていきましょ~、もきゅもきゅ」
「そうだな、そうするか」
昼飯を済ませると、しばし瞑想をして魔力を回復した。
ホシカゲが周辺を警戒してくれてるから、森の中でもこんなことが安心してできる。
ある程度魔力を回復すると、またゴブリン狩りに取りかかった。
しばらく森のなかを探索していると、ホシカゲがゴブリンを発見した。
足音を忍ばせてそいつらに近寄ってみると、今度は4匹いる。
(ホシカゲはまたあいつらに突っ込んでかき回してくれ。あまり無茶はするなよ)
(わふ、お任せなのです)
ホシカゲが突入すると、ゴブリンどもが混乱した。
俺は右手にメイスを握りながら近付き、左手からヒートを撃ち出す。
10メートルほど向こうのゴブリンに当たるとパチンと弾け、そいつがひっくり返った。
意外な成果に気を良くした俺は、周りのゴブリンにも次々とヒートを放った。
とりあえず全てのゴブリンに当てると、ショックで動けなくなっている奴らに、今度はメイスでとどめを刺していく。
ホシカゲも手伝ってくれたので、あっという間に殲滅できた。
さっきの苦戦が嘘のようだ。
「フーッ、意外にあっさりと倒せたな。あんなエセ火魔法弾でも、ゴブリンには有効なんだ」
「いきなり熱いのをくらって驚いたんでしょうね~。今回はその衝撃で麻痺していたみたいです」
(わふ、凄いです、ご主人様)
俺は気分よく耳と魔石を回収すると、またゴブリンを探しては狩り続けた。
ホシカゲが見つけてくれるのもあって、今日だけで20匹も狩ることができた。
改めて彼に礼を言うと、嬉しそうに尻尾を振っていた。
よほど嬉しかったのか、帰り道の間も元気に走り回りながら、まとわりついてくる。
かわいい奴よ。
しかし、ギルドで魔石を納付して帳票を受付けに持っていったら、コトハに咎められた。
「ちょっとタツマ君、ゴブリン20匹って何よ! まさか危ない所に行ったんじゃないでしょうね?」
「えーっと、東の森の浅いとこですよ。たしかに俺は初めてだったけど、新人でもよく行くとこじゃないですか?」
「それはそうだけど、あなたはソロなのよ! いくらゴブリンだからって、大きな群れに当たれば簡単に死んじゃうんだから!」
彼女が大きな声を上げるもんだから、注目されてしまった。
心配してくれるのは嬉しいけど、ちょっと迷惑だね。
「大丈夫ですって。ホシカゲは感覚が鋭いから、大きな群れは避けてるんですよ」
「いくらホシカゲちゃんが優秀でも、何か間違いが起きるかもしれないわよ」
「いや、ホシカゲはかなり利口なんで、大丈夫ですって。とにかく精算してください」
「……んもう、気をつけるのよ」
俺は報酬の大銀貨2枚を受け取ると、そそくさとギルドを後にした。
心配してくれるのは嬉しいけど、コトハにはもっと自分の影響力を考えて欲しい。
嫁さんにしたい受付嬢ナンバーワンの注目度はハンパじゃないのだ。
変な奴に絡まれたら、どうするんだってーの。
家に帰ると、少しメイスを振る練習をしてから夕食を取り、部屋でスザクと話した。
「なあ、スザク。今日教えてくれた3つの魔法って、残りはどうやったらできるんだ?」
「炎を無属性で包み込む方法と、火炎放射器のように噴き出す方法ですね~? 主様が経験を重ねて魔法に習熟すれば、そのうちできるようになりますよ~。それと主様のイメージ次第でもありますね~」
「俺のイメージ次第って、どういうこと?」
「普通の魔術や精霊術とは、昔の賢者が編み出した魔法であり、それなりに呪文や手順が形式化されているのです。しかし主様は呪文も使わずに、自身のイメージだけでやり遂げました。結局、イメージを具現化できる力があれば、過去の手法なんて気にしなくてもいいのですよ~」
「ふーん、そんなもんなの? でも、参考にできる物が無いのは、ちょっと心細いな」
「大丈夫ですよ~。主様は前世の記憶をお持ちなので、自然界の理をよく理解しておられます。それを応用したからこそ、今日の魔法も短時間で成功したのですよ~」
「ああ、そういうことか……多少の違いはあっても、この世界でも科学の応用は可能ってことね」
そう言ったら、ホシカゲが聞いてきた。
(科学ってなんです?)
「俺の前世の世界にあった学問さ。自然の理を、他の人にも分かりやすくする学問ってとこかな」
「主様の世界ではそのような学問が盛んだったのですね~。それはどのような世界だったのでしょうか~?」
「気になる? それじゃあ、ちょっと俺の前世を教えようか」
「お願いしま~す」
(わふ、楽しみなのです)
俺は初めて、スザクとホシカゲに前世を語った。