76.エルフの参入
農地開拓にトイレ整備など、いろいろと忙しくしている中、俺は久しぶりにアヤメの故郷を訪れていた。
「お久しぶりです、ハスノさん。今日もお美しいですね」
「まあ、ウフフッ。お世辞がお上手ね、タツマさん。国作りは順調?」
お世辞だなんてとんでもない。
アヤメの母ちゃんはEカップの妖艶な美女で、俺の好みどストライクなのだ。
元おっさんの俺としては、落ち着いた雰囲気が好きっす。
「まあ、ぼちぼちってところです。でもちょっと人材が足りないので、こうしてスカウトにやって来ました」
「ええ、こっちも準備しているわ」
今日ここを訪れたのは、ダークエルフの人材をスカウトするためだ。
現状、俺の国に移住しているのは、ほとんどが獣人種なため、国の運営に携われるような人材に乏しい。
その点、エルフ系は教育レベルが高くて頭脳労働に向いているので、ぜひ参加して欲しい人たちなのだ。
ハスノに導かれ、とある一角に赴くと、10人ほどのダークエルフが待っていた。
「彼らが移住に興味を示している人たちよ。条件次第では移住してもいいと言ってるわ」
「お手数をお掛けします。皆さん、こんにちは。俺はタツマと言います」
実は国を作ると決めてから、すぐに誘いは掛けていたのだが、色よい返事をもらえていなかった。
エルフ系はあまり他種族との交流を好まないし、村を結界で守れることもあって、あえて移住しようなんて人間は少ないからだ。
それでも根気よく誘いを掛けていたら、ようやく応じてくれそうな人たちが出てきたらしい。
「初めまして。私はハクセキと申します。魔道具の製作を生業にしております」
「あー、魔道具いいですねぇ。ぜひ一緒に仕事をして欲しいです」
「ホッホッホ、それは条件次第ですな。聞くところによると、移住すれば精霊術を身に着けられるかもしれないとか」
「ええ、わりと確実に精霊と契約を結べる手段がありましてね。うちに来たドワーフ族は、全て契約に成功してますよ」
「ほほう、それは実に興味深い……」
何人かの目つきが明らかに変わった。
妖精種の専売特許である精霊術だが、実際に精霊と契約できる人はそう多くない。
せいぜい50人に1人いるかどうかって割合で、意外にレアなのだ。
「仕事の内容は、どのようなものですかな?」
「新しい国を運営するための、事務仕事がメインです。もちろんハクセキさんのように手に職を持つ方は、生産活動もやってもらいますが、当面は国の運営も手伝ってもらいます」
「ふむ、待遇は?」
「衣食住は全てこっち持ちで、給料は年に金貨3枚以上。働きに応じて加算ありです」
年に金貨3枚ってのはしょぼいようにも見えるが、この魔境付近で収入を得る手段がないことを考えればそれなりだ。
衣食住込みなら、こんなもんだろう。
かなり興味を引かれてるようなので、もうひと押しする。
「それでは、実際に移る先を見てもらいましょう」
ゲンブの甲羅を取り出して通路を起動すると、いつもの黒柱が現れる。
率先して通路をくぐると、候補者の人たちも後からついてきた。
そしてスワ湖畔の広大な平原に目を奪われる。
ドワーフが入居している家も見せてやると、ずいぶん乗り気になったようだ。
結局、希望者全員が移住を決め、新たな仲間が12人増えることとなる。
これで事務仕事の負荷軽減が期待できるな。
「思った以上に簡単に決まったわね」
移住者の引っ越しを見ながら、ハスノが呟いた。
「そうですね。みんな移住に同意してくれてよかったです」
「本当はもっと送り出してやりたいんだけど、変化を嫌う人が多いのよね。ダークエルフって引きこもり体質だから」
「アハハ、まあ、にわかには信じられない話ですからね。今後、実績を作れば、もっと希望者も増えるでしょう」
「そうね。あなたの国の発展状態を知れば、興味を示す人も増えるでしょう。私としては、村ごと引っ越ししたいくらいなんだけど、なかなかね……」
ハスノが肩をすくめる。
彼女もいろいろ苦労してるようだ。
「いずれ、まとめて引っ越してもらえるよう、頑張りますよ。それじゃあ、ヒデサトさんをお借りします」
「ええ、頑張ってね」
ダークエルフの引っ越しが終わると、今度はエルフの集落を目指して出発した。
アヤメの父親のヒデサトを案内に付けてもらい、スザクのカゴで移動する。
2時間ほどで到着した先で、ヒデサトが狼煙を上げると、エルフの男性が接触してきた。
「ヒデサトか? 本当に来たのだな」
「ああ、以前から話していた件だ。案内を頼む」
相手の男は俺たちを値踏みするように見回すと、無言で歩きだした。
彼についていくと、無事にエルフの村にたどり着く。
普段、村は結界で隠されているので、案内なしで見つけるのは困難だそうだ。
そのままある家に招かれ、応接間らしき部屋に通されると、年配のエルフが待っていた。
「ようこそ、私はこの村の長、カネヒラだ」
「初めまして、俺はタツマといいます。今回はこのような席を設けてもらい、ありがとうございます」
「ああ、ヒデサトの紹介だからな。それで、移住者を募っているという話だったが?」
「はい、実は今、このシナノ大魔境の中心部に、国を作っています。現状は獣人種がほとんどなので、エルフ族の方にも参加いただけたらと思い、声を掛けさせてもらいました」
俺の説明を聞いていたカネヒラが、みるみる不機嫌になっていった。
やがてヒデサトに向かって、怒鳴り声を上げる。
「ヒデサト! まさかこのようなたわ言を聞かせるために、紹介したのではあるまいな?」
「カネヒラ。そう怒るな。たわ言などと決めつけず、話を聞いてやってくれ」
「これがたわ言でなくてなんだっ! 貴様、儂を馬鹿にしているのかっ?」
血管がブチ切れそうな顔で迫るカネヒラの横で、ふいに眩い光が発生した。
さすがのカネヒラも言葉を失い、光の後に現れたスザクの本体を見て、声を上げる。
「す、朱雀様!」
不思議なことに、その場にいたエルフ族が揃って平伏した。
しかしスザクはそれを当然のように受け入れ、重々しく言葉を発する。
「アマテラス様の御遣い スザクが、ここに申し渡す。この者タツマは、四神を従えし英雄である。その言葉、軽々しく扱うこと許さじ。しかるべき敬意を持って対応せよ」
「は、ははあっ。ご無礼の段、平にご容赦を」
カネヒラが油汗を垂らしながら床に土下座している。
どんだけスザクが怖いんだよ。
改めて聞いてみると、この村というかエルフ族自体が、光の神アマテラスを信仰しているので、その使徒である朱雀は、それに準ずる信仰対象になるんだそうだ。
そりゃあ、土下座もするか。
そんな話を聞いてから、俺は改めてカネヒラに用件を切りだした。
「それで本題なんですが、俺の国への移住者を募ってもらえないでしょうか? すでにダークエルフ族からは12人、いや13人が移住することになってます」
「はっ、ご命令とあれば何人でも行かせましょう」
「いや、命令とかじゃないですから。村の外で新たな生活をしたい、もしくはしてもいいって人を紹介してください。我々はその見返りに、精霊との契約をお助けします」
「ななな、なんですとぉ? 今、なんと言いましたかな?」
カネヒラがもの凄い勢いで食いついてきた。
顔が近い、近すぎるよ、おっさん。
「いや、だから移住者には精霊との契約を支援してですね、精霊術師になっていただこうかと思ってまして」
「素晴らしいっ! さすがは四神を従える英雄殿だ。よし、村ごと引っ越そう」
「長、そんなの無理に決まってるじゃありませんか。みんなついてきませんよ」
「馬鹿野郎っ! 朱雀様がひと声掛ければ、みんな従うわ!」
「そんなムチャクチャな……」
とうとうエルフ同士で言い争いが始まった。
あの村長、かなり熱い奴だな。
そのうちつかみ合いのケンカが始まりそうだったので、慌てて止めに入る。
「待ってください、村長。たくさん来てくれるのは嬉しいんですが、強制はいけません。まずは移住に興味のある人を集めて、移住先を見てもらうってのはどうでしょうか?」
「その案、採用っ! よっし、お前ら、今から人集めろ」
「マジですか? 長」
「マジだっつってんだろ、おら。とっとと行け!」
カネヒラの剣幕に押され、他のエルフたちが散っていった。
そして彼は、ニコニコと笑いながら言った。
「タツマ殿、しばしお待ちください」
「は、はあ……」
その後30分ほどで、村長の家の前に多くの住人が集まってきた。
そんな人たちを前に、村長が叫ぶ。
「いいか、お前ら。今日、ここに朱雀様が降臨なされた。まずはそのお言葉を聞けぃ!」
仕方なくまたスザクが正体を現し、さっきと同じようなことを言う。
そのうえで、移住者には精霊との契約を支援することを約束し、ゲンブの力で湖畔までの通路を開いた。
「おおっ、なんと広大な土地だ」
「これは、現実か? 人族に侵されていない、これほどの土地があるとは……」
「たしかに。獣人種やドワーフも見えるが、まだまだ土地はあるようだ。何より、水も自然も豊かだ」
湖畔の集落を目にしたエルフたちが、口々に感想を呟く。
そんな中、カネヒラはもうイケイケだ。
「素晴らしい土地ですな、タツマ殿。ただちに希望者を集めますので、移住させてくだされ。なーに、多少は嫌がる者もおるでしょうが、100人や200人、儂が集めてみせますわい、ヒヒヒヒッ」
「いや、強制は駄目ですからね。希望者に限ってくださいね!」
強制しないよう念を押したが、しばらく後にカネヒラは、本当に100人近い希望者を集めて移住してきた。
しかも元の村のことは息子に押しつけ、自身が率先してだ。
まあ、知識人が増えるのはありがたい。
後ほど、ハスノにこのことを話したら、彼らも負けてはならじと、ほぼ同数のダークエルフが、新たに送り込まれてきた。
かなりライバル意識が強いらしい。
そんなんでいいのか? エルフ系。
しかし、おかげで俺たちは大量の魔法戦力と、優秀な頭脳労働者を手に入れたのだった。