75.トイレ始末記
いろいろと国作りを進める中で、新たに頭突竜の群れを従えた。
先の群れに加え、さらにもうひとつ群れを吸収し、計25匹を手に入れた。
まあ、実際にボスを倒したのはトモエなんだけどね。
従えた群れのボスと使役契約を結んだら、どちらも聖獣化した。
せっかくなので名前を与えることにする。
「それじゃあ、お前はムサシで、お前はコジローな」
最初に降したボスがムサシで、次がコジローだ。
どちらもトモエよりひと回り以上大きい、屈強なオスだ。
しかし魔闘術と身体強化を身に着けたトモエに比べれば、かわいいもんだ。
今後、訓練をして、戦力としても期待できるようにしたい。
ちなみに両方とも聖獣化した時に、歯の一部が金色になった。
なんか金歯みたいだけど、あれはあれで強そうなのでいいか。
トモエの場合は、左手小指の爪が青くなってたから、個体によって異なるんだろう。
ちなみに彼女はよく青い指を眺めながら、”ご主人様との絆です~”とか言って喜んでるけどな。
エンゲージリングみたいな感じ?
こうして従えた頭突竜をトモエが率い、湖畔の集落へ戻った。
さすがにこれだけの群れが一斉に移動すると、けっこうな地響きと土煙が発生する。
おかげで一部の住民を脅えさせてしまったが、新たな輸送力が加わったことを知ると喜んでいた。
まだこの周辺はほとんど道が整備されていないので、狩りにしろ採集作業にしろ、運搬が大変なのだ。
そこに頭突竜が25匹も加わったんだから、喜ばないはずがない。
しかも2匹のボスが人語を解するとくれば、その使い勝手は格段に良くなる。
道さえ整えば荷車も牽かせられるので、夢は広がるばかりだ。
とりあえず臨時の竜舎を土魔法ででっち上げ、世話役も決めておいた。
糞は畑の肥料に使うので、ムサシとコジローにはなるべく決まった場所でするよう指示しておく。
頭突竜の溜め糞だな。
衛生管理的にも役立つだろう。
あー、せっかくだから、後回しにしていたあれも片付けるか。
翌日、俺の家に各種族の主だった者を集めた。
「今回は何用ですかな? 国主様」
「うん、今日集まってもらったのは、トイレについて相談したいからなんだ」
「トイレですか? つまり、し尿の処分についてですな」
「そう。なんかいい手が無いかな?」
現状は仮住居の近くにいくつかトイレを設置しており、地下に糞尿を溜めてる状況だ。
一応、トイレの下は防水型のタンクになっていて、地下水を汚染しないよう配慮もしてある。
しかし、毎日2千人近い人間が排出するので、その量が凄いことになっていた。
これを定常的に処理する仕組みを作らないと、いずれ困ったことになる。
「し尿については人族がやっているように、田畑への肥料として使えばよいのではありませんか?」
「うーん、それだと寄生虫が心配なんだよね。臭いもあるし」
ウンケイの提案に対し、俺は気になっている点を指摘した。
昔の日本でも、肥溜めや藁たばを使って発酵させるなどして、寄生虫の卵を殺す工夫はしてたらしいのだ。
しかしそれでも、戦前の寄生虫感染率は、80%もあったって話だ。
できれば、もうひと工夫欲しい。
「寄生虫というと、体の中に巣食っているあれですか? まあ、たしかにたまに体調を崩す者が出ますが、虫くだしの薬で治りますよ」
「あ、そういう治療法もあるんだ? だけどさ、それだって全て治るわけじゃないし、いろんな種族がいると、新たな症状が出るかもしれないだろ?」
「……まあ、それはそうかもしれませんね。種族によって、害のある無しは違うかもしれませんし」
さすがウンケイ、この世界の知識だけで俺の話についてくる。
周りの人間のほとんどは、さっぱり分からんという顔をしている。
「ちょ、ちょっと待って欲しいだに。国主様は、し尿の中に何か危険な物があるって、言うだかに? それだったら、川に流して捨てちまえばいいだに」
「いや~、それはまずいよ。特にこの辺の川は全部、スワの海に流れ込んでいるんだ。いくらスワの海が広いからって、し尿を全て流しこんでたら、どんどん水が汚れちゃうよ。当面はなんとかなったとしても、これからもっと人は増える予定だから、それはしたくないな」
「うーん、そんなもんだかにぃ。でも、たしかに湖の水が飲めなくなるのは困るだに」
ヨサクの言うし尿の廃棄は、俺の国では絶対に許さない。
それなりに衛生的な暮らしをしたいからね。
その後もしばらくあーだこーだ言ってるうちに、狼人族の長から提案があった。
「それなら、木屑を使ったらどうだろう? たまに狩りに出た先で、臭いを出したくない時にやるんだ。木屑とよく混ぜてやると、すぐに臭いが消える。あれなら害も少ないんじゃないか?」
「そうか、バイオトイレだっ!」
「ば、ばいおといれ、ですか?」
木屑を使う処理の話からバイオトイレを思い出して、思わず叫んでしまった。
それはコンポストトイレとも言われるもので、し尿の処理が困難な場所で使われる方法だ。
人里離れた山小屋とか、公園のトイレとして採用される場合が多い。
その原理はおが屑などの木質材とし尿を混ぜ合わせ、よく攪拌してやると、好気性のバクテリアがし尿を分解し、肥料になるというものだ。
水分を飛ばすために暖めたり、攪拌するのに手間とエネルギーはいるが、熱で寄生虫の卵を殺せるし、生成物は肥料として利用できる。
この世界の魔法や魔道具なんかと組み合わせれば、案外上手くいくのではないだろうか。
「ベンケイ、悪いけど、今から説明するトイレを作ってくれないかな?」
「は、はあ、タツマ様のためなら喜んでやりますが、どんなものですかな?」
「うんとね、まずはタンクと――」
その場でバイオトイレの概要を説明してから、魔道具に詳しい者も呼び寄せた。
さらに加熱と攪拌機能について、この世界の技術でなんとかできないかと相談する。
すると、まずは攪拌は手動にして、加熱は魔導コンロの応用でやってみようという話になった。
2日後にできてきた試作トイレは、前世の仮設トイレみたいなものだった。
タンク部の分だけ床が高くなっており、その上に屋根壁付きの便座が乗っている形だ。
洋風の便座に座って用を足した後は、外に出て攪拌機のハンドルをグルグル回すことになる。
タンクの中にはおが屑が入っていて、スクリュー状の攪拌機で糞尿と混ぜると分解が始まり、無害な肥料に変わる仕組みだ。
ハンドルを回すと一時的に魔導コンロのスイッチが入って、タンクを加熱するようにもなっている。
正直、どれぐらい温めればいいのかも分からないので、その辺はデータを取って改良してく予定だ。
たぶん、季節によっても変わるだろう。
幸い、この新式トイレは臭いが少ないのもあって、好評だった。
これでバイオトイレの有効性が確認されたので、旧式のくみ取り式トイレと、順次入れ替えていくことになる。
従来のトイレに蓄えられてるし尿は、魔法で乾燥・焼却してから埋めることにした。
それぐらい、四神に頼めばすぐに済むからな。
今後は種族ごとに担当者を出してもらい、このトイレの運用をしてもらう予定だ。
これで田畑の肥料も手に入るので、一石二鳥だ。
ついでなので、ゴミ処理や水回りの設備も整えた。
生ゴミはバイオトイレを応用した装置で肥料に変え、肥料に向かないゴミは決まった場所に集めて焼却し、埋めるルールにした。
それと、汚水の処理は簡単なろ過槽だけ通して、川や湖に放出している。
現状は人口が少なくて環境負荷も軽微なので、こんなもんだろう。
いずれ人口が増えたら、もっと高度な浄水設備を導入したいもんだ。
そんなことをしていたら、今度は井戸が欲しいって話になった。
今までは適当に川や湖から汲んできていたが、最近はいろいろ仕事が増えて、水汲み作業も馬鹿にならなくなってきたからだ。
「国主様、井戸を掘ってもよろしいでしょうか?」
「え、いいけど、俺がやろうか?」
「いいえ、領主様にばかり頼っていては申し訳ありません」
「んー、まあ、そう言ってくれるのは嬉しいけど、今は生活基盤を固めるのが優先だから、俺がやるよ。それが一番早いし」
「は、はあ、それではお願いします」
結局、俺が井戸を掘ることになった。
と言っても、俺もセイリュウとゲンブに頼るだけなんだけどね。
「主よ、この下の水脈が良いぞ」
「りょうかーい。それじゃあゲンブ、ドーンと掘っちゃって」
「うむ、任せられよ」
水神セイリュウが、わりと浅い水源を探り当てると、そこに地神ゲンブが穴を掘る。
すると数メートル掘っただけで水が湧き始めるので、さらに土魔法で穴の壁を固めて井戸の完成だ。
水源探しを含めても、ほんの数分でできるのだから、周りで見ていた住人も呆れている。
「相変わらず国主様は非常識じゃのう」
「ほんにほんに。我らももっと頑張って、期待に応えねば」
「ありがたや、ありがたや」
このようにして、我が国の生活基盤も整い始めた。
住民もやる気を出してるし、まあまあ順調かな。