74.開拓始動
「タツマ様、当面の開発計画をまとめてみました」
クニトモ村から帰還した翌日、ウンケイが開発計画を持ってきた。
彼がスワの海周辺の地図を広げ、いくつかの書類を使って説明を始める。
「まず、国主邸の周辺を行政区、商業区として確保します。そして他の湖畔地域には、適度に分散させながら居住区、工業区、商業区、漁業区を作ります。そのうえで、農地と居住地を郊外へ伸ばしていく形になります」
「うん、俺の希望どおりだね。さすがウンケイ、十分に拡張性を考慮した、見事な計画だ」
「はい、わざわざ分散させても効率が落ちないよう、配慮しました。それにしても、本当にこれでよろしいのですか?」
ウンケイが心配そうに聞いてくる。
ここまでやる必要があるのかって顔だ。
なんといってもこのスワの海は、日本の琵琶湖に匹敵するほどの巨大湖だ。
その周辺には広大な平原が広がり、いくらでも開発の余地がある。
逆にあまりに広いので、開発拠点を分散させると非効率なのではないか、と彼は懸念しているのだ。
その懸念はもっともだが、俺はこの国を中途半端なものにするつもりはない。
スワの海の北には松本盆地に相当する平野が、南には伊那盆地に相当する平野が、それぞれ広がっている。
ぶっちゃけいくらでも開発余地があるのだが、それだけに中枢はしっかりさせたい。
そのため、現状では非常識なほど拡張余地を取るよう、ウンケイにお願いしておいたのだ。
そして彼はその期待に見事に応えてくれた。
さすがはクニトモ村の神童。
しかし、優秀すぎるがゆえに、計画の非効率さが目につくのかもしれない。
「まあ、現状は非効率に見えるかもしれないけど、そこは上手くやっていこうよ。よりよい国を作るためにね」
「……うーん、私とは見ているモノが違うのでしょうか。分かりました、よりよい国を作るために、ですね」
「別に俺が優れてるんじゃなくて、前世の記憶のおかげさ。まあ、騙されたと思ってやってみてよ」
そこまで言うと、ようやくウンケイも納得がいったようだ。
これでいよいよ、本格的な国作りに取りかかれる。
翌日から各区画の縄張りと、農地開発に取りかかった。
居住区、工業区、商業区、漁業区の範囲を決めてから、それ以外の土地を農地として開墾するのだ。
開墾のやり方は、まず予定地の草を刈るのだが、ここで活躍したのが風神ビャッコだ。
彼の風魔法で無数のカマイタチを発生させ、草や木を刈り取ってしまう。
これを2,3日放置して乾燥させた後、火を着けて焼き尽くした。
もちろん延焼しないよう、ゲンブに防火帯を作ってもらったり、風で飛んだ火の粉をセイリュウに消してもらうなど、山火事防止にも配慮している。
必要以上に燃やして自然を壊すなんて、もったいないからね。
そして灰燼に帰した平原を、俺とアヤメ、ニカ、ゲンブが土魔法で掘り返す。
ズバズバズバーッって感じで土を掘り返し、灰や草木の根をかき混ぜ、農耕に向いた土壌に変えるのだ。
ここでいよいよ移民の農耕班が投入される。
農業経験者を中心に人員を募り、全体で300人ほどを採用した。
獣人種は本来、狩りや採取を中心に生計を立てるものだが、意外に農業経験者もいるのだ。
つい10年ほど前までは、人族との関係もそれほど悪くなかったので、一緒に農業やってた人もいるらしい。
で、その人たちが改めて農地を耕したり、石を取り除いたりしたところに種をまく。
あいにくと、すでに6月に入っているので、米や小麦を植えるには少し遅かった。
そこで、わりと収穫の早い黍と粟をメインに育て、野菜も植えることにした。
これで秋には、いくらかの食料が確保できるだろう。
とはいえ、これぐらいで食料が自給できるはずもなく、当面は外から買う必要がある。
来年にはもっと農地を増やし、水田で稲を栽培したいものだ。
なぜ米にこだわるかというと、水稲栽培ってのは都合の良い農業だからだ。
連作障害になりにくいし、労力のわりに収穫量が多い。
地球で人口の多い国がアジアに集中してるのは、稲作による人口扶養能力が高いからだって話だからな。
ちなみにこの世界の農業は、それなりに進んでいる。
日本の室町時代よりは進んでいて、鉄の農具も普及しつつある。
まあ、この世界にはドワーフとかエルフ、さらには魔法だってあるんだから、いろいろと異なるけどね。
ただし、やはり島国のせいか、サツマイモとかジャガイモ、玉ねぎなんてのはまだ無い。
ジャガイモとかあれば、飛躍的に食料生産能力が上がりそうなんだけどなぁ。
まあ、この肥沃なシナノの大地があれば、それほど必要ではないのかもしれない。
農地開発と並行して、工業生産にも取り組んだ。
まず金属製品を自給するべく、鉱物資源の調査をしている。
その調査の尖兵となるのが、ホシカゲ配下の闇狼たちだ。
新たに10匹のダークウルフと使役契約を結んだら、またまた全て聖獣になった。
こいつらには順にヒカゲ、フカゲ、ミカゲ、ヨカゲ、イツカゲ、ムカゲ、ナナカゲ、ヤカゲ、コカゲ、トウカゲと名付けた。
ダークウルフの精鋭部隊、ヤミカゲ隊の誕生だ。
彼ら1匹に3~4匹のダークウルフを組ませ、ひとつの調査ユニットを形成した。
そしてオウミから持ってきた鉱石のサンプルを見せ、その臭いや味を覚えさせる。
あとは適当に割り当てたエリアに彼らを送り出し、サンプルと同じ鉱石を探してもらうって寸法だ。
彼らの足の速さと探知能力に期待した処置だが、すでに成果が出つつある。
採掘に詳しい者を派遣して調査する必要はあるが、遠からず鉱石の産出も実現するだろう。
次に取り組んだのは漁業だ。
オウミから買ってきた手こぎ舟3隻を孤児グループに貸し出し、魚を取らせてみた。
さすがに漁業に詳しい獣人族はいなかったので、孤児たちに一任することにしたのだ。
しかし、これは想像以上に難しかった。
なんのノウハウも無い子供たちに、そう簡単にできるはずがない。
さすがにこれではいかんと、ウンケイが動いてくれた。
彼は持ち前の知識を伝授するだけに留まらず、少年たちを率いてオウミの漁村へ技術を学びにいったのだ。
金を払ってオウミのプロ漁師に弟子入りし、彼らは漁業の厳しさを学んだ。
ほんの1週間ほどの研修で、たくましくなって帰ってきたのには驚いたものだ。
もちろん、船に乗れるのは少数なので、大多数は湖岸で貝を採ったり、釣りをしている。
しかし、こちらもウンケイが技術指導したおかげで、徐々に採取量が増えている。
さらにそれは孤児だけにとどまらず、他の国民にも広まりつつあった。
体力のない老人や子供たちが、比較的身近な湖岸での採取に参加し始めたのだ。
今までは邪魔者扱いされがちだった孤児が、採取のノウハウを惜しげもなく伝えることで、周りの見る目が変わってきている。
これはもちろん、俺が彼らの後ろ盾になっているのも大きいだろう。
さらに彼らは、自分たちでもやればできるんだという自信を、取り戻したようにも見える。
そんな彼らを見て、他の移住者も発奮してくれればと思う。
いろいろな産業が回り始めると、それなりの輸送能力が必要になる。
そこで俺は、駄獣として頭突竜の調達に乗り出した。
人族もたまに利用している魔物だが、この魔境の中にもけっこう生息しているのだ。
まず俺はスザクの運ぶカゴにトモエを乗せ、頭突竜の捜索に出た。
チクマ平野と名付けた北側の地域を、低速で北上していくと、やがて頭突竜の群れを発見する。
そこで群れから少し離れた所にトモエを下ろすと、彼女が単独で仲間に接近した。
俺の方はまたスザクに乗って、上から見物させてもらう。
やがてトモエの接近に気がついた頭突竜の群れが、彼女を警戒して声を上げた。
それに応えて出てきたのが、群れのボスだった。
頭突竜ってのは1匹の強いオスが、複数のメスを率いて群れを作る。
この群れには7匹のメスと、数匹の子供がいた。
その中から、一際体の大きな頭突竜が現れ、トモエに近寄ったのだ。
なかなか強そうなボスだが、トモエが群れに加わりたがっているとでも思ったのだろう。
いきなりトモエの体を嗅ぎ回し、セクハラを始めやがった。
これに怒ったトモエが、尻尾でビンタをくらわせると、ボスが大きくよろめく。
「グロロロローーーッ!」
当然、相手は大激怒だ。
ボスが顔を真っ赤にして、トモエに突っかかっていった。
しかし、相手は迷宮で鍛えられたトモエだ。
彼女は魔力で肉体を強化できるうえに、ヨシツネに武術の訓練まで受けている。
いかに屈強なボスの攻撃といえど、当たるはずがない。
ヒョイっと避けて、たたらを踏んだボスにまたまた尻尾ビンタだ。
やがて何発もビンタをもらい、ボロボロになったボスに、最後は頭突きでとどめを刺した。
もちろん殺してはいないが。
「クルルルルルーーッ」
誇らしげに勝鬨を上げるトモエの横に、スザクが舞い降りた。
おかげで最初は逃げ散った頭突竜だが、ボスを打倒したトモエが呼び戻すと、恐る恐る戻ってくる。
ここで俺は叩きのめされたボスに近寄り、使役術を行使した。
『契約』
「グルゥ(なんだ、何が起きた?)」
すでに抗う気力もないボスとの契約があっさりと成立し、例のごとく聖獣化した。
「俺の名はタツマ。今日からお前の主だ」
(むう、俺はお前に負けたのではないぞ)
「俺の眷属のトモエに負けたんだから一緒だって。悪いけど、群れごと俺の傘下に入ってもらうよ」
(敗者に選択の余地などなかろう。しかし、メスや子供たちにひどいことはしないでくれ)
「もちろん。多少は働いてもらうけど、食料と安全は保証するぜ」
(それならば是非もない)
こうして俺は、新たに頭突竜の群れを手に入れた。