73.オウミ再訪
移民の受け入れが一段落したので、俺は仲間を連れてクニトモ村を訪れていた。
そして彼の父親であるダンケイに面会を請い、今彼と対峙している。
「これはこれはタツマ殿。愚息どもはお役に立っておりますかな?」
「ええ、ベンケイもウンケイもよくやってくれていますよ」
「それは何より。それで、今日はどのようなご用件で?」
「はい……実は、今後の村の発展を睨んで、船大工と製鉄所に伝手を作っておきたいんです。それでもしよろしければ、お知り合いをご紹介いただけないかと」
それを聞いたダンケイが、ギョロリと俺を睨みつける。
「船大工にしろ、製鉄所にしろ、縄張り意識の高いところです。下手に紹介して人材を引き抜かれれば、儂の信用に関わるのですが?」
「その辺は重々承知しているつもりです。少なくとも今回は、伝手作りと物を買うだけに留めます」
「ふーむ、本当にその程度で済むのですかな?」
ダンケイがおもむろに煙草を取り出し、俺たちを窺いながら吸い始めた。
ここでウンケイが助け舟を出す。
「そんなにご心配なさらず、父上。まだ我らの村は小さく、大々的に造船や製鉄をやるなど、夢のまた夢です。今回は私の興味もあって、作業を見せてもらおうというだけなのです」
「ふむ、お前はなんにでも興味を持つからな……よかろう。知り合いに紹介状を書いてやるから、後は自分の才覚でなんとかしてみよ」
「ありがとうございます」
無事に紹介状をもらい、まずは近くの造船所へ足を運んだ。
そこはクニトモ村にほど近い集落にある船大工で、小型の船を作っていた。
小型といっても、3メートルぐらいの手こぎ舟から、4~5メートル級の帆船までいろいろだ。
とりあえず手こぎ舟を3隻買う話をしてから、少し作業風景を見せてもらった。
5メートル級の帆船の製造風景を、ウンケイが興味深そうに眺めている。
そばにいる人にちょっと聞いてみた。
「この船って、いくらぐらいですか? それと建造期間は?」
「そうですねえ……金貨20枚前後で、2ヶ月といったところでしょうか」
「ウヘーッ、高いな」
手こぎ舟は3隻で金貨9枚だったので、帆船は破格の値段だ。
いずれはスワの海に帆船を浮かべて、主要な交通手段にしたいところだが、当分は無理だろう。
船大工の引き抜きも、今はやるつもりがない。
当面は小舟で漁業をするつもりなので、漁網や釣り道具も購入しておいた。
ちなみに小舟はどうしたかというと、人目に付かない所まで漕いでいって、ゲンブが回収した。
実はゲンブは、体内に亜空間の収納スペースを持っていて、かなり大きな物まで持ち運びが可能なのだ。
まるで4次元○ケット。
凄いよ、ゲンブえもん。
おかげで大きな買い物も楽勝です。
その次は製鉄所の訪問だ。
いわゆるたたら場ってやつで、目的は鉄鉱石のサンプル入手と、製鉄作業の見学だ。
しかし、当然ながら見学は渋られた。
製鉄作業なんて、ノウハウの塊だからな。
そんなもの、簡単に見せてくれるわけがない。
しかし、ウンケイの粘りの交渉と、ダンケイの紹介状が効いた。
ダンケイはこの辺の名士らしく、その息子ならそう悪いことはしないだろう、と見てくれたようだ。
それに加え、ちょっとやそっと見たからって真似できるもんじゃない、という自信もあったのだろう。
結局、俺とウンケイは製鉄所の中に招き入れられ、間近でその作業を見ることができた。
ぶっちゃけ、俺にはよく分からなかったのだが、ウンケイはいろいろと参考になったようだ。
この工房の人には悪いけど、ちょっとウンケイを甘く見過ぎだな。
彼には幅広い知識と、鋭い観察眼があるから、想像以上に多くのノウハウを掴んでいるのだ。
これに俺の現代知識を組み合わせれば、我が国での製鉄も夢ではないだろう。
それから鉱石のサンプルも入手した。
たたら吹きは基本的に砂鉄を使うんだが、資源には限りがある。
昔の日本でいうと、山陰地方の出雲が有名な産地だな。
その代替品として磁鉄鉱や褐鉄鉱の使用を模索してるらしく、サンプルが置いてあった。
これは俺たちにとっても参考になるので、少量ずつ売ってもらった。
これを元に、我が国でも鉱石を探してみよう。
それとたたら場の横にかなくそ、つまり製錬後のカスが置いてあったので、ひと言断ってもらってきた。
ゲンブの不思議空間に詰め込んだので、かなりの量になったが、まあゴミだからいいだろう。
かなくそには不純物や粘土などが混ざってるが、半分くらいは酸化鉄を含んでいるらしい。
ベンケイたちに選り分けてもらえば、原料の足しになる。
たたら場を後にして、再びクニトモ村へ戻ってきた。
実は俺たちが視察をしてる間に、ベンケイたちがまた勧誘を仕掛けていたのだ。
前回同様、鍛冶魔法の習得をエサに、家族ごとの引っ越しを持ちかけると、けっこうな希望者が集まった。
なんと10人もの職人が話に乗り、家族を入れて30人以上が引っ越すことになる。
これまた我が国の発展に、貢献してくれるだろう。
しかしその日の晩、俺とウンケイはダンケイに呼び出された。
「父上、お呼びとのことですが、何用でしょうか?」
ウンケイが問うたにも関わらず、ダンケイはしばし黙って、煙草を吸っていた。
やがて静かに口を開く。
「……また、この村の職人を連れていくようだな?」
「はい、しかしそれは職の無い者か、じきに失いそうな者ばかりです。さほどご迷惑はお掛けしていないと思いますが」
「フーーッ…………それはたしかにそうだ。しかし、いくらこの村が不況とはいえ、あまり多く人が出れば、村の存続にも関わる」
「分かりました。これ以上の勧誘は控えます」
ウンケイがそう答えると、ダンケイはさらに言葉を続けた。
「うむ……ところで、おぬしらはどこに村を作っておるのだ?」
「それは、ミノの国の方――」
「ミノでそんなに大きな開拓の話など、聞かぬぞ。何十人もの職人を雇うほどの村であれば、聞こえてこぬはずがない」
「それは……」
意外にしつこい追及に、ウンケイが言い淀んだ。
ダンケイはさらに言葉を続ける。
「別に責めておるのではない。しかし、おぬしらが何か危ないことに手を出していないかと、それだけが心配だ。よもや貴族に睨まれるようなことは、しておるまいな?」
なるほど、彼の心配していることはそれか。
さて、どこまで話したものか。
「ダンケイさん、俺たちに後ろ暗いところはありませんよ。基本的に、誰にも迷惑が掛からない場所で、村づくりをしています」
「ふむ、それは信じてもいいのかもしれませんな。しかし、自身が潔癖であれば、何も問題が起きないとは言えませぬ。この村が貴族に疎まれ、苦境に陥っているのがよい例です」
「そのとおりですね。我々もいつ貴族に目をつけられるか、分からない部分があります。まあ、ちょっとやそっとで手出しをされない自信は、ありますけど」
「それはよほどの奥地にあるのか、それとも結界で守られてでもいるのですかな?」
「その辺はご想像にお任せします。今はまだ時期尚早ですが、いずれ話せる時がくるでしょう」
それを聞いたダンケイが、しばらく考え込む。
そしてまた探るように口を開いた。
「ところで、タツマ殿の村は、まだまだ大きくなるのですかな?」
「はい、土地はたくさんあるので、もっと移住者を募ろうと思っています」
「ほほう、このヒノモトの大地に、まだそのような場所があるのですか? まるで夢のような話ですな。して、その住人はどのような者たちでしょうか?」
「基本的に獣人種や妖精種の方たちですね。人族に虐げられている人たちの居場所を、俺は作りたいと思ってます」
「それは危険だ……もし体制側に知られれば、無事では済まないでしょう」
「まあ、簡単には手出しできませんから。しかし、最悪は争ってでも、自由を勝ち取ることもあるでしょう」
ダンケイは煙草を吸いながら黙り込み、また話しだす。
「ところで、あなたの村に行けば、鍛冶魔法が使えるようになるというのは、本当ですかな?」
「いえ、そんなに都合のいいものでもありませんよ。ただし、少々コツみたいなものがあるので、確率は高くなりますかね」
「ほほう、鍛冶魔法を会得するためのコツですか。それはぜひ、ご教授願いたいものですな」
「いや~、そんな大したモノではありませんよ。ハッハッハ」
俺とダンケイは、白々しく笑い合った。
やがてどちらからともなく黙り、俺たちは席を立つ。
2人だけになってから、ウンケイが聞いてきた。
「タツマ様、いつまで隠し続けるのですか?」
「さあね、親父さんが信用できると、確信できるまでかな」
「おそらく父上は、この村の命運を懸けるに足るかどうかを、探っているのでしょう。もしこの村ごと引き抜けるなら、多少は妥協してもよいのでは?」
「まあ、焦る必要はないでしょ。開拓を進めながら、おいおい進めていけばいいよ」
「そうですね。それでは、この村のことは私に一任してもらえますか?」
「ああ、ちゃんと報告を入れてくれるなら、任せるよ」
「ありがとうございます。職人の村が丸ごと加わるなら、悪いことではありませんからね」
「そうだな。上手くいくといいけど」