71.食料調達
俺は久しぶりに迷宮都市アリガへ赴き、育ての親のテッシン夫妻を訪れていた。
その場で彼らは、流暢に挨拶するスザクを見て驚愕することになる。
「今、流暢に喋ったわよね?」
「ええ、お2人には隠してましたが、スザクは聖獣なんですよ。ついでに言えば、ホシカゲも聖獣です。どうやら俺と契約する魔物は、聖獣になりやすいらしくて」
「契約する魔物が、全て聖獣になるというのか?」
「全てかどうかは分かりませんが、その可能性はありますね」
「……そんなことって、可能なの? タツマ」
かなり訝しげな顔で、シズクに尋ねられた。
「俺もよく分かりませんが、この使役紋がそれを可能にしてるんじゃないですかね」
左手のひらを彼らに見せると、まだ半信半疑ながらとりあえず納得したようだ。
「ふむ、お前が聖獣使いであることは分かった。しかし、それが本題じゃないだろう?」
「ええ、そのとおりです…………もっと信じられないでしょうが、俺は四神を手に入れました。そしてこのスザクはその1柱です」
「はあ? 四神?」
「……何言ってるのよ、タツマ」
さすがにそこまでは信じられない2人が、呆れた声を上げる。
その様に苦笑しながらスザクに目で合図すると、彼女が俺の肩から飛び立ち、床の上に立つ。
そして次の瞬間、スザクが眩い光に包まれながら、真の姿に変化した。
ただし家の中なので、2メートルぐらいの大きさだ。
「こ、これは……」
「何これ? え、何これ?」
紅蓮の炎が鳥の形に凝縮したようなスザクの姿を見て、彼らが動揺する。
そんな彼らの反応を楽しみながら、改めて話しかけた。
「これを見れば、少しは信じてもらえますよね?」
「……たしかにこれは、伝説上の存在なのかもしれないな。しかしそれが本当だとして、お前は何をしようと言うんだ?」
「俺は、国を作ることにしたんです。亜人と呼ばれ、虐げられている人たちを守るために」
「っ! なぜお前がそんなことをする? 下手をすれば、戦争に巻き込まれるぞ!」
テッシンが血相を変えて、俺を詰問する。
「分かってます。だけど、仲間たちの家族が迫害されるのを、黙って見ていたくないんです。それに、俺が四神の力を手に入れたのも、たぶん偶然じゃない。スザクを拾った時点で、俺は使命を与えられた、そう思うんです」
「与えられたって、誰から?」
「いわゆる、神って呼ばれる存在ですかね」
「神が使命を与えたって、お前、何を…………いや、本当にそうなのかもしれないな」
「あなた、そんなことって……」
テッシンとシズクが、顔を見合わせて戸惑っている。
しかし、さっきほど否定的ではなさそうだ。
やがてテッシンが、ため息をつきながら言う。
「フウッ……それで、こんなことを打ち明けたんだ。私たちを巻き込むつもりなんだろう?」
「さすがはテッシンさん。話が早くて助かります。実はすでに、2千人近い住人を抱えてるので、食料の調達をお願いしたいんですよ」
「2千人だとっ! そんな大量の食料、無理だぞ」
「普通に考えたら、そうでしょうね。でも俺も、テッシンさんにだけ頼るつもりはないんです。ただ、本当に信頼できるのはテッシンさんしかいないから、これから手伝って欲しくて」
我ながら図々しいとは思いつつも、俺は彼に甘えることにした。
テッシンほど誠実で、信頼できる商人を俺は知らないからだ。
ただし、扱う量が多いから、彼にとっても良い儲け話になるだろう。
テッシンがまたため息をつき、観念したように言う。
「ハーーーッ、まったく面倒なことを……それで、具体的に何をしたらいいいんだ?」
「まずはこれで、集められるだけの食料を買い込んでください。米だけでなく、麦、粟、稗、黍、豆、蕎麦なんかを適当に織り交ぜて。相場的に安いのがあれば、それを優先的に買ってください」
そう言いながら、20枚の金貨をテーブルの上に置く。
これだけで、ざっと200万円相当の大金だ。
「こんなにたくさん買ったとして、どうやって運ぶんだ? 馬車の手配だけでもえらいことだぞ」
「それについては、町の中で適当な倉庫を借ります。仲間が常駐するので、居住スペースのあるとこがいいですね」
「まあ、部屋付きの倉庫ぐらい借りられるが、そこに入れてどうする?」
「そこから直接、俺の村へ運ぶんですよ。こうやって」
ここで俺はゲンブの甲羅を取り出し、通路を発現させた。
突然現れた黒い柱に、彼らが驚きの声を上げる。
そんな彼らの手を取り、ちょっと強引に通路に引き込んだ。
通路を抜けて湖畔の集落に出ると、さらに彼らが驚愕する。
月明かりに照らされた広大な草原が、俺たちの前に広がっているのだ。
そして仮住居の方からは、多数の住民の声が聞こえてくる。
「……これは、凄いな。こんなに広い未開の地が、まだ残っていたのか」
「本当に。これならたしかに、2千人ぐらい住めそうだわ」
広大な土地を見ながら、テッシンとシズクが呟く。
「2千人だけじゃ済みませんよ。もっともっと増える予定です」
「これ以上増やすと言うのか? それこそ養いきれないだろうに」
「こちらでも食料を生産するし、迷宮に潜ったりして稼ぐつもりなんです。だからアリガの中に、拠点が欲しいんですよ」
「ああ、それで倉庫に住ませるのか。そしてこの通路があれば、輸送もたやすいな……なるほど、それなりに考えてはいるようだ」
「ええ、だけどやっぱり俺たちだけじゃ難しいから、テッシンさんに協力して欲しいんです。もちろん、ちゃんと対価は払いますよ」
それを聞いたテッシンが、やれやれといった感じで肩を竦める。
「ハハハッ、どの道、タツマの頼みを断るつもりはないさ。しかし、ヤバいと思ったら、すぐに手を引くからな」
「もちろんです。別に悪いことをしてるわけじゃないけど、大量に物が動けば、いろいろと勘繰る人も出てくるでしょう。その辺も上手くやってもらえると助かります」
「フンッ、そんなことは言われんでも分かっておるわ。熟練の商人の手腕、見せてやろう。ワハハハッ」
「よろしくお願いします。あ、あれが俺の家なんですけど、とりあえずお茶でも飲んでってください。それと今度、夕食をどうですか? ごちそうしますよ」
「まあ、それは楽しみだわ」
こうして俺は、テッシン夫妻を味方に付けることに成功した。
翌日から食料供給ルートの整備に動き、3日で態勢が整った。
アリガの中に倉庫を確保し、湖畔側にも倉庫を作る。
当然、どちらの倉庫にもゲンブの甲羅が置かれ、必要な時に通路でつなげられるようになっている。
しかし、アリガだけで食料を調達すれば、価格が高騰してしまう。
そこで、今後も他の国に倉庫を確保し、分散して調達していく予定だ。
その過程でテッシンにはずいぶんとお世話になるのだが、それはまた別の話。
「それじゃあ、供給ルートの完成にかんぱーい!」
「「かんぱーい!」」
無事、食料の供給ルートが完成したので、テッシン夫妻を自宅に招いて宴を開いた。
みんなで乾杯をしてから、まずは料理に舌鼓を打つ。
今回の料理は、シズクも加わった合作だ。
「わあ、この料理美味しい。またシズカさんのとは違った感じですね」
「むひーっ、本当なのですぅ。さすがはご主人様の母の味~」
「ん、参考になる」
順にアヤメ、ササミ、シズカの発言だ。
「それはどうも。でもシズカちゃんやアヤメちゃんも、悪くないと思うわよ」
「ああ、いろんな種族の料理が味わえて新鮮だ。みんなかわいいし、タツマは幸せ者だな」
「アハハッ、全て成り行きですけどね~」
しばらく和気あいあいと食事をしていると、テッシンが聞いてきた。
「それで、領地経営の方はどうなんだ?」
「いや~、大変ですよ。いろいろとやることばかりで」
「ハハハッ、それはそうだろう。2千人規模の町を、いちから作ろうというんだから」
「全くです。ウンケイがいなかったら、くじけてたかもしれませんね」
「いえ、私なんかまだまだ」
ベンケイの弟のウンケイは未婚なので、今は俺たちと一緒に暮らしている。
同時にその能力をフルに発揮し、俺を補佐してくれているのだ。
ちなみに彼だけは精霊との契約後も、使役契約を解除していない。
つまり使役リンクに連なる特別な仲間、という位置づけだ。
「そんなことないです。ウンケイさん、ちょー頭いいんですよ~。なんでも知ってるみたい」
「そんな、私だって知らないことだらけですよ。だけど今はいろんなことができて、楽しいですね」
「ハハハッ、ウンケイは昔から本を読むのが好きだったからな。しかし、ただ知識があるだけでなく、お前にはそれを応用する力があると思うぞ」
ササミやベンケイが言うとおり、ウンケイの知識量はチート級だ。
建築、農業、漁業、都市計画、獣人族のしきたりなど、その幅広さと正確さは他の追随を許さない。
さらに頭の回転がめっぽう速いので、どんどん提案をしてくれる。
ぶっちゃけ、早くも彼無しには、この国の運営は回らなくなりつつあると言っていい。
しかし、それはそれで問題だ。
「うん、本当にウンケイには感謝している。だけど、このままじゃ先が思いやられるから、次の手を打たないとね」
「次の手、と言いますと?」
「将来の官僚団を、育成しようと思うんだ」
「それはたしかに必要ですが、まだ時期尚早ではありませんか?」
「え、かんりょうって何?」
さすがにササミ以外は官僚の意味を知っているようだが、その必要性までは思い至ってないだろう。
「官僚ってのは、国の仕事を回す文官だな。現状は俺たちとドワーフ、そして各種族の代表がそれを担っている形だ。だけど正直言って、全然回ってないよね?」
「しかし、それは人口の増加に伴って、行政機構も整っていくでしょう」
「うん、それはそうなんだけど、もう少し先回りをしてもいいかな、と思って。具体的には、子供たちに教育を施したいんだ。特に親のいない孤児を集めて、集団生活をさせたらどうかと思ってる」
そこまで言うと、ウンケイがしばらく考え込んでから、また口を開いた。
「なるほど、それはやってみる価値がありそうですね」