70.第1次移民
ある程度、ウンケイたちと方針を詰めてから、いよいよ移住を開始することにした。
先に移住者を募った集落から、すでにいくつか移住の申し出が来ているのだ。
そこで準備の整った集落から順に、引っ越してもらうことにした。
「ヨサクさん、おはようございます」
「おはようだに、タツマさん。これからよろしくお願いするだに」
「アハハ、そんなにかしこまらず。こちらこそよろしく」
俺はゲンブの通路を使い、ササミの両親がいる兎人族の村へ来ていた。
仲間の家族がいることもあって、最初の移住者になってもらうことにしたのだ。
兎人族の方も人族に故郷を追い出されて困窮していたので、俺たちの提案は渡りに舟だったはずだ。
そして俺の前には今、荷物を持った村人が続々と集まりつつある。
幸か不幸か、1年ほど前に焼け出されたばかりなので、彼らの荷物は少ない。
まあ、引っ越しの手間が少ないのはいいことだ。
「それでは、今から引っ越しを始めます。この黒い柱の中に入ればすぐに移住先なので、何往復してもいいですよ。それと向こうでの仮住居はすでに準備してあるので、安心してください」
それを聞いた住民がいろいろと不安がっていたが、ヨサクたちに促されて移住が始まった。
しばらく横で眺めていたが、とりあえず混乱は無いようだ。
そこで俺も湖畔側に移ってみると、多くの人が呆然と立ち尽くしていた。
そんな彼らを促し、仮の住居へ案内する。
今回も土魔法で準備した仮住居は、50畳くらいの広さを持つ平屋の建物だった。
1棟につき50人ぐらい入居する想定で、これが40棟あるので2千人分のキャパになる。
中は全く仕切られてないので、集団で住んでもらう形だ。
災害時に、体育館とか集会所で生活するようなイメージだな。
これだとドワーフとの待遇差が明らかなんだが、彼らは頼んで来てもらった職人だからと、納得してもらうしかない。
幸い兎人族の移住者は不満の声を上げることもなく、粛々と入居していった。
仮住居の近くには共同の炊事場と、トイレも設置してある。
トイレはとりあえずくみ取り式にしといて、処理は後回しだ。
そのまま肥料に使うと寄生虫被害が心配なので、何か考えないといけないな。
安全な肥料を、安定的に調達できるようにしたいものだ。
兎人族の移住が終わると、すぐに別の種族の引っ越しに取りかかった。
またもやゲンブ通路を開き、住人を迎え入れる。
続々と移ってくる人たちが大草原に目をみはり、仮の宿舎に入って喜び、そして人族に怯えずにすむことに安堵している。
受け入れ側としてはとても忙しかったが、大勢に感謝されたので、気分は悪くない。
結局、翌日まで掛かって、2千人近い移住者を受け入れた。
内訳は兎人族、猫人族、狐人族、狼人族が、それぞれ500人前後といったところだ。
これでミカワ国側の魔境に住む難民は、全て移住した形になる。
あとは難民になっていない獅子人族、熊人族、虎人族、ダークエルフ族、エルフ族が残っている。
今のところ、ヨシツネとアヤメの故郷からも移住希望者は出ていないし、熊人、虎人、エルフは打診中だ。
まあ、故郷が残ってるのに村ごと移住とか、普通は考えないだろう。
むしろ、難民がいなくなれば住みやすくなるので、彼らの移住は望み薄かもしれない。
なので、エルフ系の村では今後も精霊契約をエサに、人材をスカウトしていこうと思っている。
ちなみにアヤメとヨシツネの家族にはゲンブの甲羅を渡し、いつでも連絡を取れるようにした。
移住が完了してから、各種族の有力者を集めて会議をした。
「おはようございます、皆さん。仮宿舎の使い勝手はどうですか?」
「素晴らしいだに。久しぶりに飯も腹いっぱい食わしてもらって、ぐっすり眠れただに」
「んだんだ、隙間風も吹かねーし、安心感があっていいだよ」
「そうですね、魔物に脅えずに眠れたのは、とても久しぶりです」
「領主様には心から感謝しております」
それぞれ兎人、猫人、狐人、狼人の有力者のコメントだ。
「それはよかった。それで早速ですが、皆さんには仕事をしてもらいます」
「もちろんだに。新たな生活を守るため、いくらでも働くだに」
「んだんだ、一生懸命働いて恩返しするだ」
「ええ、みんなで一緒に頑張りましょう。それで、まずは特殊な技能を持つ人たちのリストを作ってください」
「特殊な技能というと?」
「まず大工、呪術師、薬師、それと農業や牧畜に詳しい人ですね。大工さんにはどんどん家を建ててもらいますし、呪術師、薬師の方には医療体制を構築してもらいます」
この時代、獣人や妖精種で医療関係者といえば、呪術師や薬師がその役を担っている。
彼らは簡単な治癒魔法や、薬草を使って治療をする知識層なのだ。
「それと、これから農地を開墾していくので、農業経験者にその計画と運営をお任せします。あと、家畜の世話をできる人も欲しいですね」
「なるほど。我々は農業や牧畜とはあまり縁がありませんが、探せば少しはいるでしょう。しかし、多くの者はその手の技能を持ちません。他の者は何をすればよいでしょうか?」
「他にもいろいろ考えています。まず体力のある人、狩りの得意な人たちには、迷宮に潜ってお金を稼いでもらいます」
「迷宮、ですか? まあ、たしかに我々は狩りで生計を立ててますから、多少はやれるでしょうが……」
「迷宮での戦い方については我々が指導します。俺とここにいる2人は、白銀級の冒険者ですから」
ここでヨシツネとベンケイが立ち上がって挨拶した。
すると、それを見ていたある男が呟いた。
「あれはミナモト村の荒獅子。村を追われたと聞いていたが、こんなところに……」
おっと、こんなところでヨシツネの異名が判明だ。
”荒獅子”なんて呼ばれるからには、けっこう暴れてたんだろうな。
しかし、ある程度名前が売れてるなら、指導もしやすいだろう。
「オワリ国の迷宮周辺に、拠点をいくつか設けます。そこを根城にして、迷宮に潜りながらお金を稼いでもらいます。もちろん、これは肉体強化の恩恵による戦力強化も狙っています」
「しかし、我々は満足な装備を持っていないんですが……」
「それはこちらで用意します。稼ぎの中から、徐々に返してもらえばいいですよ」
「……まあ、それならなんとかやれるでしょう」
「んだんだ、いっちょやったるべ」
迷宮探索に前向きになりかけたところで、質問があった。
「体力の無い者はどうするんですか? ただ遊ばせておくわけにもいかないでしょう」
「女子供や老人の方なんかは、軽作業に回ってもらいます。宿舎の掃除、炊事洗濯、木の実や山菜、薬草の採取など、いくらでも仕事はありますから」
「この集落内での仕事ならまだしも、採取作業は危険じゃありませんか? 魔物が出ますよ」
「心強い護衛を付けるので、大丈夫です。配下の闇狼を護衛に回しましょう。ちなみにこのホシカゲは聖獣なので、意思疎通もバッチリですよ」
ここでホシカゲを紹介すると、得意げに代表者たちに近寄り、ワフンワフンと挨拶して回った。
しかし、それを見ていた人から疑問の声が上がる。
「本当に聖獣なんですか、これ?」
「もちろん。試しに何か指示してみてください。ちゃんと言葉を理解してますから」
その後、お手から始まって、いろいろな指示をこなすホシカゲを見て、ようやく納得してくれた。
それから各部門の責任者を決め、細かい編成を彼らに任せて会議を終える。
その日の晩、俺は久しぶりに、オワリの迷宮都市アリガの土を踏んでいた。
この町で貴族の親類を返り討ちにしたため、復讐を恐れて町を出たのが、およそ3ヶ月前。
いまだに狙われていることを考慮して、こっそりと侵入する。
そして久しぶりに育ての親である、テッシンの家を訪問する。
懐かしい家のドアをノックすると、俺を認めたテッシンが快く迎え入れてくれた。
「どうやら元気でやってるようだな、タツマ」
「はい、テッシンさんとシズクさんもお元気そうで何よりです」
「まあまあ、たくましくなって。今、お茶を出すわね」
とりあえず椅子に座って向かい合うと、向こうから切り出してきた。
「それで、ただ顔を見せにきたわけじゃないんだろ?」
「はい。実は俺、今度新しい村を作ることにしたんです」
「新しい村? このオワリでか?」
「いいえ、魔境の方ですよ」
「ああ、なるほど。魔境はほとんど未開拓のままだからな。しかし、そんな所に住む人がいるのか?」
「お察しのとおり、住人は妖精種と獣人種ばかりですね」
そう言うと、テッシンが難しい顔で忠告する。
「他の国で亜人は迫害されてるから、その人たちをまとめようとしてるのか? だがそれは、体制側に目を付けられる危険が大きいぞ」
「ええ、ばれたら間違いなく目を付けられますね。当面は大丈夫だと思いますけど」
「そんなに奥地に村を作ってるのか?」
「まあ、そんなとこです。ところで、俺が殺した冒険者の親族ってのは、まだ俺を狙ってるんですかね?」
「うーん、そうだな。一度だけ貴族の使いらしき者が訪ねてきたが、その後は特にないな。別に見張られてる気配もない」
「そうですか。少なくとも、テッシンさんに迷惑を掛けてないならよかった。でも衛兵とかギルドには、手が回ってますよね?」
「その可能性はあるな。この町に入った時点で、目を付けられてるかもしれない」
「いや、それはないですよ。空から忍び込びましたから」
こともなげに言ったら、テッシンが訝しげに聞く。
「空からだって? 何を言ってるんだ、タツマ」
「頼りがいのある味方が増えたってことですよ。な、スザク」
「ええ、主様。お久しぶりで~す、テッシンさん、シズクさん」
ちょうどお茶を出そうとしていたシズクが、それを聞いて茶器を落としそうになった。
「ト、トリが喋った?」