69.国政方針
ドワーフの移住者を集めて話をしたら、思った以上に強い信頼関係を築くことができた。
彼らは貴重な生産者だから、建国を目指す俺にとっては実に心強い。
「さすがはタツマ様、見事に同胞の心を掴みましたな。これならば早速、精霊と契約させてもよいでしょう」
「うん、そうだね。でも、どうやったらいいのかな?」
「そうですな。まずは人数分の土精霊を呼ぶ必要があるので、それをゲンブ殿にお願いできますかな?」
ベンケイがゲンブに頼むと、快い返事が返ってくる。
「うむ、よいぞ。そーれ、来い来い、土の子よ」
ゲンブが首を振りながら、歌うように精霊を呼び始める。
チビガメの状態でそんなことをしているので、コミカルで可愛らしい。
「カ、カメが喋ったぞ……あれがゲンブ様か……」
喋るカメに驚くドワーフたちを尻目に、スザクに視界を共有してもらうと、たしかにノーミーが集まってきていた。
ニカに似た幼女たちが、俺たちの周りで戯れている。
「ありがとう、ゲンブ。それでは今から皆さんには、俺と使役契約を結んでもらいます。ノーミーを認識するための一時的なものなので、安心してください」
「使役契約って、大丈夫なんですかい?」
ほとんどののドワーフが尻込みする中、ウンケイが進み出た。
「ノーミーと契約させてもらえるというのに、何を今さら恐れるんですか。タツマ様、お願いします」
「分かった。『契約』」
なんの抵抗もなく契約が成立し、ウンケイもスザクの視覚を共有する。
初めてノーミーを目の当たりにした彼が、驚きの声を上げる。
「これはっ……なるほど。こうすることによって、精霊との契約を可能にするのですね」
「ええ、そうです。まずは好きな子を見つけて、交渉してみるといい。通訳が必要なら、スザクに頼めますよ」
彼はしばらく迷っていたが、自分に近付いてきたノーミーに的を絞り、見事に単独で契約してみせた。
するとそれを知った残りのドワーフたちが、我先に使役契約を望んできたので、片っ端から契約を交わす。
その後、掛かった時間の長短に差はあったものの、無事に全員がノーミーと契約できた。
そしたらもう、大騒ぎだ。
覚えたての鍛冶魔法を使ってみて、はしゃぐわ、泣くわで大変である。
むさいおっさんたちが、涙と鼻水たらしながら俺に迫るなんて、勘弁して欲しいんですけど。
ちなみに今回、火精霊との契約は見送っている。
そもそも相性が悪いと契約できないし、先に契約したノーミーと仲良くなって許可をもらわないといけないからだ。
はたしてこの中で何人、2属性持ちが生まれるのだろうか。
その後は屋外に移り、家族も入れて宴会をした。
俺の家の前で大きな焚き火を作り、飲めや歌えの大騒ぎだ。
ここでも精霊契約に成功したドワーフ親父たちが、ハイテンションで騒ぎまくった。
さすがにはしゃぎ過ぎて、奥さんたちにどつかれてたけどね。
バカ騒ぎの翌日、再びドワーフたちを集め、今後の計画について話し合った。
「えー、それじゃあ、今後の活動について計画を立てます。まず必要なのは、家ですね」
「うん? 家は昨日みたいに土魔法で作るんじゃあ、ないのかい?」
大工仕事を生業にするゲンドウが、不思議そうに言う。
「土魔法で作るのは、仮住まいの家だけにしたいんですよ。あんまり、その仕事に拘束されたくないので」
「ああ、それもそうだな。お前さんたちに甘えっぱなしってわけにはいかねえか……よし、家作りに関しては俺に任してくんな」
「ええ、頼みますよ、ゲンさん。みんなで手伝いますから」
ここでウンケイが懸念の声を上げた。
「しかし、家を建てるにしても、それなりに計画性を持たせないと、後で困りますよね。おそらく人はどんどん増えますから」
「そのとおり。まずこの家の周辺は将来の首都として、ある程度の土地を確保したいと思ってます。いずれはいろんな店を出したりして、賑やかにしたいかな。それと国を動かす行政地区も、この辺に作りましょう」
「なるほど。その周りに住宅地や農地を広げていく形ですね。これは腕の振るいがいがありそうだ」
そう言いながら眼鏡の位置を直すウンケイの目が、らんらんと輝いていた。
「しかし、農地の開発はどうするんだい? この辺は草原だから多少はマシだけど、大変だぜ、ありゃ」
「そうですね。それについては、魔法でかなり労力を軽減できると思ってます。なんてったって、俺たちにはゲンブとアヤメがいますから」
「えっ、私ですか?」
「フォッフォッフォ、主殿は人使いが荒いのう」
彼らにはまだ話していないが、農地開発についても考えていることがある。
通常の開拓よりはずっと効率的にできるだろう。
ここでシンカイが手を上げた。
「俺は早く鍛冶をやりたいんだが、鉄はどうするんだ? 外から買うのかい?」
「しばらくは買わざるを得ませんが、いずれは自分たちで作るつもりです。オウミでもやってますよね」
「ああ、やってるな」
やはり昔の日本と同じで、たたらという足踏み式のふいごで、炉に風を送る製鉄法をやっているらしい。
某アニメ映画で有名になった、たたら製鉄ってやつだ。
「いずれにしても砂鉄か鉄鉱石を見つけないといけません。それと、木炭だけだと自然が壊れるので、いずれは石炭に切り替えたいかな」
「石炭ってのは?」
「土の中に埋まってる炭ですよ。不純物が多いんで処理は必要ですけど、大量生産に向いてます」
「そんなにたくさん作るつもりなのかい?」
「ええ、暮らしを豊かにするには、鉄が必須です。武器ももっと必要になるだろうし」
「こんな魔境のど真ん中に攻めてくる奴なんて、いねえだろう。まあ、魔物とは戦わなきゃいけねえが」
「魔物だけならいいんですがね……」
俺が開放した四神の遺跡だって、常識外れの代物だ。
ゲンブやスザクの他に、魔境への侵入を可能にする手段が無いとも言いきれない。
何より、アヤメの叔母を乗っ取った鬼神シュテンは、まだ行方不明のままなのだ。
ここでウンケイから提案があった。
「すぐにとは言いませんが、湖も有効活用しましょう。魚が取れるし、水運としても使えます」
「うん、俺もそれには目をつけてます。どこか船を手に入れられる所はないですかね?」
「それならもちろんオウミ国です。ビワの海のあちこちに造船所がありますから。いずれは船大工も勧誘したいですね」
「そうですね。移住者の受け入れが一段落したら、小舟と漁具を買いにいきたいけど、伝手とかあります?」
「そうですねぇ……父上の伝手をたどれば、なんとかなるかもしれません。紹介状を書いてもらいましょう」
「さすが、有力者だけありますね」
景気のいい話に夢を膨らませていたら、ウンケイが心配そうに言う。
「しかし、いずれにしろお金が掛かります。失礼ですが、タツマ様はいかほどの資金をお持ちですか?」
「えーと、たしか金貨50枚くらいはあったよね」
財産管理を任せているアヤメに聞くと、やはりそれくらいはあった。
金貨1枚が10万円とすれば500万円にもなる財産だが、国を作るにはあまりに心許ない金額だ。
「金貨50枚ですか……何か早急に、金策を考えねばなりませんね」
「そうですね。ベンケイたちに何か作ってもらうにしても時間が掛かるだろうし。やっぱり、手っ取り早いのは迷宮かな」
「迷宮、ですか?」
「そう。体力のある人に武器と防具を持たせて、迷宮で魔石を取ってもらうんですよ。もちろん俺たちが指導するから、それほど危険は無いです」
「ふーむ、たしかに手っ取り早い手ではありますね。おまけに戦力の底上げにつながるのなら、やらない手はない、か」
「そうそう。あとは時間を掛けて特産品を作っていきたいですね。できれば女子供でもできるようなやつを」
特産品についてはいろいろ意見が出たが、あまり良い案は浮かばなかった。
やがて話は治安の問題に移る。
「人が集まれば集まるほど、トラブルが発生しますが、治安維持はどうしますか?」
「各種族から人を出してもらって、自警団を作ります。そしてそれを村長の下に付けて、秩序を保たせる。各村には目安箱ってのを置いて、住民の意見や訴えを吸い上げたいな。こっちにはツクヨミの巫女がいるから、裁判も公正にできると思うし」
「えっ、それって私のことですか?」
いきなり話を振られたアヤメが驚いている。
「もちろん。いずれ人は増やすけど、そっちの方はアヤメに任せるから、覚悟しておいて」
「はい、分かりました……」
しかしそれだけでは、ウンケイは納得しなかった。
「まあ、当分はそれでやれるでしょうね。しかし、いずれコントロールできなくなりますよ」
「なんで? みんな喜んで協力してくれると思うけど」
「タツマ様は良いお人ですし、大きな力を持っているので、簡単に人を信じすぎです。たしかに獣人種や妖精種は、人族に比べたら淡白かもしれませんが、欲の強い者もいます。そのうち、想像を超えるような事態が起こるでしょう」
「想像を超えるって、どんな?」
「そうですね……例えば怒りに任せて暴れるとか、現実が受け入れられなくて逆恨みするとか、ですかね」
「まあ、大勢集まれば、そんな人もいるだろうね。だけど、司法システムをしっかり構築しておけば……」
「世の中、完璧なものなどありませんよ。必ず綻びが出ます……私が言いたいのは、理想論だけでなく、清濁併せ飲む覚悟がいるということです。少々いいかげんなぐらいで、いいんですよ」
そう言うウンケイの顔は、妙に冷めていた。
たしかベンケイの10歳下だから、23歳のはずだけど、凄い達観してるんだな。
しかしその助言は、貴重なものだ。
俺だって、前の会社でいろいろやられたからなあ。
人間なんて、個人がどれだけ立派でも、群集になるとたちまち馬鹿になっちまうもんだ。
そんな人の愚かしさを受け入れつつ、よりよい国を作ればいいんだ。
「ありがとう、ウンケイさん。肝に銘じておきます」
「いえ、説教臭いことを言いました。私も全力で支えるので、頑張りましょう」
「うん」
少なくとも俺には頼れる仲間がいるんだから、1人で抱え込まないようにしよう。