68.移住の始まり
ベンケイの弟のウンケイが付いてくることが決まると、翌日も俺たちはドワーフを勧誘して回った。
ひととおり声を掛けてからベンケイの実家に戻ると、そこには数人の男たちが待っていた。
シンカイを始めとする、昨日声を掛けた人たちだ。
「ここにいる者は、一緒に来てくれると考えてよいのかな?」
「ああ、ベンケイ。家族は説得した。それと、こいつが弟のコテツだ」
「初めましてベンケイさん。ぜひ私も連れていってください」
シンカイによく似た青年が、挨拶をする。
それに続き、残りの男たちも口々に連れていってくれと申し出た。
シンカイ、コテツを含め、まずは8人のドワーフを確保だ。
「よく決心してくれた、みんな。決して悪いようにはしないから、安心して付いてきてくれ。3日後には村を出るので、準備を進めて欲しい。旅費や食料は全てこちらで持つから、身軽でよいぞ」
「ミノまで歩くんだよな。荷物は最低限にするとして、道具はどうする?」
「こちらで荷車を準備するから、それで運ぼう。どれくらい荷物があるか、教えてくれ」
その後、持っていきたい荷物を聞き取り、詳細を詰めてから解散した。
翌日も似たようなやり取りをして、新たに7人が移住を希望した。
これで募集は打ち切りとし、引っ越しの準備に取りかかる。
荷車を5台手配し、今後必要になりそうな道具や食料などを買い込んだ。
そんなことをしているうちにあっという間に出発日となり、村の外で待ち合わせをする。
しばらく待っていると続々と移住者が集まり、全て揃ったところでベンケイが号令を掛けた。
「それでは皆の者、新天地に向けて出発しましょうぞ」
馬に牽かれた荷車がガラガラと動き、それに人々が続く。
そのまま1時間ほど歩いて人気の無い所に出ると、休憩を告げた。
みんなが休んでる横で、俺はゲンブの甲羅を取り出し、合図を送る。
実はこの甲羅、通信機としても使えるのだ。
甲羅に手を当てて通信先を思い浮かべると、相手側の甲羅が光る仕組みになってる。
それに気がついて向こうの誰かが甲羅に手を当てれば、通信が可能になるって寸法だ。
(はいはーい、こちらタツマ邸のササミちゃんで~す)
(俺だ、タツマだ。今から通路を開くから、適当な所に甲羅を置いてくれ。それと、ホシカゲとアヤメを呼んでおいてくれ)
(了解で~す)
しばらく待っていると、”準備完了”の連絡があったので、物陰で通路を開く。
甲羅が浮き上がって黒い円柱が生じ、そこからホシカゲとアヤメが出てくると、移住者から驚きの声が上がった。
そんな反応を横目に、指示を出す。
「よし、それじゃ移住を開始するぞ。ホシカゲは近くに人がいないか確認してくれ。いなければアヤメは、認識阻害の魔法な」
すぐにホシカゲが周囲を探索し、人目が無いのを確認した。
さらに通路の周辺に認識阻害の魔法を掛けてもらい、情報漏洩を防ぐ。
「それじゃあ、皆さん。この柱の向こうに移住先があるので、どんどん入ってください」
「……タツマさん。そんな訳の分からないものに、入れませんよ」
「まずは騙されたと思って、覗いてみてくださいよ。決して悪いようにはしませんから」
「し、しかし……」
それでも渋るシンカイを、強引に通路に押し込んで向こう側を確認させた。
湖畔の風景を確認したシンカイが戻ってくると、彼から状況を聞いた移住者たちが、続々と通路に入っていく。
最後にスザクだけを残し、全員が湖畔へ移動した。
「あとは頼んだぞ、スザク」
「了解ですよ~」
俺も湖畔に移動してから通路を閉鎖すると、甲羅が地面に落ちる。
向こう側の甲羅は、スザクが隠す手はずになってる。
少し道から外れた森の中に置いて土や枯れ葉をかぶせておけば、次にオウミに行きたい時に使える。
スザクは飛んで帰ってくるので、じきに戻るだろう。
通路をくぐった先では、移住者たちが湖畔の大平原に見入っていた。
想像を超える光景に固まっている大人たちに比べ、子供たちは早くも順応して、遊び回っているようだが。
「シナノ国へようこそ、皆さん」
「し、シナノ国、ですか?」
「はい。今はまだ、村ですらありませんが、いずれ国にするつもりです。皆さんにはここの住民になってもらうと同時に、職人として国作りに協力してもらいます」
「ミノ国じゃなかったんですか?」
「俺はミノの方、としか言ってませんよ。ここはミノをさらに越えた、”シナノ大魔境”と呼ばれる土地です」
「魔境なんかに、人が住めるんですか?」
魔境と聞いて、ほとんどの人が恐怖の表情を浮かべる。
そんな彼らを安心させるように、言葉を続けた。
「この辺は山間部に比べると、強い魔物は出ません。おまけに強い護衛がいるので、まず大丈夫です。ホシカゲ」
「ワオーーーーン」
ホシカゲがひと声上げると、20匹近い闇狼が集まってきた。
こいつらはアヤメのかーちゃんを救出した時に、ホシカゲが集めた群れだ。
いろいろと使えそうなので、ゲンブの通路で連れてきた。
「このダークウルフたちは仲間だし、ちゃんと統制されてるので安心してください」
「ダ、ダ、ダ、ダークウルフ……」
さらにダメ押しでビャッコも呼んで紹介してやると、とりあえず不安は払拭できたようだ。
さて、次は住居の製作だ。
15組もの家族が移住してきたので、俺の家には到底収まりきらない。
「それじゃあ、まず見本を作りま~す」
俺、アヤメ、ベンケイ、ニカ、ゲンブの魔法建築班が、家作りに取りかかる。
まず土台を固めた後、ゴゴゴッという感じで壁がせり上がり、さらに屋根を形成した。
でき上がったのは8畳くらいの座敷に、4畳ほどの土間を備えた和風建築だ。
石造りだけどな。
土間には台所と竈も備えらえれている。
江戸時代の長屋みたいなイメージだな。
ちゃんと水晶窓も付いているので、それなりに中も明るい。
「こんなもんで、どうですかね? 新しい家を建てるまでの、仮住まいですけど」
「な、なんちゅうもんを作るんですか……十分すぎますよ」
大人も子供も呆れたように、できたばかりの家を見上げている。
そんな彼らの意見を取り入れ、細部を改良した家をさらに14軒建てた。
それぞれ家族ごとに入居してもらい、寝具や身の回り品も支給していく。
あとの細かい家事は奥さん連中に任せ、俺は男性陣を自宅のリビングに招いた。
「いろいろと驚いたでしょうが、何か聞きたいことはありますか?」
「こ、ここは本当に魔境なんですかい?」
「ええ、シナノ大魔境のど真ん中です。周囲を強力な魔物と険しい山に囲まれてるので、普通は来れませんけどね」
「さっきの魔法があってこその移住か……それにしてもあんたら、何者なんだい?」
「俺は縁あって、伝説の四神の力を手に入れました。その力を使って、国を作ろうと思うんです」
それから簡単に四神を手に入れた経緯と、これから作る国の構想を話した。
いずれは共和制にしたいってことも伝える。
その話に驚き慌てる移住者を代表して、ウンケイが質問を投げかける。
「なるほど。伝説の四神を従えているのであれば、この状況も多少は納得できます。しかし、なぜタツマ殿は建国を目指すのでしょうか? なぜ、亜人のための国なのですか?」
実にもっともな質問に、俺は慎重に答える。
「今この時も、どこかで獣人種や妖精種は迫害され、辺境に追いやられていますよね。このままでは彼らは、遠からず行き場をなくすでしょう。それを避けるには、種族の垣根を超えて団結する必要があります。そのための手助けを、俺はしたいんです」
「ふむ……それは、とても崇高な行為だとは思いますが、本当にそれだけでしょうか。最終的にあなたが亜人の上に君臨し、人族に戦争を仕掛けようなどと、考えているのではないでしょうね?」
「ウンケイっ! タツマ様を愚弄するつもりか?」
ウンケイのぶしつけな質問を、ベンケイがきつく叱りつけた。
しかしウンケイはそれに怯むこともなく、俺に目を向けてくる。
「いいんだ、ベンケイ。ウンケイさんの懸念も、もっともだ。我ながら身のほど知らずなことを言ってるとも思うよ。けど、現実に苦しんでる人たちがいて、俺にはそれを助ける力がある。だから、できることをしたいんです」
「しかし、その証拠は?」
「そんなの、言葉だけじゃ信じられないでしょ。そんなに焦らず、今後の俺を見て欲しい」
我ながら青臭い理想論でこっ恥ずかしかったが、あえて胸を張って向き合った。
するとウンケイはしばらく俺を見つめた後、上を向いて息を吐いた。
「フーーッ…………失礼しました、タツマ殿。たしかに私は焦っていたようです。しかし、あなたの言葉が、その理想が、どうしようもなく私の心を高揚させるのです。多くの種族が共に暮らす国。私もそれを、ぜひ見てみたい。その国作りを、全身全霊で手伝ってみたい」
そう言うと、ウンケイが俺ににじり寄ってきた。
そして手を差し出しながら言う。
「私をあなたの配下に加えてください、タツマ様」
「ああ、こちらこそよろしく頼むよ、ウンケイ」
俺は彼の手を握りながら、力強く頷いた。
すると、次々に他のドワーフも後に続き、全員が協力を誓う。
まずは最初の移住者の心は掴めたみたいだ。
これから彼らの助けを借りて、理想の国を作ろう。