67.ドワーフ族の勧誘
俺たちが獣人の移住者を勧誘している一方で、ベンケイには新居の整備をしてもらっていた。
まず玄関や裏口に木製の扉を設置すると、ようやく家らしくなった。
それまでは石で作った板で塞いでいたので、けっこう不便だったのだ。
それから水晶窓の横に空気の取り入れ口を設け、開き戸を付けたりもした。
他にもいろいろと収納やら棚やらを作ってもらうと、だいぶ使いやすくなった。
この作業によって、カザキに借りてる家と、遜色ないほどの快適な家が完成した。
新居の整備が終わると、俺はオウミ国へ飛んだ。
スザクに乗って3時間ほど飛び、ベンケイの故郷クニトモ村の近くへ着陸する。
そこでゲンブに通路を開いてもらい、トモエと馬車、ベンケイ、ヨシツネを呼び寄せてクニトモ村へ向かった。
10分ほどで村に着き、ギルドカードを提示して中に入る。
このクニトモ村はドワーフ族の村なので、よそ者への警戒は厳しいが、さすがに白銀級のカードは効果てきめんだった。
村の中を少し走ると、なかなか立派な門構えの家に到着する。
ベンケイと俺が馬車を降りて呼びかけると、使用人らしき男が出てきた。
「これはベンケイ様、お久しぶりでございます。しかしあなた様は、旦那様から勘当された身、と記憶しておりますが」
「久しぶりですな、ヤシチ殿。たしかに勘当された身ではありますが、儂が鍛冶魔法を身に着けたと聞けば、親父殿も話ぐらいは聞いてくれましょう」
それを聞いたヤシチが、訝しそうに問いかける。
「まさか、独力で鍛冶魔法を身に着けられたと?……にわかには信じがたいお話ですが、旦那様に伝えますので、しばしお待ちを」
そう言ってヤシチが家の中へ戻る。
「想像以上に歓迎されてない感じだね。久しぶりに戻ったっていうのに」
「精霊召喚の儀式までやったのに、鍛冶魔法を身に着けられなかった不肖の息子ですからな、儂は。2度とこの家の敷居をまたぐな、とまで言われましたわい」
ベンケイが苦笑しながら、当時の状況を語る。
ニカが精霊召喚の儀式を邪魔したおかげで、ずいぶんと苦労したんだろう。
ちなみに元凶は姿を隠して付いてきているが、たぶんあまり気にしてないと思う。
やがてヤシチが再び現れると、奥に案内された。
彼に付いていくと、鍛冶工房にたどり着く。
大きな炉の中では炎が燃え盛り、何人ものドワーフが忙しそうに鍛冶作業をしていた。
そんな中に、ベンケイの面影を持つ年配のドワーフがいた。
ベンケイが彼と向かい合う。
「……鍛冶魔法を身に着けたと聞いたが、本当か?」
「はい、親父殿。火と土の鍛冶魔法を身に着けました。こちらはその際にお世話になった、タツマ様です」
「はじめまして、タツマです」
ベンケイに紹介されたので挨拶をしたが、ほとんど無視された。
「フンッ、そうまで言うからには見せてもらおう。しかし、もしも嘘だったら、ただでは帰さんぞ。この場でその頭、かち割ってくれよう」
「ハッハッハ、それは怖いですな。それでは拙い技ですが、儂の放浪の旅の成果、お見せ致しましょう」
親父さんの脅しにも全く動じることなく、ベンケイは鍛冶作業を開始した。
まず鋼を熱し、それをハンマーで叩いて望みの形に変えていく。
普通の鍛冶師であれば何時間も掛かるような作業も、ベンケイは魔法で短縮できる。
金属収集、金属形成、金属分析、金属加熱を自在に駆使し、30分足らずで見事な剣を打ちあげた。
さらに鍛冶魔法を応用して、丁寧に研ぎ上げられた剣が、妖しい光を放つ。
差し出されたその剣を受け取り、食い入るように観察した親父さんが、ゆっくりと息を吐き出した。
「……見事だ、ベンケイ。お前の勘当を撤回する」
「感謝します、親父殿。ただし、この家に戻る訳ではありませんので、その点はご了承を」
「なんだとっ! これだけの腕を持ちながら、家には戻らんと言うのか?」
親父さんが目をむいてベンケイに詰め寄ったが、彼は動じない。
「今回は3年前の不始末を精算しにきただけ。すでに働き先は決まっておりますので、勘弁してくだされ」
「くっ……ならば仕方ない。しかし、せめて家族に顔ぐらいは見せていけ」
こうして俺たちは正式な客となり、馬車の番をしていたヨシツネも呼び寄せられた。
しばらく待たされていると、ベンケイの祖父母、母親、兄弟姉妹がバタバタと集まってきた。
ちなみにベンケイは4男2女の次男らしい。
兄弟のうち2人はすでに鍛冶師になっており、末の弟だけは家の手伝いをしているとか。
「まあまあ、ベンケイ、ずいぶんと立派になったわね」
「おう、兄者、鍛冶魔法を身に着けたってのは、本当か?」
「ベンケイ兄様、お帰りなさい」
「兄さん、ずいぶんたくましくなったね」
「ハッハッハ、みんな久しぶりだな。実は鍛冶魔法も会得したが、シルバー級の冒険者にもなったのだぞ」
「キャーッ、凄いです、兄様~」
しばし、ベンケイが家族に囲まれて質問攻めに遭っていた。
俺も紹介されて挨拶をしたが、みんないい人ばかりのようだ。
こんな家族がいても追い出されるんだから、親父さんの怒りはよほど激しかったんだろう。
その後、昼食をごちそうになってから、ベンケイの知人に会いにいった。
「シンカイ、元気でやってるか?」
「ベンケイ……お前、戻ってきたのか?」
シンカイと呼ばれたその男は、木工所で働いていた。
体がガッチリしていてヒゲもぼうぼうだが、優しそうな目をした男だ。
ベンケイが手招きすると、作業を中断して外に出てくる。
「なんだよ、これでもけっこう忙しいんだぞ」
「ああ、お前は腕がいいからな。ところで、鍛冶魔法は身に着いたのか?」
「よせよ、お前だって知ってるだろうに。俺には儀式をやるほどの金を、工面できないんだ」
「そうか…………実は、精霊と契約できる勤め先があるんだが、お前も来ないか?」
「ハアッ、なに夢みたいなこと言ってんだよ。とうとうおかしくなったのか?」
シンカイが呆れた様子で、ベンケイを見る。
しかしベンケイはおもむろに短剣を取り出すと、シンカイの目の前で刃こぼれを直してみせた。
彼お得意の鍛冶魔法、”金属形成”だ。
「それは鍛冶魔法っ!……お前、使えるようになったのか? 一体、どうやって……」
「ああ、ここにいるタツマ様のおかげでな、こうして使えるようになった。しかも、火と土の両方だ」
「2属性使いだと! マジかよ……もしお前に付いていったら、俺にもそれができるってのか?」
「ああ、相性もあるから保証はできないが、少なくとも土は使えるようになるだろう」
「その勤め先ってのはどこにあるんだよ? 俺には家族もいるし……」
「今はミノ国の方、とだけ言っておこう。嫁や子供なら連れてきていいぞ。住処も提供する」
「なんだよそれ、とんでもねえ厚遇じゃねえか。条件が良すぎて、逆に怖いぞ」
シンカイが薄気味悪そうに言う。
それを見たベンケイが、笑いながら言葉を重ねた。
「ハッハッハ、そう言うのも分からんではない。しかし、腕のいい職人に故郷を捨てさせるんだ。それぐらい当然だろう」
「そりゃあ、俺も腕に自信がないわけじゃないが……」
「今すぐに決めろとは言わん。とりあえず家族と相談してこい」
「分かった……この件、コテツにも話していいか?」
「お前の弟だったな。話してもいいが、あまり広めるなよ」
「分かった。実はあいつ、クビになりそうなんだ。最近、商売が厳しくて、鍛冶魔法の使えない奴から順に切られてる。それもヒコネ村のせいなんだけどな」
シンカイの話によると、この村とライバル関係にあるヒコネ村が、貴族を味方に付けて仕事を邪魔してるらしい。
良品を適正な価格で売る方針のクニトモ村に対し、質の悪い物を安値で売るヒコネ村。
しかもそこに貴族が絡み、いろいろと圧力を掛けてくるそうな。
おかげでこの村の仕事は減り、景気が悪化しているらしい。
俺にとっては人材を引き抜きやすくなってけっこうな話だが、この村の住人にとっては大迷惑だ。
その後も何人か口説いて回ったのだが、景気が悪いってのは本当だった。
会う人全てが景気が悪いとぼやき、ベンケイの申し出を真剣に考えてくれる。
村の人たちには悪いが、棚からぼた餅だ。
こうして10人ほどの職人に当たりをつけてからベンケイの実家に戻ると、その晩は歓迎の宴が開かれた。
彼の家族に囲まれ、美味しい酒や料理をいただく。
そんな中、末弟がベンケイにお願いをし始めた。
ドワーフにしては細身の、眼鏡を掛けた理知的な青年だ。
「ベンケイ兄様、私を一緒に連れていってくれませんか?」
「何を言っておる、ウンケイ。お前がいなくなっては皆が困るだろうに」
「それは……多少は困るかもしれませんが、私がいなくても経営はできるはずです」
このウンケイ君、ベンケイより10歳も下の弟だが、凄く頭がいいそうだ。
非常に計数に明るく、帳簿を管理するだけでなく、経営にも参加しているとか。
モノ作りへの興味が薄いため、鍛冶魔法こそ身に着けていないものの、腕自体は悪くないらしい。
そんな彼の訴えに戸惑ったベンケイが親父さんに目を向ける。
すると彼は、グイッと酒を飲み干してから、重々しく言った。
「連れていってやれ、ベンケイ……ウンケイが初めて言うわがままだ。たしかにしばらくは不自由するだろうが、そいつ抜きでも仕事は回る」
「しかし親父殿。儂は冒険者なので、危険な所に行くこともあるのですぞ。とてもウンケイの身の保証など……」
「兄様、多少の危険ならなんとかしてみせます。それよりも私は、外の世界を見てみたいのです」
「ウンケイもこう言っている。もう立派な大人なのだから、自己責任だ。むしろ兄として鍛えてやれい」
「ウンケイ……親父殿……」
ベンケイが困った顔で俺を見る。
そこで俺はにこやかに賛成してやった。
「一緒に来てもらおうよ。俺たちは新しい村を作るんだから、優秀な人材は大歓迎だ」
「タツマ様まで……」
「村を作るのですか? 私は土木工事についても知識がありますので、お役に立てると思います」
こうしてベンケイの末弟、ウンケイが俺たちに加わることになった。
後に彼が十全に能力を発揮し、国の重鎮になっていくとは、その時は知る由もなかったのだが。