7.ホシカゲ
薬草採取の途中で闇狼に襲われてしまったが、覚えたての無属性魔法で撃退することができた。
しかも、ダークウルフの1匹を使役獣にするというおまけ付きだ。
町へ戻りながら、その闇狼について話し合う。
「ところで主様、その子の名前はどうするのですか~?」
「名前? そういや、そうだな。お前、名前とか無いのか?」
(わふ、あるわけないです。ご主人様に付けて欲しいのです)
そりゃあ、野生の魔物に名前なんてあるわけないか。
俺は隣を歩く狼を、改めて見直してみた。
口を開けて嬉しそうに俺を見上げてくる様子がかわいらしい。
狼ってのは、噛む力が強いから目がつり上がって見えるんだけど、この子には愛嬌がある。
耳はピンと立っていて凛々しいけど、たまにピコピコ動くのがまたかわいい。
そんな中で、額の傷がよく目立っていた。
俺の魔法でえぐられた部分が、白っぽい星形の傷になっているのだ。
それは傷というよりもむしろ、まるでシンボルのようだ。
「なあ、この額の傷ってさあ?」
「そうですよ~、主様。この傷が契約の証になったみたいですね~」
「やっぱりそうか……よし、星型の傷だから、お前の名前は星影でどうだ?」
(わふっ、カッコいいのです。我が名はホシカゲ。ご主人様の第2の眷属なのです)
「そうですよ~、1番は私ですからね~、ホシカゲ」
(スザクさんもよろしくなのです)
ちゃんとスザクを立てるなんて、意外に気遣い上手だ。
狼の社会は上下関係が厳しいとも聞くから、そのせいだろうか。
「それにしても、ホシカゲと話ができるのは便利だな。これなら、魔物の討伐にも行けるんじゃない?」
(わふ、僕がご主人様を守るです)
「そうですね~。ホシカゲが前衛で主様が後衛なら、多少は戦えるかもしれませんね~」
「だろ? 無属性魔法のコツも、なんとなく分かったしな」
さっきのダークウルフ戦で、急に無属性魔法が上手くなっていた。
以前は豆腐をニュルンと出すような感触だったが、今はゴルフボールを手で投げるぐらいの威力に変わっている。
極度の緊張状態で、何かを突き破ったってことだろうか。
「主様、それなら武器を買うべきではありませんか~?」
「それもそうだな。帰りに武具屋を覗いてみよう」
小ぶりなナイフしか持ってないので、討伐に行くならもっとマシな物を買わねばならない。
連日の薬草採取でお金も貯まってきてるので、なんとかなるだろう。
こうして町に戻ってきたのだが、入る時にホシカゲの存在が問題になった。
そりゃあ、見た目はただの魔物なんだから、素通りってわけにもいかないよな。
ホシカゲが使役獣であることを門番に説明し、完璧に操ってみせることで、ようやく許してもらえた。
ただし使役獣であることが分かるようにしとけと言われたので、とりあえず布を首に巻いてある。
そのままギルドへ行き、薬草の納付と同時にホシカゲの登録も済ませておいた。
ギルドカードに記載することで、俺の使役獣として公認されるのだ。
ちなみに、まだ幼さの残るホシカゲに、コトハがメロメロだったのはまた別の話。
その後は武具屋に寄ってみた。
年配のおじさんがやってる店で、最初に来た時に親切にしてくれた覚えがある。
「あのー、銀貨30枚ぐらいで良い武器ってないですかね?」
「あん? 兄ちゃんは冒険者か……それぐらいだと、短剣か戦棍しかないなあ」
「魔物と戦うなら、どれがいいですかね?」
「うーん、どうせ剣術とかの心得は無いんだよな? なら、メイスがいいだろう……この辺がお勧めだ」
おじさんはそう言って、いくつかメイスを見せてくれた。
どれも鉄製で、握り部分に革が巻かれ、打撃部分にゴツイ突起が付いている。
これならダークウルフにだって、ダメージを与えられるだろう。
それぞれを手に取ってみて、振りやすいメイスを選んだ。
「これください」
「あいよ、銀貨25枚だね」
「はい、これで」
「毎度……防具はいいのかい?」
「うーん、革鎧が欲しいとこなんだけど、高いですよね?」
「まあ、安くても銀貨50枚くらいはするな」
「それじゃあ、また今度にします」
それから帰る途中、革細工を扱っている店でホシカゲ用の首輪を買う。
ちょうどいいのが銀貨3枚であったので、購入してホシカゲに付けた。
「ワフン(ありがとうなのです。ご主人様)」
「ああ、よく似合ってるぞ」
これで使役獣らしくなったので、帰りに井戸水で体を洗ってやった。
森に住んでただけあって、それなりに汚れてるのだ。
ダニとかも付いてるしな。
そんなホシカゲを家に連れ帰ったら、最初は驚かれた。
しかし事情を話すとなんとか受け入れてもらえ、シズクなどは喜んでいた。
彼は知性がある分、普通以上にかわいく見えるのだ。
「しかし、タツマが使役術を使えるだなんて、知らなかったな。どこで習ったんだい?」
夕食の席でテッシンが聞いてくる。
「いや、俺も今日初めてやったんですよ。今までに会った使役師から話だけは聞いてたんです。それで、ケガをしてたホシカゲを治療してやったら、なんとなく使役できるような気がして」
「凄いじゃないか。普通は何年も修業するって話だから、タツマには才能があるんだろう」
「アハハ、どうなんでしょう……でも、これで魔物と戦う目処もついたので、討伐依頼もやってみようと思うんです」
そう言うと、シズクが心配そうに口を挟んできた。
「魔物の討伐なんて危ないわよ。別に無理しなくてもいいじゃない」
「いえ、俺は強くなりたいんです。だから迷宮に潜るためにも、頑張らなきゃ」
「そう……でもあまり無理はしないでね」
「はい、気をつけます」
翌日は緑小鬼討伐のため、いつもと違う森へ出かけた。
ゴブリンってのは、ファンタジーで定番の魔物だな。
奴らは俺より頭ひとつ低いくらいの背丈で、緑色の肌をした人型の魔物だ。
頭にはほとんど毛が無くて、乱杭歯をむき出しにしたぶっさいくなツラをしている。
身に着けてる衣類は粗末な腰布だけで、さらにこん棒で武装しているが、知能は大したことない。
だから1匹ぐらいならそれほど脅威でもないんだが、こいつらは繁殖するのが早い。
そして集団で人を襲ったり田畑を荒らしたりするから、常に討伐対象になっているのだ。
討伐って言うより、駆除だな。
それでゴブリンを1匹倒してその右耳と魔石を持ち帰れば、ギルドで銀貨1枚もらえる。
うん、安いな。
ゴブリン、安すぎだ。
しかしまあ、それだけに俺の討伐初体験には、ちょうどいいと思うのだ。
よくゴブリンが出ると言われる森に着くと、ホシカゲたちに話しかけた。
「それじゃあ、この辺でゴブリンを探してみよう。ホシカゲはゴブリンって分かるか?」
(わふ、もちろんです。あっちの方から臭いがするのです)
「へー、やっぱり鼻がいいんだな。それじゃあ、案内してくれるか?」
(こっちなのです)
上機嫌で尻尾を振りながら先導するホシカゲに付いていくと、ゴブリンが見えてきた。
どうやら3匹の群れで、森の中で食い物を探していた。
俺はリュックに差していたメイスを引き抜き、ホシカゲに念話を送る。
(ホシカゲはあいつらに突っ込んで気を逸らしてくれ。ケガには気を付けてな)
(わふっ、お任せなのです)
そう言うやいなや、ホシカゲが駆けだして、ゴブリンの中に突っ込んでいった。
それに動揺したゴブリンが、こん棒を構えて戦闘態勢に入る。
もちろん、ホシカゲがそんなものに当たるはずもなく、奴らの周りを走り回ってかき回す。
完全に注意がそちらへいってる間に、俺は1匹の背後に忍び寄り、後頭部にメイスを叩き込んだ。
ガスッという鈍い音がしてメイスが食い込んだが、1発では倒れい。
思った以上にゴブリンがタフなのか、俺の力が弱いかのどちらかだろう。
殴られたゴブリンが血走った目で振り返ったので、思わずちびりそうになった。
しかしさすがに攻撃は効いていたらしく、敵の動きは鈍い。
俺は夢中でメイスを振り回し、3発目でようやくゴブリンを倒すことができた。
人型の魔物を殺すなんて初めてだし、ゴブリンが想像以上にタフで凶暴そうだったから、すげえ怖かった。
もうそれだけで俺の息は上がり、手も震えてる。
しかし、そんな俺をゴブリンは放っておいてくれない。
仲間を倒した俺を敵と認識して、別のゴブリンが殴りかかってきた。
なのに俺の体はすくんでしまい、すぐに動けなかった。
このままじゃ殺られる。
そう思った瞬間、黒い何かが突っ込んできた。
もちろんホシカゲだ。
彼がゴブリンの首に食いつき、狂ったように奴を振り回す。
すぐにそいつが動かなくなると、もう1匹のゴブリンにも襲いかかって、すぐに仕留めてしまった。
誇らしそうに近寄ってきたホシカゲを撫でてやったが、彼の口元はベットリと血で汚れていた。
初めて魔物を殺した感触と、そして逆に殺されかけた経験。
俺は、改めてこの世界の残酷さを噛みしめていた。