66.移住者募集
翌朝は早くからスザクに乗って飛び立った。
ただしカゴではなく、スザクの首にまたがる形で、だ。
ベンケイお手製のゴーグルを身に着け、念のため命綱もスザクとつないである。
俺だけ乗せて飛ぶスザクの速度は、おそらく時速200キロは出てるだろう。
おかげでカザキまで、3時間少々で着いてしまった。
他人に見つからないよう郊外に着陸すると、そこから自分の足で走る。
どうやら四神を解放した時にもイノチを吸収していたらしく、俺の強化度は39まで上がっていた。
最後にギルドで確認した時は27だったから、12%の上昇だ。
ちなみに強化度の確認は冒険者ギルドに寄らなくても、見れることをスザクが教えてくれた。
ギルドカードに魔力を通して念じれば、情報がカードに浮かび上がるのだ。
4割近くも体力が底上げされてるおかげで、町へはすぐ到着した。
そしてすぐに我が家へ帰宅すると、シズカが大喜びで出迎えてくれた。
ほんの2週間ほど空けただけだが、寂しい思いをしていたらしい。
そしてお待ちかねの、亜空間通路の開通だ。
俺は荷物からゲンブを取り出し、リビングの床に置く。
「ゲンブ、ここが俺たちの家だ。まずはここから、湖畔の新居へつなげてくれるか?」
「うむ、任されよ、主殿」
するとゲンブから甲羅が1枚浮き上がり、2メートルぐらいの高さに達すると、その下に直径1メートルほどの黒い柱が形成された。
黒い柱と言っても、霧のようでどこか不安定な感じだ。
「この柱が亜空間通路の入り口ですじゃ、主殿。安心して入られよ」
「……本当に大丈夫かなぁ?」
恐る恐る右手で柱に触ろうとしたら、抵抗なく入った。
何回か手を出し入れしても害は無さそうだったので、思いきって飛び込んでみる。
中は薄暗かったが、1メートルほど歩くとふいに明るい所に出た。
「タツマ様、やはり通路が開通したのですね」
「ムヒーッ、無事で良かったのですぅ、ご主人様ぁ」
そこは新居のリビングであり、ヨシツネの声と同時にササミが抱き着いてきた。
「……本当に簡単に移動できるんだな。こっちはどんな感じだった?」
ササミの頭を撫でながら状況を聞くと、置いてあった甲羅がふいに浮かび上がり、やはり黒い柱が出現したそうだ。
不安を抱きながら見守っていたら、ふいに俺が現れたってことらしい。
問題なく通路が使えることが分かったので、さっそく引っ越しを始めた。
カザキの家は通路の出入り口にするだけなので、ほとんどの荷物を新居に移すことになる。
それと並行して、ベンケイがトモエを連れて買い物に出かけた。
新居を整備するため、資材や道具を買うためだ。
昼過ぎには大量の荷物を荷車に積み、彼らが戻ってきた。
その荷物も家の中に運び込み、さらに新居に転送する。
同じことをもう1度繰り返したら、ほとんどの物資が確保できた。
その晩はシズカも入れて、新居で引っ越し祝いだ。
「それでは新たな我が家に乾杯!」
「「かんぱーい!」」
久しぶりにシズカの手料理に舌鼓を打ちながら、酒を飲んだ。
「いやー、やっぱりシズカの料理は美味いよな」
「ムフーッ、本当に美味しいのですぅ。ササミ感激ぃ。ハグハグッ」
「ウフフッ、みんなに喜んでもらえて、私も嬉しい……でも、本当にもう元の家には住まないの?」
シズカが不安そうに聞いてくる。
「ん~、まあ、こっちで暮らすつもりだから、そうなるな。シズカは引っ越すの、嫌か?」
「う~ん……たしかに前の家には愛着あるけど……いいわ、私もみんなと一緒にいる。久しぶりの、家族だもの」
彼女はちょっと悩んでいたが、すぐに吹っ切って笑顔を見せた。
これでこれからも、美味しい料理を食べられるな。
「それでタツマ様。いつ頃、ドワーフの勧誘に行かれるのですか?」
「うん、それはベンケイ次第。家の整備に、あとどれくらい掛かりそう?」
「そうですな……2日もあれば終わるでしょう」
「じゃあ、3日後ね。今度も俺がオウミまでひとっ飛びして、通路をつなげるよ。そういえば、森に隠したままの馬車も回収しないとな。ついでに、あの辺に住んでる人たちに、移住の話をしてみようか」
すると、料理を頬張っていたササミからお願いがあった。
「モグモグ……それならまず、兎人族に声を掛けて欲しいのですぅ。お父さんたち、けっこう困ってると思うからぁ。ハグハグ」
「それもそうだな、故郷を焼け出されて困ってる人たちなら、移住しやすいだろうしな」
翌朝はまたスザクに乗って、ミカワ国へ向かった。
まず馬車を隠してある場所に到着すると、ゲンブに通路を開いてもらう。
そして馬車を新居に送ると同時にササミを呼び寄せ、彼女を乗せて飛び立つ。
それからしばし、兎人族の村を探しながら飛び回った。
ようやく昼過ぎになってそれらしい集落が見つかったので、ど真ん中に乗り付けたらパニックになった。
そりゃあ、こんなでかい鳥が飛んできたら、驚くわな。
反省、反省。
俺とササミが地面に降り、スザクがインコの姿に戻ると、ようやく人が寄ってきた。
「お前、ササミじゃないか」
「あっ、お父さん。久しぶり~」
ササミの父ちゃんだったので、俺も軽く挨拶する。
「どうも、こんちは~」
「あ、ああ、こんにちは。今日はまた何か、御用でも?」
「ええ、ちょっとこの村の責任者と話したいんですけど、紹介してもらえますか?」
「あ、ああ、いいだよ」
すぐに村長の家へ案内してくれたので、付いていく。
長の家と言っても、故郷を焼き出されてから新しく作ったもので、掘っ立て小屋みたいなもんだ。
対応してくれたのは、くたびれた感じのおっさん兎人だ。
「儂が村長のヨサクですだ。でっけえ鳥に乗って現れたというお話ですが、なんのご用ですかな?」
「はい。実は今度、魔境の中央部に新たな集落を作るので、移住者を募集しようと思いまして」
「はぁ? 今、なんと言いましたかな? 魔境の中央とかなんとか、聞こえたような気がしただが」
「ええ、そのとおりです……この辺に大きな湖がありまして、湖畔に集落を作る予定です」
そう言いながら、簡単な地図を見せ、建国予定地を示す。
すると村長はしばらくポカンとしたまま固まっていたが、やがて顔を真っ赤にして怒りだした。
「一体なんの冗談だに、これは! いかに儂らが困窮しているとはいえ、そんな妄想に付き合わされるいわれはないだに!」
「まあまあ、落ち着いてください。にわかに信じられないのは分かりますが、俺も真面目に話をしてるんです。今から証拠をお見せするので、その目で確認してください」
俺は荷物からゲンブの甲羅を取り出すと、それを床の上に置いた。
するとすぐに甲羅が宙に浮き上がり、黒い円柱が発生する。
ちなみにゲンブは荷物に入れたままで、姿を隠している。
「この中が亜空間の通路となっていて、向こうの土地につながってます。騙されたと思って、入ってみてください」
そう言って俺は、先に通路に入ってみせた。
すぐに通路を抜け、しばらく待っていると、ササミに手を引かれた村長が現れる。
「こ、これは夢だかに……」
湖畔の広大な草原を目の当りにした村長が、言葉を失う。
「夢じゃありませんよ。魔境の中央部にはこんな土地があって、魔物もそんなにいないんです」
「……もしそれが本当なら、我々はもっと平和で、豊かに暮らせるんだかに?」
「まあ、いろんな種族を集める予定なので、多少は諍いもあるでしょうが、少なくとも人族の迫害からは、解放されるでしょうね」
それを聞いた村長が、ハラハラと涙を流し始めた。
「ウグゥ、もし、もしそれが実現するのなら、どんなに幸せなことか。しかし、こんな夢みたいな話、にわかには信じられんだに」
「まあ、そうでしょうね。すぐに結論を出せとは言いませんので、村の中で相談してみてください。他にも見せたい方がいれば、呼んでもらっていいですよ」
その後、さらに10人ほどの村人が呼ばれ、湖畔の土地を見ていった。
みんながみんな、顎が落ちそうなほど驚いていたが、とりあえず最初の勧誘は終わった。
あとは村の中で話し合い、1週間後に回答をもらうこととした。
ついでに周辺の村も紹介してもらい、同様に勧誘をして回った。
兎人族同様に、故郷を焼け出された人たちだ。
結局、2日間で兎人族、狐人族、猫人族、狼人族の村に声を掛けることができた。
彼らにとって、決して悪くない話のはずだが、はたしてどれくらいの人が集まるだろうか?