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幕間.蠢く闇

<ミカワ国 光輪教本山>


 光輪教こうりんきょう

 それはこのヒノモトの大地で最大の勢力を誇る宗教。

 最高神アマテラスの慈悲にすがり、お題目を唱えれば、全ては救われるというのがその教義だ。

 しかし最大とはいえ、スサノオを信仰する益荒男ますらお教や、ツクヨミを信仰する月心げっしん教も存在し、必ずしもその地位が盤石というほどでもない。


 そんな光輪教のミカワ国最大の拠点で、話し合う者たちがいた。


「総本山から上納金の催促が来ております」

「なんと、またですか、大僧正様。3月ほど前に納めたばかりではありませんか」

「……いろいろと座主様にも思うところがあるのでしょう」


 大僧正リョウカクはそう言ったものの、総本山が上納金で奢侈しゃしにふけっていることを、彼は知っていた。

 しかし、出世のためには、総本山の要求に応えてみせる必要がある。


「しかし、信徒からの寄付はすでに限界です。これ以上の強要は、信徒離れを引き起こしますぞ」

「たしかに。そなたの言うことはもっともです……しかしそれならば、北方の森林に住む亜人から搾り取ればよいではありませんか?」

「亜人、ですか……まあ、たしかに下劣な亜人が我らに奉仕するのは当然のことですが、我らにはそれを強制する力もありません」


 今の光輪教は、人族こそ神に愛された種族であり、亜人は魔物の血を引く下劣な存在だと説いている。

 しかし、本来のアマテラスの教えには、そのような内容は無い。

 むしろ、最古の経典には”みんな等しく神の子なんだから、仲良くしなさい”とすら書いてあるのだ。


 しかし数百年にわたる教団の歴史の中で、その教義は都合の良いよう書き換えられてきた。

 特にここ十年ほどは、他宗派と争うための資金集めや、組織内の勢力争いの結果、人族にとって耳当たりのよい教義が増えている。

 そしてその矛先は少数民族である獣人種や妖精種に向いており、リョウカクにそれをためらう理由はなかった。


「国主を動かしましょう。森林地帯に住み着く亜人が結束して反乱を企てている、とでも言えば喜んで兵を出してくれましょう。我々はその行動にお墨付きを与え、従軍僧を派遣することで、見返りを得るのです」

「し、しかし亜人どもは最近、どんどん奥地に逃げているらしく、集落の位置もよく分かりませんぞ。兵を出しても、その労力に見合う成果が得られるかどうか……」

「ふむ、そこが問題ですね。何か良い思案はないものか……」


 そんな悪だくみの場で、ふいに声が掛けられた。


「それなら、あたしが力になってやるよ」

「なっ、何者だっ?」

「いつの間に……」


 いつの間にか、部屋の片隅に人影があった。

 その人影がフードを取り去ると、ダークエルフの女の顔が表れ、僧正たちが色めき立つ。


「まあまあ、急に信じるのは難しいだろうけど、あたしはあんたらの味方だよ。とりあえず落ち着いておくれな」

「神聖なる本山に、無断で忍び込むような輩を信じられるものか!」

「コウエン殿、とりあえず聞いてみようではありませんか。何かお話があるようだ」

「し、しかし……」


 リョウカクが止めたことで、他の僧正も渋々ながら引き下がった。

 そしてリョウカクが促すと、侵入者が話しだす。


「あたしは北の魔境に住んでいたんだけどね、最近そこを追い出されちまったんだ。こんなか弱い女を独りでほっぽりだすなんて、ひどいだろ? それで、今は後ろ盾を探しているのさ」


 その女は、アヤメの叔母であるカエデだった。

 彼女は鬼神シュテンの魂の欠片かけらを宿して姿をくらました後、ミカワ国へ流れてきていた。


「ふむ、我々に後ろ盾になって欲しいと? 仮にそれを受けるとして、我々にどんな見返りがあるのかな?」

「あたしは魔境に詳しいからね。あそこにあるほとんどの集落と、そこへ至る道を把握しているよ」

「ほほう、そなたが亜人狩りの道案内をしてくれると?」

「そのとおりさ。あたしみたいなのがいないと、魔境ではまともに軍隊なんて動かせないからね」

「ふむ……なかなか興味深いお話ですね」


 怪しさ満点の申し出だが、リョウカクは不思議と疑う気にならなかった。

 もちろん、全面的に信頼できる相手ではないが、それなりに使えるのではないかと感じていた。

 それは権謀術数の渦巻く教団の中で成り上がってきたリョウカクの勘であり、同時に鬼神の影響でもあった。

 カエデに憑依しているシュテンには、人間の欲望を煽る力がある。

 しかも、人間の中に元々あった感情を刺激するだけなので、それほど不自然にならないのがミソだ。


 結局、光輪教はカエデの申し出を受け入れ、彼女と共闘することになる。

 大僧正リョウカクはその後すぐ、ミカワ国主に面談を申し入れ、亜人狩りを提案した。





<ミカワ国主マツダイラ邸>


「殿、光輪教の者が来ていたようですが」

「マサノブか。ああ、来ておったぞ。生臭い話をして帰っていったわ」


 殿と呼ばれた男、ミカワ国主モトヤス・マツダイラが顔をしかめながら答える。

 相手は腹心のマサノブ・ホンダだ。


「ふっ、光輪教の生臭話なぞ、今さら驚くに値せぬでしょう。して、何用でしたか?」

「北の魔境に住む亜人を絞りあげろと言ってきた。奴らは案内と従軍僧を出すから、分け前を寄こせとな」

「なんとまあ、聖職にあるものが争いをあおるとは、相変わらず恥知らずな奴らですな」

「奴らにとっては、亜人を従わせるのは正しいことなんだそうだ。都合のいい話だな」

「当然断ったのでしょうな? 魔境で大軍を動かすなど、悪夢ですぞ」


 マサノブの問いに、モトヤスはすぐに答えなかった。

 ニヤニヤ笑いながらしばし間を置き、やがて答える。


「それがな、何やら都合のいい味方がいるんだそうだ。ダークエルフの裏切り者が光輪教に庇護を求めてきたらしい。亜人の集落の位置と通り道を案内すると言っている。これに従軍僧の聖属性魔法を組み合わせれば、かなりやりやすくなるとは思わんか?」

「それは、たしかにそうかもしれませんが……信用できるのですか?」

「もちろん全面的に信じるわけにはいかん。うちでも何人か亜人奴隷を仕入れて、案内させる必要があるだろう」

「なるほど……そのうえで集落を襲い、税を徴収するのですな。しかし、大軍を動かすほどの見返りがあるかどうか」


 モトヤスはさらに悪い顔で答える。


「金が無ければ人を出させればいい。奴隷にして売るも、兵士にするも自由よ」

「しかし、あまりやり過ぎると、手痛いしっぺ返しをくうかもしれませんぞ」

「ふんっ、個々の集落ならば、いかほどのこともないわ。異種族で連携でもすれば厄介だが、まとめきれる奴なぞおらんからな」


 過去、亜人はもっと広範囲に分布していたが、種族ごとに争っていたところを人族に付け込まれ、敗退を続けていた。

 獣人種はなまじ頑強な肉体があるためにまとまりが悪く、魔法や魔道具の扱いも下手だ。

 逆に妖精種は魔法や魔道具に強いものの、人口増加率や戦闘技術で劣る。

 彼らが連携できればまた違う道もあったのだろうが、まとめきれる人材がいなかった。

 そしてそれは今も変わらない。


「ということで、出兵するから準備を進めてくれ。兵は千人もいれば十分だろう。それに露払いの冒険者と、案内の奴隷を付ける」

「……すでに決定事項なのですな。分かりました。準備を進めましょう」

「頼む」


 こうして、鬼神、光輪教、国主の思惑が絡み合い、魔境外縁部への侵攻作戦が確定した。

 しかし攻められる側にそれを知る者はなく、今はまだ仮りそめの安寧あんねいむさぼっていた。

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エウレンディア王国再興記 ~無能と呼ばれた俺が実は最強の召喚士?~

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