64.建国構想
俺たちは非常識なほど堅い防御を打ち破り、最強の四神 玄武を打倒した。
ボロボロになった玄武の遺骸が光に包まれると、すぐに新たなゲンブが現れ、立ち上がる。
「フォッフォッフォ、見事な戦いでありましたぞ、主殿」
「ありがとう、ゲンブ。以後よろしく頼む」
「お任せあれ」
ゲンブが膝を折り、臣従の姿勢を見せた。
「それじゃ、地上へ戻りたいから小さくなってくれるかな」
「そうですな。それでは、よっと」
掛け声と同時に再び光に包まれたゲンブが、次の瞬間には小さなリクガメに変わっていた。
甲羅の長さが10センチくらいの、かわいい亀だ。
それを拾い上げて手のひらの上に乗せると、地上へ向けて歩きだす。
「そういえば、スザクたちは元の体と小さい体と、どっちの方がいいの?」
「別にどちらが良いということもありませんが、元の体の方が動きやすくはありますね~。しかし、小さい方が食事は少なくて済みますよ~」
「へー、そんなもんなんだ。それだったら、普段は小さいままでいてもらった方がいいかな」
そんなことを話しているうちに、地上へたどり着いた。
まだ日は高かったが、今日はここで野営をすることに決め、準備に入る。
俺はパンターを持って狩りに出掛け、マッドボアを仕留めて帰ってきた。
すると、ビャッコも単独でソードディアを狩ってきていた。
自分用だそうだ。
日が暮れてから、みんなで焚き火を囲み、ボアの丸焼きを食べる。
「ハグハグ……このマッドボアの肉は美味いですな」
「そうだろ? セイリュウのおかげで水魔法が使えるようになったから、すぐに冷やしたんだ」
「冷やしたと言うと、水を掛けたのですかな?」
「いや、水分子の振動数を下げただけ。そうすれば、温度を下げられるんだよ」
「ぶんし、ですか?」
「ぶんし?」
みんなが不思議そうな顔をしたので熱の概念を伝えてみたが、ほとんど理解されなかった。
まあ、この世界では仕方ないだろう。
「それはそうと、これから主様はどうされるのですか~?」
ちょっと静かになったところで、スザクに聞かれた。
その問いに、俺はちょっと考えてから喋り始める。
「うーん、まだよく考えてないんだけど、虐げられてる人たちが、もっと平和に暮らせるようにできないかと思ってるんだ。つまり妖精種や獣人種の地位向上だね」
「タツマ様……」
「タツマさん……」
「むひーっ、さすがご主人様ですぅ。それじゃあ、まず私から幸せにしてくださ~い。ササミ、お嫁に行きまーす」
せっかくいい雰囲気になりかけたところで、ササミが暴走しやがった。
しかし、アヤメがそれを押しとどめる。
危うくケンカになりかけたので、ササミにはデコピンをして黙らせた。
「コホン……それで、この世界には奴隷として虐げられている人たちもいれば、ヨシツネの故郷みたいに圧迫されてる集落もある。別に全てを救えるとは思わないけど、何かしてあげたいと思うんだ」
そこまで言うと、ヨシツネが真剣な表情で異を唱える。
「タツマ様のおっしゃることは素晴らしいと思いますが、とても危険な話でもあります。亜人に寛容なオワリ国ならまだしも、他の国でそんなことを口にすれば、すぐに目を付けられて捕まるでしょう。あまり賢い生き方ではありません」
「まあ、そうだろうね……それなら迫害される人たちの避難所とか、支援活動みたいなのはどうかな?」
「いくらかはマシですが、やはり人族に目を付けられるのは変わらないと思います」
ヨシツネの言うことはもっともなので、少し考える。
そして、ふと思いついたことを口にしてみた。
「昨日見た湖畔に住めたらいいのになぁ。あそこならたくさんの人を養えるし、人族の手も届かない……問題は、どうやってあそこまで人を連れていくかだけど……」
ただの願望を呟いてみたら、思わぬところから助け舟が入った。
「それなら、儂に考えがありますぞ、主殿」
「何かいい手があるの? ゲンブ」
「実は、儂には空間魔法が使えましてな、この甲羅を媒体にして、亜空間の通路を開けるのですじゃ」
そう言うと、目の前に直径20センチほどの六角形の甲羅が現れた。
ゲンブ曰く、この甲羅を使えば、どんなに離れた場所でも数歩で移動できる通路が作れるらしい。
例えば湖畔に甲羅をひとつ設置しておいて、スザクに乗って遠隔地に移動してから通路を開けば、一瞬で行き来できるようになるというのだ。
「それなら、迫害されてる人たちの集落で通路を開けば、簡単に湖畔へ移住させられるってことか」
「そのとおりですじゃ」
「はいは~い。私の家族は故郷を焼け出されて困窮してるから、大喜びで移住するはずですよ~」
俺の提案にササミが大乗り気で賛同する。
しかし、ヨシツネやアヤメの反応は微妙だった。
「たしかに困窮している人たちはその話に乗るかもしれませんが、俺の村なんかは難しいでしょうね」
「うちも難しいと思います。やっぱりみんな、故郷に対する執着が強いから」
「そうかもしれない。でも、兎人族以外にも、焼け出されて困ってる人たちはいるだろ。そういう人たちが移住するだけでも、けっこうな人数になると思うんだ。そこから徐々に移住者を増やすのもありじゃない?」
ここでベンケイから指摘が入る。
「タツマ様、あまり多くの民を呼んでも、それを養えなければ意味がありませんぞ」
「うん、そのとおりだ。もしやるんなら、もっと多くの人たちを巻き込んで、いろいろ揃える必要がある……例えばベンケイ、オウミ国からドワーフを呼べないかな。彼らの生産力は凄く役立つと思うんだ」
「ふーむ……我々は人族の社会でもわりと優遇されてる方なので、あえて移住しようとする者は少ないと思いますが……」
「それなら、鍛冶魔法が使えるようになるかもしれないって言えば?」
「鍛冶魔法を? たしかに儂は使えるようになりましたが、精霊がいなければ難しいのではないですかな?」
「いや、俺たちが四神を復活させたことで、この地の精霊力が増してるような気がするんだ。違うかな? スザク」
するとスザクが嬉しそうに、それを肯定する。
「主様のおっしゃるとおりですよ~。四神を全て降したことにより、この地の魔素が薄まって精霊が集まりつつあるんですね~。主様の使役リンクを使えば、契約を結ばせるのも難しくないでしょうね~」
「なるほど……たしかに精霊との契約ができず、鍛冶師への道を諦めた同胞は多くおります。儂のつてで声を掛ければ、移住を望む者も出てくるかもしれませんな」
ベンケイが興奮気味に話すと、アヤメも同調した。
「そ、それならうちの村でも、興味を示す人がいると思います。ダークエルフでも精霊契約に失敗してる人は、けっこういますから」
「それなら、エルフ族に声を掛けるのもありだよね」
「もちろんです」
にわかに構想が膨らんで興奮していたら、スザクがそれを諌める。
「しかし主様、あまり多くの種族を集めると、後で面倒なことになりますよ~」
「……うん、いろいろ争いが起こる恐れはあるよね。だけど、その辺は国の仕組みをしっかりと作っていけばいいと思うんだ。そのためには人材を育成して、いろいろと準備を整える必要があるけど」
「具体的に準備とは?」
「まず明日、中央の湖畔に行って、どれぐらいの土地が使えるかを確認しよう。先を見据えてしっかりと拡張性を確保したうえで、計画的に移民を開始するんだ」
ここでセイリュウが口を挟んできた。
「ずいぶんと大きな話になってきたな、主よ。しかしそれだけの基礎を作るにも、膨大な資源や食料が必要になるのではないか?」
「たしかに食料については人族の町で買い付ける必要があるけど、ゲンブの能力があれば輸送は可能だよね。それと町の建設には、土魔法が役立つと思うんだけど、どうかな?」
「フォッフォッフォ、儂だけでは手が回らないので、主殿にも手伝っていただかねばなりませんぞ」
「もちろん。アヤメとベンケイ、ニカも一緒にやるよな」
「や、やります」
「当然ですな」
「やる」
これだけの土魔法使いがいれば、仮の住居なんてすぐ作れるだろう。
とりあえずはそこに住んでもらって、徐々に家を増やしていけばいい。
そんな妄想を膨らませていたら、改めてスザクから問いかけられる。
「主様、なかなか胸躍る構想ですが、それだけの共同体を作るからには、それなりの覚悟が必要ですよ~」
「……覚悟、か。そうだね。人が多く集まれば面倒事も増えるだろうし、人族からも目を付けられる。将来を見据えて秩序を作っていく必要があるよね」
「そのとおりです、主様。よほどの覚悟がないとまとまりませんよ~。国主となって、国を引っ張るだけの覚悟はおありですか~?」
「国主かぁ……まあ、それは俺がやらなきゃいけないだろうな。だけど、ゆくゆくは共和制にしたいな。シナノ共和国とか、どう?」
「「シナノ共和国……」」
みんながその言葉を口に乗せ、噛みしめる。
やがてヨシツネが言った。
「いいですね。俺は全力でタツマ様を支えますよ」
すると、その場の全員が、全面的な協力を約束する。
「よし、みんなで国を作ろう。みんなが幸せに暮らせる国を」
「「はいっ」」