61.ビャッコ降臨
スザクの本体を取り戻した翌朝、俺たちはカゴに乗って飛び立った。
昨日作っておいたカゴを、スザクが吊りさげながら静かに舞い上がる。
鳥だからバッサバッサと羽ばたくのかと思っていたが、スザクは驚くほどスムーズに浮き上がった。
「なんで羽ばたかなくても飛べるんだ?」
「私は火を自由に操れるので、上昇気流を作り出してるんですよ~」
「ああ、そういうこと……」
呆れるほどの特殊能力である。
上昇後もけっこうな速さで飛んだが、風当たりがきつかったので少し緩めてもらった。
体感的には時速60キロぐらいか。
俺たちがまず目指したのは、アヤメの故郷だった。
一応、鬼神を封印する手がかりを探しにいった形なので、その報告のためだ。
想像以上に早く戻った俺たちを見て、ハスノが驚いていた。
彼女には、南の遺跡で鬼神に対抗する力を手に入れたことを話し、引き続き他の遺跡を調査することを伝えた。
あまり詳細を話さなかったので訝しそうにはしていたが、結局俺たちを信じて送り出してくれた。
こうして報告を済ませた俺たちは、次に西の遺跡を目指した。
そこは南の遺跡から北へ300キロ以上も行ったところだ。
南の遺跡が日本でいう茶臼山辺りだとすると、西の遺跡は乗鞍岳の辺りになるだろうか。
ほぼ半日も飛び続けると、ようやく新たなピラミッドが見えてきた。
ピラミッドのすぐ近くに着陸して、体をほぐす。
「あー、やっと地面に降りられた。スザクには悪いけど、揺られっぱなしってのもけっこう辛いんだよな」
「お疲れさまで~す、主様」
「スザクの方こそお疲れ。ところで、ビャッコ戦には参加できるんだっけ?」
「残念ながら、四神相手に本来の力は使えないのですよ~。なのでいつもどおり、上空から管制しますね~」
「そっか。よろしく頼むよ。ところで、スザクの力が増したのなら、アヤメは変わってないのかな?」
ついでに気になっていたことを聞いてみた。
「そうですね~。アヤメの能力しだいですが、それなりに火魔法が使えるかもしれませんね~」
「えっ、どういうことですか?」
「だからさ、スザクの本来の力が解放されたことで俺やアヤメにも、強力な火魔法が使えるようになってるはずなんだ。俺は魔導銃を使うから別として、アヤメには火魔法を習得してもらいたいな」
「え……私にできるかな?」
「そんなに心配するなって。とりあえず昼飯を食ってから練習してみよう」
ちょうど昼時だったので、まずは飯を食いながらビャッコ戦の相談をした。
その後、スザクがアヤメに火魔法を指導する横で、俺たちもめいめいに鍛錬をする。
「さて、いよいよ遺跡に入るから、気を引き締めてな」
「「はいっ」」
ある程度、アヤメの魔法に目途がついたところで、いよいよ遺跡に挑むことにした。
昨日と同じように扉に魔力を流し込んでやると入り口が開き、順番に足を踏み入れる。
ちなみに、今回俺が持っていく銃は”パンター”だ。
ビャッコは素早さが身上の猛獣タイプらしいので、”ティーガー”は使いにくいだろうと考えてのことだ。
やがてらせん階段を下りきると、また広大な空間にたどり着いた。
全員が入ると扉が閉まり、部屋が明るくなる。
すると目の前に現れた広大な空間の中央に白っぽいもやが発生し、それが徐々に何かの形を取り始めた。
やがてそれは、牛ほどの大きさの白い虎になる。
「ゴウワァァーーーッ」
腹に響くような豪吼によって、戦いの火ぶたが切られた。
それを合図に、前衛陣が白虎に向けて駆けだす。
俺の方もパンターを構える横で、アヤメは火魔法を行使する。
「火弾!」
わずかな集中の後、頭上に掲げた右手の上にバレーボール大の火球が発生すると、それが白虎に向けて放たれる。
とはいえ、それほど速くないので、躱される前に俺が銃で牽制した。
しかし立射姿勢で放たれた石英弾は、白虎に当たる直前で何かに弾かれた。
さらに遅れて到達した火球も、見えない壁のようなものに阻まれてしまう。
ここでようやく白虎に接近したホシカゲが双聖剣で斬りつける。
しかし白虎はこれを余裕で躱してみせ、攻撃が空を切った。
続くヨシツネ、トモエ、ベンケイも攻撃を開始するが、なかなか当たらない。
白虎の動きが素早いのと、見えない何かに攻撃が弾かれているせいだ。
なかなか攻撃が通じずに焦りを感じ始めた頃、スザクから念話が入った。
(どうやら白虎は風の鎧と、先読みの力を使っているようですね~。今から私が指示するとおりに動いてもらえますか~)
(先読みなんか使われたら、どうしようもないんじゃね?)
(せいぜい2人ぐらいしか読めないので、協力すれば倒せますよ~)
(そういうことか。よし、これからはスザクの指示に従って攻撃だ)
((了解))
それからスザクの指示で全員が連携する、完全管制攻撃が始まった。
俺とアヤメはちょこちょこと位置を変えながら、銃と魔法を撃つ。
ヨシツネたち前衛陣も連携して、複数の方向から同時に攻撃する。
最初はタイミングがずれがちだった連携も、徐々に精度が上がり、白虎に通じるようになってきた。
やがて俺の弾丸が白虎の右目を潰すと、一気に趨勢が傾いた。
前衛4人が連携して、白虎の足を1本1本奪っていく。
最後はほとんど動けなくなった白虎にヨシツネがとどめを刺し、勝敗が決した。
「やったぜ、ヨシツネ!」
「ハッ、ハッ、ハッ……ようやく、終わり、ました」
「ブハーッ……スザク殿の、指示どおりに、動くのは、しんどかった、ですな」
それまで動きっぱなしだった前衛陣が、その場にへたり込む。
そんな彼らを労う俺の肩に、スザクが下りてきた。
「キャハハッ、ご苦労さまで~す。なんとか白虎も倒せましたね~」
「うん、みんな頑張ってくれたからな……それにしても、スザクの管制能力、前より凄くなってないか?」
「はい~、主様。直接戦闘には関われなくても、能力が上昇しているようですね~」
「やっぱりね。本当によくやってくれたよ、スザク」
そんな話をしていたら、ふいに白虎の遺体が光に包まれた。
やがて光が治まると無傷の白虎が現れ、おもむろに立ち上がる。
ちょっとだけ警戒したが、白虎は敵対するでもなく、ただ自分の体を確認しているようだった。
やがて気が済んだのか、俺に顔を向けて喋りだす。
「あんたが新しい主人か? なんか頼りなさそうだなぁ、スザク」
「相変わらず口が悪いですね~、ビャッコ。しかし、あなたも仕えるうちに主様の偉大さが分かると思いますよ~」
「アハハッ、俺が主人になるタツマだ。少し頼りなく見えるかもしれないけど、これからよろしくな」
「ケッ、別に使役されてるからって、心まで売るつもりはねえからな。覚えとけよ、タツマ」
「貴様、無礼ではないか!」
荒っぽい口調で話すビャッコに、ヨシツネが激昂した。
俺は気にならなかったので、彼を制止する。
「まあまあ、ヨシツネ。俺は気にしないから。むしろ気安く接してもらった方がいいよ」
「ヘッ、ちったあ話が分かるようじゃねーか。ちょっと神に選ばれたからって、あまり調子に乗るんじゃねーぞ」
「貴様ぁ、まだ言うか!」
さらなる減らず口に、ヨシツネがまた怒る。
しかし俺は、ビャッコの尻尾が嬉しそうに揺れているのを見逃さなかった。
使役リンクからも、彼の機嫌が悪くない雰囲気が伝わってくる。
長い間封印されてたもんだから、久しぶりのやり取りを楽しんでいるのかもしれないな。
ビャッコを従えて外へ出ると、もう夕暮れ前だったので、その場で野営することにした。
俺はビャッコに肉を食いたいとせがまれたので、ホシカゲと一緒に魔物を狩ってきた。
マッドボアを丸々1匹与えてやると、凄い勢いで食い始める。
「ゴアアッ、バリボリバリボリ……クハーッ、久しぶりの肉はうめーな。ハグッハグッ」
「ハハハッ、いい食いっぷりだな。それにしても、ビャッコはどれくらい封印されてたんだ?」
「ん? 知らねーな、スザクは分かるか?」
「そうですね~。だいたい2千年ぐらいじゃないですか~」
「2千年か……そういえば、なんでスザクたちは封印されてたんだっけ?」
「神々がこの地を去る際、この魔境を守るための封印として残されたのですよ~」
「魔境を守るって、どういうこと?」
「遺跡に囲まれた地域の魔素が濃くなるようにして、魔物以外は立ち入れないようにしたんですね~」
「それは、人系の種族をこの地から遠ざけたってことかな?」
「そうですね~。しかし、このまま四神を全て解放すれば、この魔境にも人が住めるようになりますよ~」
詳しく聞くと、四神が解放されればこの魔境の中央部分の魔素が薄まり、強力な魔物は外縁部や山岳地帯へ移動するらしい。
つまり、四方を天然の要害と魔物に囲まれた、豊かな大地が生まれることになる。
そして四神を従える者は、その地を自由にすることができるそうだ。
それはまるで、俺に国を作れと言ってるようにも聞こえる。
しかし、仮に国を作ったとして、俺は一体何をすればいいのだろうか?