6.初テイム
微妙な火魔法を使えるようになってから1週間、俺は薬草採取のかたわら魔法の練習を続けた。
もちろん夜は瞑想をして魔力を増やしてる。
特殊な呼吸法と精神集中を駆使することで、俺の体内魔力量は大きく増大した。
当初比10倍ってところか?
おかげで最初はライター程度だった炎は、焚き火レベルにまで成長した。
まあ、1分くらいで燃え尽きるけどな。
そんなある日、スザクから新たな魔法の存在を告げられる。
「無属性魔法?」
「はい、主様。地水火風聖闇の属性を帯びず、物理的な効果を及ぼす魔法のことで~す」
「へー、そんなのがあるんだ。でも、それってどうやって使うの?」
「無属性魔法だけで物理的なダメージを与えるやり方と、他の属性と組み合わせるやり方がありますね~」
スザクに指摘されるまでもなく、今の俺の火魔法は攻撃に使えない。
敵が目の前にいれば多少は焼くぐらいできるのだが、それでは俺も攻撃されてしまう。
しかし、それに無属性魔法を組み合わせれば、遠距離攻撃もできるんじゃないかって提案だ。
「例えば無属性魔法で弾を造り、それに火属性を付与することで、アッチッチな弾が作れるのですよ~」
アッチッチな弾ってなんだよ?
なんとなく分かるけどさ。
「なるほど。どうすればその無属性ってのは使えるんだ?」
「まずは体内の魔力を使役紋からひねり出すイメージを描いてくださ~い。イメージが明確であれば石のように硬くもできますし、ちょっとした爆発も起こせるはずですよ~」
「それって、銃みたいなことができるってことだよな?」
「そのとおりで~す。主様は銃を撃ったことがおありですか~?」
「ああ、海外旅行した時に撃ったぞ」
昔、アメリカに旅行した時に、22口径からライフルまでいろいろと撃つ機会があった。
デザートイーグルっていう大口径マグナム銃を撃った時は、銃口が跳ね上がってびっくりしたもんだ。
ああいうのを参考にすればいいんだな。
それじゃあ、ちょっとやってみよう。
まずはパチンコ玉みたいな弾をイメージして、使役紋から発現させてみる。
「ふんむ~!…………ありゃ、パチンコ玉どころか豆腐みたいな玉にしかならないな」
「キャハハッ、そんなに最初から上手くいくわけないのですよ~。でも、主様は地球の記憶があるだけ有利なので~す。いろいろと試行錯誤すればいいのですよ~」
「それもそうか。よし、迷宮目指して頑張るぞ」
そう思ってしばらく練習していたのだが、現実はそんなに甘くなかった。
いろいろ工夫してみても、一向にまともな攻撃魔法にならないのだ。
パチンコ玉どころか、ピンポン玉みたいなものしかできないし、勢いもしょぼい。
「だあーーっ! なんでだよ、スザクぅーーっ」
「キャハハハハハッ、自分の無能を人のせいにしないでくださ~い。主様には才能がないんじゃないですか~」
「グハッ……スザクの言葉が俺の心をえぐる…………チェッ、今日はやめだ、やめ」
俺は気分転換も兼ねて、薬草採取に取り掛かった。
しばらく頭を空にして薬草を採っていたら、かなりいい時間になっていた。
そろそろ帰らないと、夕暮れまでに町へ戻れない。
そこで帰り支度を始めたら、妙な気配を感じた。
慌てて周囲を見回してみると、黒い影がいくつか目に入る。
「やっべ。闇狼だよ」
ダークウルフってのは狼型の魔物だ。
一説には野生の狼が魔素に影響されて、身も心も闇に落ちたんだとか。
名前のとおり黒々とした毛皮と、狂暴な性質を持っている。
普段は森の奥深くに住んでいて遭わないのだが、今回は俺が深入りし過ぎたらしい。
ムシャクシャして、注意が散漫になっていたようだ。
「どどど、どーしよう、スザクぅ?」
「落ち着いてください、主様~……とりあえず使えない火魔法で威嚇してみてはどうですか~?」
「使えないとは、失敬なっ!……だけどそうだな。無理に倒す必要はないんだ」
俺は気を取り直して左手を前にかざし、火魔法を使おうとした。
すると3匹のダークウルフが姿を現し、ウーッと唸りながら近づいてくる。
はっきり言って、メチャクチャ怖い。
ションベンちびりそう。
そんな俺の気持ちを見抜いたのか、一番近くにいた狼が俺に飛びかかってきた。
ふいの攻撃に驚いた俺はそのまま後ろに転倒し、かばうように出した右腕に狼が噛みついた。
皮の上着越しに牙が腕に食い込み、振り回される。
「ウワアーーーッ!」
噛まれた腕の痛みと、凶悪な狼の形相を間近に見たことで、俺の中で何かがキレた。
夢中で左手を狼の頭に向け、何かを放つ。
「キャインッ」
不思議なことに、ダークウルフはそれだけで悲鳴を上げて吹っ飛んでいった。
俺はなんとか上体を起こしてみると、今度は残りの2匹が向かってくる。
「ウワーッ、来るな、来るなーっ!」
喚きながら、またもや左手から何かを放つ。
幸いにも、その内の何発かが当たって狼が吹っ飛んだ。
すぐに起き上がって威嚇してきたので、さらに何かを放ってやると、やがて狼どもは諦めて立ち去っていった。
しばらく息を整えながら周囲の様子を窺っていると、ようやく危機を脱したことを実感する。
厳密に言うと、まだ1匹がすぐ近くで気絶してるんだけどね。
胸が動いているから、まだ生きてはいるんだろう。
とりあえず俺は革の上着を脱ぎ、噛み付かれた右腕の状態を確認した。
そこにはくっきりと歯型が残り、今もズキズキと俺を苛んでいる。
震える手でリュックから治癒ポーションを取り出してフタを開けると、ポーションを右腕にすり込んだ。
するとすぐに血が止まり、痛みがスーッと引いていく。
ようやく気分が落ち着いた俺は、近くの木にもたれかかって休息を取った。
スザクが話しかけてくる。
「大丈夫ですか~? 主様。なんとか切り抜けられましたね~」
「ああ、必死で抵抗したら、なんか逃げてったよ」
「さすが、主様。さっきのが無属性魔法による攻撃ですよ~」
「ああ、あれがそうなのか……また撃てるかな?」
俺は自分の左手を見つめながら、ぼんやりと考えた。
「ところで主様、あのダークウルフはどうされるのですか~? 毛皮を持ち帰ればそれなりの値段で売れますよ~」
「そうだな……でもあれって、俺の使役獣にできないかな? 上手くいけば戦力になるだろ」
「そうですね~。でも、完全に屈服させるか、懐かせるかしないと使役契約は成立しないと思いますよ~」
「そうなのか?」
立ち上がってダークウルフに近寄ると、そいつは目を覚まして唸り声を上げ始めた。
牙をむいて俺を威嚇してくる。
「シーッ、俺は敵じゃないぞ、敵じゃないからな。よし、今からケガを治してやろう。だからおとなしくするんだぞ。ほーら、大丈夫だ」
そいつは俺の攻撃を眉間に受けたらしく、額に血が滲んでいた。
俺は必死で狼を宥めながら、治癒ポーションをその額の傷に塗ってやった。
すると痛みが治まってきたのか、狼はおとなしくなる。
やがて、そいつが俺の手を舐め始めた。
「よしよし、お前、俺の使役獣になるか?」
「クウーン」
「……さすがは主様。これだけでダークウルフを手なずけるなんて、とんでもない魔物たらしですね~」
「そこはもっと素直に褒めてもいいんじゃないかな?、君……それで、契約はどうやってすればいいんだ?」
「左手を対象の頭にかざして、『契約』と唱えてくださ~い。相手が了承すれば、契約が完了しますよ~」
言われたとおりにすると、ふいに誰かの声が頭の中に響いた。
(わふっ、手当て感謝します、ご主人様。これからよろしくです)
「うおっ、なんか頭の中に声が」
「キャハハッ、さすがですね~、主様。契約によって聖獣化したようですよ~」
「これって、珍しいのか?」
「当然ですよ~。普通の魔物は、使役契約ごときで言葉を覚えたりはしません。激レアですよ~」
(わふっ、激レアですか。頑張るのです)
こうして俺は九死に一生を得ると同時に、聖獣をもう1匹手に入れたのだった。。