58.反乱終結
反乱の張本人 カエデを追って家に侵入したら、奴が鬼神か何かを呼び出しやがった。
その圧倒的な力の前に俺は敗北寸前だったのだが、なぜか生き残る。
そして目の前の床には、スザクが死んだように横たわっていた。
「スザク!」
すぐに駆け寄り、そっとスザクを手のひらに抱えると、まだぬくもりがあった。
さらによく見てみるとかすかに動いているので、死んではいないようだ。
「ササミ、治癒魔法を掛けてもらえるか?」
「はい、やってみます」
ササミがスザクに手を当て、治癒魔法を行使するとスザクが光に包まれた。
しばらく続けていると、ようやくスザクが意識を回復した。
「ウウッ、ここは……ああ、主様。ご無事でしたか~?」
「ちょっと体がだるいけど、なんとかね」
「そうですか~……お手数ですが、主様の魔力を分けてもらえますか~」
「ん? 治癒魔法よりそっちのがいいのか……これでどうだ?」
「……あ~、生き返るのです~」
しばらく左手の使役紋から魔力を放出してやると、スザクが起き上がれるほど元気になった。
その間にササミがアヤメの手当てをし、ベンケイもやってきた。
「ここにいましたか、タツマ様。人質の解放も済みましたぞ」
「そっか。ありがとう……それにしても、さっきは何が起こったんだ? スザク」
「フーーーッ……残念ながら、鬼神シュテンが召喚されてしまいました。奴が主様を殺そうとしたので、最後の手段で撃退したのですよ~」
「最後の手段って何?」
「内緒ですよ~……それよりも私はシュテンを撃退しただけで、封印できたわけではありません。つまり、シュテンがこの世界に災厄を振りまく可能性が高いのですよ~」
「災厄って、そんなにヤバいものなのか?」
「激ヤバですよ~」
いつもはおちゃらけ気味のスザクが、真剣そうに言う。
これは本当にヤバいことなんだろう。
「分かった。この村の人たちも入れて、対策を話し合おう。アヤメ、後でいいから話し合いの場を設けてくれ」
「は、はい、分かりました」
その後はアヤメとちゃんんの涙の対面やら、戦闘の後片付けやらで夜中まで忙殺された。
みんなクタクタだったので、翌日に話し合いをすることにして眠りに就く。
翌日、朝食の後に主立った者を集めてもらい、話し合いをした。
アヤメの母親のハスノが、優しく微笑みながら俺と向かい合っている。
彼女はアヤメより少しふっくらした感じの、たおやかなEカップ美熟女だ。
アヤメもこんな風になるのなら、将来が楽しみかもしれない。
「タツマさん、昨日はこの村を救っていただき、本当にありがとうございました。改めて住人一同、感謝を申し上げます」
「いいえ、少しでも役に立てたなら幸いです。しかし、鬼神の召喚を阻止できなかったのが、返す返すも残念です」
その言葉にヒデサトが反応する。
「それですが、本当に鬼神シュテンが解き放たれたんでしょうか? そんなものは、伝説上の存在だと思っていましたが」
「カエデが祭壇から取り出した人形を壊し、”出でよシュテン”とか言いながら、自分の血を掛けたんです。するとそこから禍々しい何かが湧き出して、彼女と一体化しました。辛うじて撃退はしたものの、カエデには逃げられています。たぶんこのままだと、何か大きな災厄を巻き起こすよう動く可能性が高いですよ」
「私も祭壇を確認したら、ご神体の下から何か取り出された形跡がありました。でも、私も知らないような仕組みを、なぜカエデは知っていたのかしら……」
ハスノが俺の説明を補足しつつも、考え込む。
歴代の巫女でも知らなかった秘密を、どうやってカエデは知ったのか?
ここでゴクウが姿を現し、口を挟んだ。
「たぶん、カエデは鬼神に魅入られたんだよ」
「な、なんだ、サルか?」
急に現れたゴクウに村人が動揺したので、慌ててアヤメが説明する。
「みんな落ち着いて。彼はお母さんが私に封じた闇精霊のゴクウです。タツマさんのおかげで封印が解けたので、私が契約しました」
「そういうこと……それであなたはここへ戻ってこれたのね」
「どういうことだ? ハスノ」
ハスノが独りで納得していると、ヒデサトが説明を求める。
「封印の解除条件は、アヤメを守るに足る味方を見つけることだったの。味方がいれば、むやみに精霊を奪われることもないと思って。でも、なぜその子は実体化しているのかしら?」
「えーっと、タツマさんがゴクウって名前を付けたら、私の魔力を吸って実体化しました」
アヤメが自信なさげにそう答えると、また村人たちがざわめく。
「歴代の巫女には一度も起こらなかった現象だ。一体何が……」
「本当に闇精霊なのか?」
どうやら珍しいことのようだが、ちょっと話がそれてきたので引き戻す。
「ゴホン。それでゴクウ、鬼神に魅入られるとはどういうことだ?」
「ああ、おそらくあの鬼神は大昔に封印されて、祭壇に隠されていたんだと思う。だけど徐々にその封印が弱まって、奴の力が漏れたんだろう。そして身近で特に欲望の強いカエデが、その力に引き寄せられたんじゃないかな」
「そういうことか……それならカエデたちの反乱にも納得がいく」
「何が納得なんですか?」
今度はヒデサトが納得していたので、俺が聞いた。
「2ヶ月前に反乱が起きた時の手際と、その後の統制が良すぎたんですよ。しかし、鬼神がカエデを裏から操っていたのなら、ある程度は説明がつく」
「なるほど……しかしなんで昨日が儀式だったんですかね? もっと早くやっていれば、俺たちの邪魔も入らなかったろうに」
「昨日はちょうど厄払いの日でした。その日に生贄を捧げるのが、最も効率的に鬼神を復活できたんでしょう」
俺の疑問に答えたのはハスノだ。
「ということは、生贄を阻止した分だけ、鬼神の復活は不完全になってる可能性があるのかな?」
「その可能性は大いにあります。それにしても、タツマさんはどうやってシュテンを退けたのですか?」
「えーっとですね。俺もよく分からないんですが、この兎人族のササミは聖属性の治癒魔法が使えます。だから不完全な鬼神がその力を恐れて逃げたんじゃないでしょうか」
「ふぇ。私何も、モガっ」
ササミが何もしていないと言いかけたので、口を塞いで黙らせた。
おかげでダークエルフたちが、ササミに感心した目を向ける。
「いずれにしろ、鬼神を封じる手段とか考えないといけないと思うんですが、何か手がかりはないですかね?」
「……たしか、我が家に伝わる古文書に鬼神に関する記述があったと思います。少し調べるので時間をください」
「分かりました。人質から解放されたばかりで申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
「いいえ、私どもにとっても他人事ではないので、すぐに取りかかります」
ハスノが古文書を調べることになったので、その場は解散になった。
その後は昨日の戦闘の後片付けに取りかかる。
昨日の戦闘では、反乱軍の多くが死ぬか大ケガを負っていた。
マサカドをヨシツネがぶっ殺したので何人かは降伏したが、そいつらは村を追放になるようだ。
一方、俺と一緒に戦ってくれたダークウルフにも被害が出ていた。
20匹の中で3匹が死に、10匹がケガを負っている。
ケガの方はササミの治癒魔法で治してやったが、死んだ者は戻らない。
遺骸を丁寧に埋葬し、残った奴らには魔物を食わせてやると、ようやく落ち着いた。
それにしても、今回のホシカゲの統制は見事なものだった。
ダークウルフたちは、敵だけを襲い、味方には傷ひとつ付けなかったのだ。
いくらホシカゲが強いとはいえ、あんなにしっかり統制できるものなんだろうか。
聖獣、特に俺に使役される存在は、何か特別な力があるのかもしれない。
翌々日になって、ハスノから古文書の調査報告があった。
「お待たせしてごめんなさい。調べる資料が多かったものだから」
「いえいえ、こちらこそ無理をさせてしまったみたいで」
調査に没頭していたハスノとアヤメは、いかにも寝不足のようだった。
おそらく寝る間も惜しんで調べてくれたのだろう。
「これくらい、あなたから受けた恩に比べれば軽いものよ。それで鬼神を封じる方法なんだけど、どうやら魔境の遺跡に手がかりがあるみたいなの」
「魔境に遺跡なんてあるんですか?」
「ええ、遥か昔に神々が残したと言われる遺跡があるわ。この辺だと、ここね」
そう言って古文書の地図を見せながら、遺跡の位置を示した。
そこは信濃の国、つまり現代の長野県の南端だった。
日本で言えば、茶臼山の辺りだろうか。
「この村からどれくらい掛かります?」
「1週間は掛かるでしょうね。なにせまともな道なんかないから」
「そうですか。けっこう遠いけど、行くしかないですね……分かりました。俺たちが行って調べてきますよ」
「お願いできるかしら。今の私たちにその余裕は無いの。まずは村を立て直さなきゃいけなくて」
「全然いいですよ。ところで、アヤメは置いていった方がいいですか?」
「そんな、タツマさん……」
この村の守護精霊と契約しているアヤメの力が、村の復興に必要ではないかと思ったのだが、アヤメは捨てられた犬のような顔をする。
しかし、そんな彼女の背中をハスノが押してくれた。
「いいえ、こっちはなんとかするから大丈夫よ。アヤメ、行ってらっしゃい」
「ありがとう、お母さん」
こうして俺たちは遺跡調査のため、さらに魔境の奥深くへ踏み込むことになった。