57.鬼神降臨
アヤメの母親を救出するために村へ侵入した俺たちだが、いつの間にか敵に囲まれていた。
普段ならあり得ない失態だが、索敵役のホシカゲを置いてきたのが裏目に出た。
「カ、カエデ! なぜだ、なぜこの襲撃がばれた?」
ヒデサトが敵の首魁に声を掛ける横で、仲間から男が1人抜け出して敵側に走った。
「ヒデサト、すまない。逆らうと家族を殺されてしまうんだ」
「サダモリ! お前が裏切ったのか。そんな馬鹿な……」
どうやら仲間だと思っていた奴が裏切ったらしい。
おそらく、ヒデサトの動向を探るため、以前から仕込まれていたんだろう。
しかし今はそんなことよりも、この場をなんとかせねばならない。
「あんたがカエデさんか? ずいぶんと手厚い歓迎だな」
「はんっ、誰だいあんた?」
「俺はタツマ。アヤメの仲間だ」
「アヤメの仲間ぁ?……そうかい、あんたがアヤメを連れてきてくれたんだね。あの子は私の姪っ子だからさ。礼を言うよ」
カエデがわざとらしく礼を言った。
さすが、アヤメの親類というだけあって見た目は悪くないんだが、性格の悪さが顔に出ている。
なんというか、人を小馬鹿にしたような態度が鼻につく、そんな奴だ。
そんなカエデに、アヤメが問いかける。
「お母さんは、お母さんは無事なの?」
「ああ、元気さ。死ぬ前にあんたの顔を見れて、さぞかし喜ぶだろうよ」
「死ぬって、鬼神を召喚するための生贄にするんでしょ? あなた、正気なの?」
「おやおや、どこからそんなことを探り出したんだい? これはちょっと、ネズミをあぶりだす必要があるようだねぇ」
カエデが残忍に笑うと、周りの何人かが怯んだ。
さらにその声に応えるように、ある男が前に出た。
「ああ、この際だから、逆らう奴らはまとめてぶっ殺しちまうか」
でかい男だった。
普通、エルフ系は男でも細身でなよっとした体格なのに、目の前のダークエルフはまるでゴリラみたいだ。
190センチはありそうな長身に、はちきれんばかりの筋肉をまとっている。
おそらく、こいつがマサカドだろう。
「あんたがマサカドさんだろ?」
「ああ、そうだ。抵抗しなければ、命だけは助けてやるぞ。もちろん奴隷としてだがな」
「ハハッ、あんたごときに膝を屈するわけにはいかないな」
「なんだとぅ、小僧!」
マサカドが殺気丸出しで睨んできた。
何あのゴリラ、ちょー怖いんですけど。
しかしそんなことはおくびにも出さず、啖呵を切った。
「子供相手に凄んでんじゃねーぞ、ゴリラ。あの世に送ってやらぁ!」
「ぶっ殺すっ!」
親指を下に向けたキルサインであおってやったら、意図は伝わったらしい。
奴が剣を抜き、今にも斬りかかろうかというその時、狼の遠吠えが鳴り響いた。
「アオォォォォォーーン」
「「「ウォンウォンウォーーーーン」」」
遠吠えの後に多数の狼の気配が加わり、やがて20匹を超えるダークウルフがその場になだれ込んできた。
もちろん先頭はホシカゲだ。
さっき囲まれた時に、念話で突入を指示しておいた結果だ。
「な、なんでダークウルフがっ!」
「うわ、うわー、寄るなー!」
「グオッ、ちくしょうっ、やられたぁ」
周りを囲んでいた集団が一気に混乱に陥り、俺たちも戦闘に突入する。
「ヨシツネはあのゴリラを頼む。他はカエデを拘束するぞ」
「了解しました」
「お、おう!」
でかい剣を振り回して迫ってきたマサカドを、ヨシツネが迎え撃つ。
どちらも1歩も退かず、凄まじい剣戟が始まった。
さすが戦士団を束ねるだけあって、マサカドは強い。
迷宮で鍛え上げた天才剣士のヨシツネと、互角の戦いを繰り広げている。
しかし、しょせんはゴリラ、いずれ地力の差が出てくるだろう。
そっちはヨシツネに任せ、俺はカエデの拘束に動いた。
しかし彼女は現場が混乱するとすぐに、アヤメの家に逃げ込んじまった。
俺もすぐに後を追おうとしたものの、周りの護衛たちに阻まれ取り逃がしてしまう。
それでもなんとか護衛を蹴散らして家の中に侵入すると、奥の方から物音が聞こえてきた。
「アヤメ、この先には何があるんだ?」
「この先には、この村の守護精霊を祀った祭壇があります」
「すぐに案内してくれ」
「は、はい、こっちです」
アヤメに付いていくと、案の定カエデがいた。
なにやら祭壇をゴソゴソ漁ってやがる。
「おい、観念しな、オバサン。こっち向けよ」
「うるさいっ、私はまだピチピチの40歳だよ!……あった、これだ」
口答えしながらも祭壇を漁っていたカエデが、何かを手に取って振り返った。
素焼きの人形みたいな代物だ。
「クックック、とんだ邪魔のおかげで、大幅に予定が狂っちまった。ほんとは姉さんを生贄にするつもりだったのにねぇ」
「それなら、諦めて無駄な抵抗はやめろ」
「嫌だね。こうなったらイチかバチか、命を懸けてやろうじゃないか。出でよ、シュテン!」
そう言いながら、彼女は人形を床に叩き付けた。
パキャンッという音を立てて人形が砕ける。
さらにカエデは右手に持った短剣で左手首を切り、ビシャビシャとそこへ血を降りかけた。
その異様な光景に、止めるのも忘れて見入っていたら、やがて人形の残骸から何か黒いものが浮かび上がった。
それはカエデの体を包み込んだ瞬間に消え、彼女がその場に昏倒する。
しばらく様子を窺ってからカエデを拘束しようとしたら、彼女が再び動いた。
そしておもむろに立ち上がり、自分の体を確認するような仕種をする。
「ふむ、どうやら成功したみたいだね」
自分の手をニギニギしながら、そう呟いた。
「なんに成功したって?」
そう問いかけると、奴がこちらを向きながら右手を突き出す。
「ああ、まだいたのかい……目ざわりだから失せなっ!」
「ご主人様っ!」
カエデの手から何か禍々しい力が放たれるのを見て、ササミが俺を突き飛ばした。
おかげで直撃は免れたが、その余波だけで俺とササミは部屋の壁に叩き付けられる。
「ぐ、ぐうぅ、何が起こった……」
見ると、アヤメも一緒に弾き飛ばされ、呻いている。
「おや、かすっただけとはいえ、みんな生きてるじゃないか……さては何かに守られているね? だけど、これでおしまいさっ!」
カエデが再び黒い何かを俺に放った。
体がしびれて全く動けない俺は、まともにくらうのを覚悟した。
しかし次の瞬間、ふいに七色の光が現れて黒いのを弾き返した。
それを見たカエデが、明らかに動揺する。
「お、お前はまさか、アマテラスの……ぐうっ、まだこの体では対抗できないか。この決着はいずれつけてやる」
何かそんなことを口走っていた気がするが、俺は意識を保つことができず、そのまま気を失った。
「ご主人様っ、ご主人様ぁ」
誰かに体をゆすられ、ふいに意識を取り戻した。
「……さ、ササミ……どうなったんだ?」
「あ~、やっと起きてくれたぁ、ごじゅじんざばー。ひ~ん」
ササミが泣きながら俺に抱き着く。
仕方ないので、しばらくそのままにしていたら、ドヤドヤと誰かが歩いてきた。
「タツマ様、タツマ様っ!」
「ヨシツネ、ここだっ!」
すぐに彼が姿を現し、俺を見て安堵する。
「ああ、無事でしたか、タツマ様。外はほぼ片付きました。我々の勝利です」
「そうか……ところで、カエデの姿を見なかったか?」
「いいえ、タツマ様が討ち取ったとばかり思っていたのですが……」
「いや、俺は彼女の攻撃をくらって気絶してたんだ。誰かが守ってくれたみたいなんだけど……」
そう言いながら辺りを見回すと、緑色の何かが床の上に落ちていた。
「スザク!」