55.奥地へ
見事、ヨシツネの冤罪を晴らしてから2日間は、彼の故郷で過ごしていた。
すでにヨシツネが俺に付いてくることは決まっていたが、彼なりに付き合いもある。
昔なじみに挨拶して回るだけでも、それなりに時間が掛かるのだ。
しかし、彼と最も仲の良かった者は今、奴隷として外にいる。
ヨシトモが人族に使いをやって取り戻す努力をするようだが、正直難しいだろう。
そうそう人族が、獣人のために骨を折ってくれるとも思えない。
ちなみにヨシツネの元婚約者とは、軽く言葉を交わしただけで終わったそうだ。
ヨシツネからすれば家の決めた婚約なので、それほど情もなかったんだと。
なので、”これからはお互い自由に生きていきましょう”と彼が言ったら、彼女は泣きながら走り去ったそうだ。
鈍すぎるだろう、ヨシツネ。
そして明日に出発を控えた夜、ヨシツネ一家と最後の晩餐を共にした。
「事件から2日経って、ようやく村も落ち着いてきました」
「お疲れ様です、ヨシトモさん。まあ、大事件だったから仕方ありませんね」
「全ては私の不徳ゆえです。それにしても、とうとう行ってしまわれますか」
「ええ、今度はアヤメを故郷に帰してやらないといけませんから」
「ダークエルフ族の村ですね。付き合いがないので状況は分かりませんが、上手くいくとよいですね」
「ええ。その前にササミも送り届けなきゃいけないけど」
そう言って彼女に目をやると、ササミは絶賛食事中だった。
相変わらず肉食系だ。
「ふぇ? モグモグ、プハァ……私はこれからもず~っと、ご主人様についていきますよぅ!」
「いや、お前もう奴隷じゃないんだからさ」
実はこの村の呪術師に頼んで、ササミの奴隷契約は解除してもらってある。
彼女は借金奴隷なので、主人の同意があれば、わりと簡単に解除できるのだ。
しかし、奴隷紋が無くなってもなお、彼女は俺をご主人様と呼び、付いてこようとする。
「ハハハッ、そう無理に帰す必要もないでしょう。しばらく一緒に行動してもよいのではないですかな」
「そ、それなら私も一緒に行きます!」
ベンケイがササミの同行に賛成すると、今度はアヤメも付いてくると言いだした。
「さすがタツマ殿。おなごにもてますな」
「うーん、なんか違うような気がする」
納得できない気持ちを抱えながらも、いろいろ話をしていたら人族の話になった。
「この間も言ってましたけど、けっこうきな臭いんですか?」
「ええ、以前にも増して、人族による税の取り立てや人さらいが増えています。我らはまだ力があるので、いくらかの税を出すだけで済んでいますが、他の村では人さらいや焼き討ちが横行しているようです。かといって魔境の奥に逃げようにも、今度は魔物の圧力にさらされる。このままでは遠からず、獣人種や妖精種は居場所を失うかもしれません」
「ひどい話だ……なんでそんなことになるんでしょう?」
「戦争をするために重税を取り立て、その不満を亜人に向けさせているのですよ。国だけでなく、宗教もそれを後押ししているから、質が悪い」
「……他の国には行くとかは、できないんですか?」
その問いに、ヨシトモが悩ましそうに首を横に振る。
「やはり生まれ育った地は離れがたいですし、他の国も似たようなものだという話です」
「そうなんですか……」
「そうですよ。ご主人様ほど亜人に優しい人なんていないんですから。だから私を見捨てないでくださいね」
「俺に寄生する気満々だな、お前」
「アウッ」
なし崩しに俺に寄生しようとするササミの態度が気に障ったので、デコピンしてやった。
しかし治癒魔法使いは貴重なので、彼女が望むなら同行もやぶさかでない。
結局、アヤメにしろササミにしろ、一度故郷に送ってから考えることにした。
そして翌日、俺達はササミの村へ向けて旅立った。
目的の村はここから川沿いに歩いて2日ほどの所にあり、アヤメの故郷はさらに2日分ほど奥にあるらしい。
俺は歩きながらアヤメに聞いてみた。
「ダークエルフはそんな奥に住んでて大丈夫なの? 奥に行くほど強い魔物が出るんでしょ」
「はい、そうなんですけど、我々は精霊術で魔物が村に寄りつかないようにできます。それに隠形術にも長けているので、奥地でもなんとか暮らしていけるんです。まあ、奥地と言っても、まだまだ魔境の端っこですけど」
「ふーん、さすがは妖精種だね。それでも、人族の侵攻の影響は出てるんじゃない?」
何気なく聞いたら、アヤメがササミにはばかるように言葉を続けた。
「え、ええ。実は他の種族が奥に入り込んできたせいで、食料事情が悪化してるみたいなんです」
「ドヒーッ、そうだったんですかぁ?……でも、それでも、私達は奥に行くしかないんですぅ」
ササミが大きな瞳をうるうるさせながら訴える。
誰だって危険な奥地に行きたくはないが、人族の圧力で追いやられてるのだ。
その結果、木の実や動物などの食料資源が、不足しつつあるらしい。
ちなみに俺たちは魔物を狩ればいいので、食料には困っていない。
迷宮にいた狂暴猪がこの森にもいるので、よくお世話になっている。
ホシカゲが見つけた奴を、俺がパンターで仕留めるのが定番だ。
そして狩ってきた魔物は、素早く川に浸して冷却する。
よく血抜きうんぬんの話があるけど、獲物が血生臭くなるのは、死んだ後に体内で雑菌が発生するからなのだ。
だからその場で食べるとかでない限り、水に浸けたりして素早く温度を下げてやるのが肝要なんだって。
もちろん雑菌増殖の媒体になる血液を減らすのも有効だけど、完全に抜けるもんじゃないし。
おかげで今日も美味しくお肉をいただきました。
ササミもバリバリ食っていて、日に日にたくましくなりつつある。
こいつが俺に付いてくる最大の理由って、食い物に困らないことなんじゃないかと思うよ。
こうしてまずはササミの故郷に到着したものの、やはり彼女は俺に付いてくることになった。
家族は彼女の無事を喜んではくれたものの、受け入れる余裕がないと言われたからだ。
実際、彼ら兎人族は故郷を焼け出された後なので、生きてくだけで精一杯って感じだ。
結局、ササミは1晩だけ家族と過ごして、翌日また俺たちと一緒に旅立った。
俺と並んで歩きながら、ササミが嬉しそうに喋る。
「昨日、ご主人様にいただいたお肉、弟たちも大喜びで食べてました。本当にありがとうございますぅ」
「ああ、喜んでくれたなら何よりだ……しかしお前、本当に家族と別れてもいいのか?」
「だから言ってるじゃありませんか。ご主人様にご恩返しするまでは離れませんって。どうせ私が残っても負担が増えるだけで、大して役に立ちませんし」
あっけらかんとそう言ってのける。
まあ、ササミは治癒魔法が使えるし、戦士としても成長しつつあるから邪魔ではない。
しかし、せっかく家族に会えたのに、次の日に出てくるのもどうかと思ったのだ。
さらに歩くこと2日で、アヤメの故郷を遠目に眺める場所にたどり着いた。
他人に見つからないよう、しばらく監視しながらアヤメに尋ねる。
「アヤメ、村の状況はどんな感じだ?」
「うーん、見た感じ普通です。まるで反乱なんてなかったみたい」
「いいや、明らかに門を出入りする人間が少ない。たぶん、あのババアの一派が村を押さえ込んでるんだ」
「ゴクウ……お母さん、生きてるかな?」
「……」
アヤメの問いかけに、ゴクウは答えなかった。
唇を噛みしめて、村の方を睨みつけている。
アヤメの母親はツクヨミの巫女であり、村の指導者でもあった。
しかしその妹が権力を奪い取るため、2ヶ月ほど前に反乱を起こしたのだ。
反乱軍に囲まれた母親が、ゴクウをアヤメに封じ込めてから村の外に逃がしたものの、よそへ逃げる途中でアヤメは奴隷狩りに捕まった。
そしてカザキで売られていたところを、俺に買われた形になる。
その状況を聞く限り、アヤメの母親が生きている可能性はかなり低いと思う。
「今ここでそれを考えても仕方ない。村が反乱軍に押さえられてるなら、ゴクウに偵察してもらう必要があるな。俺たちは野営の場所を探そう」
「はい……」
村から少し離れた所に野営地を確保すると、準備をしながら夜を待った。
そして辺りが暗くなると、ゴクウが1人で村の内情を探りにいく。
現状で俺たちにできることはないので、黙って彼を送り出した。
その後、見張りを立てて眠っていたのだが、ふいに叩き起こされた。
「やべえよ、タツマ。あのババア、とんでもないこと考えてる!」