54.戦士の解放
俺たちはヨシツネの故郷に乗り込んで、彼の無実を訴えた。
普通なら取り合ってもらえないところを、ササミを聖女に仕立ててその権威を利用したのだ。
その目論見は図に当たり、ヨシツネの冤罪を調査する機会を得た。
「しかし、3年前のことを調べると言っても、どうするつもりだ?」
「とりあえず、ヨリトモさんとヤスヒラさんに話を聞かせてください」
「何を証拠に2人を疑う? いかに聖女様とて、過去のことまで見通せるものでもあるまい」
「それはそうです。しかし、以前からシノブさんとやり取りをしていて、お2人に話を聞きたいと思っていました。ヨシツネが消えたことによって、最も利益を得ていますからね」
シノブとは以前から手紙のやり取りをしていたことにしておいた。
さすがに、夜中に忍び込みましたなんて言えないからな。
「それはたしかにそうだが、だからといって犯人扱いはないだろう」
「もちろんです。だからあくまで参考人として、ですよ」
「ふむ……それでどうにかなるとも思えんがな。まあいい。お前ら、タツマ殿に付き合ってやれ」
ヨシトモが指示すると、ヨリトモとヤスヒラが渋々ながら前に出てきた。
「まずヤスヒラさんですが、あなたはヨシツネの許嫁だった方と結婚されてますね?」
「ああ、ハヅキはヨシツネの犯罪を知って傷ついてたから、いろいろと面倒を見てやったんだ。お互い独身だったから、なんの不思議も無い」
「ほー、ヨリトモさんと一緒に圧力を掛けたという噂もありますがねえ。村にいられなくなる、とまで言ったそうじゃないですか」
「デタラメだっ!」
この辺はシノブが集めた噂話に過ぎないのだが、どうやら本当のようだ。
青筋立てて怒るヤスヒラの影に隠れ、思考を探っているゴクウからも、それは事実だと報告があった。
「そうですか? 以前からあなたがハヅキさんに惚れてたのは、有名だったと聞きます。さぞかしヨシツネが邪魔だったんじゃないですかね?」
「そ、そんなことはない。ヨシツネとは古い付き合いで、あの時までは深く信頼していた」
「親友と言えるほどの仲だったようですね。しかし、それなら彼の部屋に出入りして、偽の証拠を仕込むのもたやすかったでしょう」
「ふざけるなっ! 殺すぞお前」
ヤスヒラがまた激昂して、今にも掴みかからんばかりの姿勢を見せる。
しかしここで、ヨシツネが言葉を挟んだ。
「ヤスヒラ。俺も信じたくなかったがお前、事件の前日に1人で俺の部屋に入ったな。たしか、本を貸してくれと言って」
「し、知らん。そんな覚えはない。罪を逃れるために嘘を言うんじゃない!」
「いや、たしか”獅子王伝”という読み物を借りていった。本に興味の無いお前にしては、珍しいと思った記憶がある」
「デタラメだっ! そんな本は知らん」
するとゴクウから念話が飛んできた。
(ビンゴだぜ、タツマ。その時に偽の証拠を仕込んで、ヨシツネをはめたんだ。しかも今でもその本、持ってるらしいぞ)
(やっぱりか。本は後で証拠に使おう。次はヨリトモの方を頼む)
ヤスヒラの尻尾は掴んだので、次はヨリトモに狙いを定める。
「ふむ、やはりヤスヒラさんには怪しい点がいくつもありますね。しかし、あなただけで全てできたはずはない。ヨシツネの反乱を未然に防いだのは、ヨリトモさんだそうですね。反乱に加担した者を尋問し、血判状を見つけたとか」
「そうだ。俺は村内の警備を担当していたからな。秩序を乱す者に目を光らせていた成果だ」
ドヤ顔でそう言ってのけるヨリトモに、ヨシツネが悲痛な声で反論した。
「違う。あの血判状は、狩り仲間の絆を示すだけのものだったんだ。しかもあれを持っていたナオイエは行方不明だ。どうやってあれを手に入れたんだ? 兄者」
「ふん、ナオイエがなにやらコソコソしていたから、問い詰めただけだ。あいにくと逃げられてしまったが、罪は明白よ。事実、お前の部屋からも手紙が出てきたではないか」
これは事前に聞いていた話だが、ヨシツネは仲の良い狩り仲間4人と一緒に、血判状を作ったそうだ。
別に内容は怪しいものではなく、”困った時は互いに助け合う”ぐらいのものだったらしい。
しかし、出てきた血判状には、ヨシツネを村長に担ぎ上げるという文が追記されていた。
さらにヨリトモがいきなりヨシツネを告発し、部屋を調査したら反乱を匂わす手紙と、毒が出てきた。
手紙はナオイエの筆跡で、父と兄を毒殺してヨシツネが政権を握れ、と示唆する内容だったらしい。
ぶっちゃけ、怪しさ満点の話だ。
陰謀の匂いがプンプンするが、当時はヨシツネの有罪が確定してしまう。
しかし未遂で済んだこともあり、通常なら死刑のところを奴隷落ちに減刑された。
ヨリトモは断固死刑を主張したらしいが、ヨシツネに衰弱の呪いを付けることで妥協したそうだ。
さてここで問題です。
ナオイエ君は今、どこにいるんでしょう?
「当時の状況を聞くと、誰かがナオイエさんを抱き込んで、偽装工作をした可能性がありますよね。ヨリトモさんは、本当に彼の行方を知らないんですか? 例えば、あなたがどこかで殺して埋めたとか」
「き、貴様、ケンカを売っているのか? 今ここで叩き斬るぞ!」
今度はヨリトモがブチ切れて立ち上がった。
今にも剣を抜きかねない表情だ。
しかし、すでに俺の目的は達していた。
「ヘッヘー、タツマの言うとおりだったぜ。こいつがナオイエを殺したんだ。埋まってる場所も判明した」
突然、ゴクウがヨリトモの影から浮かび上がり、真実をぶちまけた。
誰もそれに対応できずにいる間に、ゴクウはアヤメの肩の上に戻り、さらに言葉を続ける。
「控えよ。我はツクヨミの巫女と契約せし闇精霊ゴクウ。3年前にヨリトモとヤスヒラが結託し、ヨシツネに濡れ衣を着せた経緯は確認した」
「「や、闇精霊!」」
ゴクウの宣言にほとんどの者は困惑していたが、ヨリトモとヤスヒラはとうとう剣を抜いて斬りかかってきた。
「精霊だかなんだか知らんが、ぶっ殺すっ!」
しかしこちらもそれを見越していたので、ヨシツネとベンケイが迎え撃った。
さすがに帯剣は許されていなかったが、素手で押さえてるところへ、俺が3連射を撃ち込んだ。
足に石英弾をくらったヨリトモとヤスヒラが堪えきれずに転倒し、あっさりと押さえ込まれる。
「俺たちはこれ以上争うつもりはありません。今から彼らがヨシツネをはめた経緯と、その証拠を示すので、話を聞いてください」
「も、もちろんだ。3年前に何があったのか教えてくれ」
それから俺はヨリトモたちの謀略を、ゴクウの補足を交えながら説明した。
先に話を持ちかけたのは、ヤスヒラだったらしい。
どうしてもハヅキを諦められなかった彼は、ヨシツネの排除をヨリトモに持ちかけた。
ヨリトモも優秀な弟を苦々しく思っていたため、すぐに彼らは意気投合したようだ。
そしてヨシツネを罠にはめるため、彼と親しい者を味方に付けようと考えた。
ここで白羽の矢が立ったのが、ナオイエだ。
比較的貧しく、しかも頭が弱い彼を、ヨリトモは言葉巧みに取り込み、罠にはめるための証拠を準備させた。
こうしてできてきたのが、書き加えられた血判状と、ヨシツネへの手紙だ。
そしてヨリトモは村の外にナオイエを呼び出し、偽の証拠を奪い取ると同時に殺ししてしまう。
さらに手紙と毒をヤスヒラに仕込ませたうえで、ヨシツネを告発。
後は周知のごとくで、ヨシツネとその仲間は奴隷に落とされ、人族に売られたという顛末だ。
俺はヤスヒラがヨシツネから借りっぱなしの本の在り処と、ナオイエの死体が埋められている場所をヨシトモに伝えた。
すぐに彼の部下が走り、ヤスヒラの部屋から本が、村の外では白骨死体が見つかる。
当然、ヨリトモたちは顔を真っ赤にして謀略を否定したが、もう誰も信じる者はいない。
彼らの思考を読んだゴクウが、犯人以外に知るはずのない事実をどんどん開陳したのだから当然だ。
その翌日、集まった村の重鎮の前でヨリトモたちの罪が暴かれると、即座に死刑が決まった。
1人の命を奪い、無実の同胞を奴隷に落とさせたのだ。
それも当然だろう。
彼らはその日のうちに処刑されたそうだ。
一方、ヨシツネの方は正式に無罪を認められ、奴隷紋が解除された。
この村の呪術師の施術により、彼の背中から奴隷紋が消えた。
これで今まで首に付けていた奴隷の首輪も、おおっぴらに取ることができる。
それを見届けた両親が、静かにヨシツネと抱擁を交わしていた。
しかし次男が無実を勝ち取ったはいいが、長男は罪人として処刑されたばかり。
その心中は複雑だろうが、今後は仲良くやって欲しいものだ。
その晩、ヨシツネの実家でささやかな晩餐会が開かれた。
しかしヨリトモが処刑されたばかりなので、微妙な雰囲気だった。
そんな中、ヨシトモが改めて礼を言う。
「タツマ殿。今回はヨシツネの無実を晴らしていただき、本当に感謝します」
「はあ。しかし、その代わりにヨリトモさんを断罪することになってしまったのは、残念です」
「いいえ、奴は自業自得なのです。下手をすれば大罪人を村長にしていたのかと考えると、あなたには感謝しかありません」
そう言いながら頭を下げる男に、俺は掛ける言葉を思いつかなかった。
頭を上げたヨシトモが、今度はヨシツネに話しかける。
「ヨシツネはこれからどうする? 最近はこの辺もきな臭いから、お前には残って欲しいんだがな」
「……俺は、タツマ様に付いていきます」
「やはりそうか…………俺たちが許せないか?」
「そうじゃないっ!…………俺はまだ、タツマ様に恩を返せていないんだ。むしろ今回のことで借りが増えてしまった」
「俺のことは気にしなくていいよ。もうヨシツネは奴隷じゃないんだから、新しい生活を始めればいい」
「いいえ、タツマ様には返しきれないほどの恩を受けました。せめていくらかの恩返しをするまで、一緒にいさせてください」
「そうか……ヨシトモさん、いつまでとは言えませんが、もうしばらく彼をお借りしてもよろしいですか?」
「もちろんです。これほどの大恩、返さねば戦士の名折れというもの。こちらの方こそ、よろしくお願いします」
結局、ヨシツネとはまた一緒に行動することになった。
彼ほどの戦士が付き合ってくれるのは、実に心強い。
そして、そんな彼の主として、俺もしっかりせねば、という思いを新たにした。