53.陰謀を暴け!
ヨシツネの祖母さんであるシノブに情報収集を頼んでから2日後の夜、俺たちは彼女を再訪問した。
以前のように土魔法と闇魔法を駆使して彼女の家にたどり着くと、また屋内に招き入れられる。
みんなが囲炉裏を囲んで着席すると、シノブが事情を語り始めた。
「あんたの睨んだとおりだったよ。当時とその後の状況を調べてみたら、だいたい事情が見えてきた。どうやらヨシツネをはめたのは、ヨリトモとヤスヒラみたいだね」
「そんな馬鹿なっ! ヤスヒラに限って」
「あり得ないと思うかい?……まあ、そうだろうねぇ。あんたらは仲が良かったから。だけどねえ、あんたの許嫁だったハヅキを、ヤスヒラは強引に娶ったんだよ。以前から惚れてるってのは有名だったそうじゃないか。そしてヤスヒラの家の支持を取り付けたことで、ヨリトモの次期村長への就任は確実になったとも言われてる……あんたが奴隷に落ちて一番得をしたのが、彼らなのさ」
「しかし、しかし信じられません。ヤスヒラが、あいつが裏切るだなんて……」
ヨシツネが苦悩に顔を歪めながら、呻く。
聞けば、ヤスヒラってのはヨシツネの幼馴染みで、親友と言ってよい間柄だったそうだ。
そしてヤスヒラの家は有力者なので、その協力を得られれば権力が安定する。
さらにそいつがヨシツネの元許嫁を娶っているとくれば、何かあったと疑うのが普通だろう。
親友だったなら、ヨシツネの部屋を訪れて偽の証拠を仕込むことも可能だったろうしな。
「それからあんたと一緒に罪を着せられた連中は、普段からあんたが次期長になればいいと口にしてた。無防備なあんたらを罠にはめるのは、造作もなかったろうさ。しかし問題は、いまさらそれを証明する手段が無いってことなんだけどね」
シノブが深刻な顔で嘆く。
たしかに現状では疑わしいというだけで、なんの証拠もありはしない。
しかし、俺には強い味方がいるのだ。
「なあ、ゴクウ。お前の力で犯人に自白させることって、できないか?」
「おいおい、ムチャ言うなよ、タツマ。触れた人間の考えを読むくらいはできても、さすがに自白は無理だぜ」
「サ、サルが喋った!」
ゴクウが流暢に言葉を発したのを見て、シノブが驚く。
まあ、普通は驚くよね。
「驚かせてすみません。ゴクウはただのサルじゃなくて、闇精霊の化身なんです。彼の力を借りれば、手がかりを掴めると思うんですが」
「闇精霊の化身だって。凄い存在を味方につけてるんだねぇ。さすがはヨシツネの主人だ」
「まあ、いろいろありまして。それでゴクウ。触れていれば相手の考えは読めるんだよな?」
「ああ。だけど、なんでもって訳にはいかないぜ。その時に考えてることしか読み取れないから、相手を誘導しないといけない」
「ふむ、誘導すればいいんだな。それとなく、陰謀を企んだ時の証拠の在り処を、示唆してみるとかどうだろう?」
「うーん、まあそれなら何か探れるかもな」
「よし、可能性は見えてきたな……シノブさん、なんとかして、その2人を尋問する場を作れませんかね?」
そう聞いてみると、彼女はしばらく考え込んでから、決意のこもった目を向けてきた。
「普通ならまず無理だけど、闇の精霊様がいるなら、なんとかなるかもしれない。こうしてみたらどうだろう」
彼女が持ちかけた話はこうだ。
まず俺達が明日、正面からこの村を訪問して、ヨシツネの無実を訴える。
その根拠として闇精霊による審問を持ちかけるのだ。
この村にも隷属魔法を使う呪術師がいて、大きな発言権を持っている。
隷属魔法ってのは闇魔法を応用しているから、ゴクウの存在は無視できない。
さらにシノブが主張することで、ヨリトモとヤスヒラを審問の場に引きずり出そう、という作戦だ。
しかし、俺は少し問題があると思った。
「うーん、それだとゴクウを警戒して、審問に応じない可能性が高いですよね? むしろ、ゴクウの存在を隠しておびき出した方がよくないかな」
「むぅ……それはたしかにそうだけど、他にいい手があるのかい? ただの冒険者が無実を訴えたって、誰も聞きはしないよ」
「ですよね?……何かいい手はないものか」
少し悩んでいたら、スザクがアドバイスをくれた。
「ササミが使えるかもしれませんよ~、主様」
「え? ササミをどう使うって言うのさ?」
「実は彼女には聖属性の素質があるんですよ~。なので彼女を聖女に仕立て上げ、ヨシツネの無実を訴えてはどうでしょうか~」
「マジで?」
詳しく聞くと、実はスザクは火属性だけでなく、聖属性も持っているそうなのだ。
さすがは神の使い。
ただし聖属性を持っていても、特殊な素質を持った者にしか使えないので、今までは宝の持ちぐされだった。
しかし、どうやらササミには、それを使いこなす素質があるらしいのだ。
「そうなのか。聖属性ってのはあれだろ。傷の治療とかできるんだよな?」
「そうですよ~。それを使えるものは非常に稀ですけどね~」
「なら、ササミがケガを治療してみせれば、聖女だって言えそうだな。そしてその聖女の勘が、ヨシツネは無実だと告げている、とか言えば無視できないよな。ついでにヨシツネの呪いも、ササミが解いたことにすれば都合がいいな」
俺が悪い顔をしながら作戦を組み立てると、スザクが突っ込んできた。
「さすがは主様。悪だくみがお得意ですね~」
「何を言ってるのかね、ちみ~。これも全てヨシツネのためだよ、フッフッフ」
そんなやり取りをしていたら、シノブが割り込んできた。
「ちょ、ちょっと待っておくれよ。私が話に付いていけないよ」
「ああ、すみません。うちの仲間に治癒魔法が使えそうなのがいるんで、そいつを聖女に仕立て上げようと思います。聖女の求めによってヨシツネの再審問の場を設け、犯人から証拠の手がかりを引き出しましょう。ゴクウはこっそり犯人に触れることができるか?」
「ん? ああ、俺は影の中に隠れられるから、できると思うぞ」
「よし、これで成功の目途は立ったな。シノブさん、何か聖女っぽい服とかありませんかね。最悪、白い布でもいいですけど」
「あ、ああ、布ならあるよ」
その後、もう少し細部を詰めてから、白い布をもらって俺たちは帰った。
シノブには翌日の午後に俺たちが村を訪問できるよう、手配をお願いした。
仲間の元に帰ってからは、ササミを即席の聖女に仕立てる準備に忙殺された。
まずは彼女に事情を話し、治癒魔法や言葉遣いなどを訓練する。
寝る間を惜しんで訓練したので、なんとかそれらしい聖女様が誕生した。
そして翌日の午後になると、ヨシツネの故郷を正面から訪問した。
シノブに用があると話すと、意外にすんなり通される。
さすがはヨシツネの祖母さん、上手くやってくれたようだ。
彼女の家に着くと、何人かの人間が集まっていた。
もちろん全員、獅子人族ばかりだ。
「初めまして。俺は冒険者のタツマと言います。縁あって、ヨシツネの主人になっています」
「う、うむ、村長のヨシトモだ。ヨシツネの父親でもある。しかし、これは一体どういうことなのかな?」
「はい、少し前に私がヨシツネを購入したのですが、彼は罠にはめられたと言っていました。しかしそんな証拠も無く、彼は衰弱の呪いに苦しんでいたのですが、こちらの聖女様が呪いを解いてくださいました。さらに彼女は、ヨシツネが無実だとおっしゃってくださったのです。そこで彼の無実を証明するべく、この場を設けていただいた次第です」
そう事情を説明すると、それに噛みつく奴がいた。
「馬鹿馬鹿しい。3年前にきっちりと証拠を押さえてから裁いたのだ。今さら間違いも何もあるまい!」
「そうだ。あれだけの大罪を犯しておいて、再びこの地を踏むとは、図々しいにもほどがあるぞ、ヨシツネ!」
ヨシツネによく似た男が1人、少し野卑な感じの男が1人、それぞれに文句を付けてきた。
しかしそれをシノブが一喝する。
「お黙り! そもそも3年前の裁きもおかしいと思っていたんだ。おまけに聖女様がヨシツネは無実だと言うのなら、これは調べ直す必要があるってもんじゃないか。ヨシトモもそれでいいね?」
「む……ああ、それが事実なら調べ直す余地はあるだろう。しかし、本当に聖女様なのか?」
ヨシツネの親父さんが、聖女の存在に疑問を呈した。
まあ、治癒魔法の使える人間なんて、人族にもごく少数しかいない。
ましてや兎人族の聖女なんて、簡単に信じられないのも当然だろう。
「それこそ百聞は一見にしかずです。聖女様の奇跡をご覧ください」
ここでシノブが準備しておいたケガ人が呼ばれた。
それぞれ手と足にケガをした人が1人ずつだったので、さっそくササミに治療してもらう。
「ツクヨミの力持て、この傷を正さんと欲す、治癒」
ぶっちゃけ呪文は適当なんだが、治癒魔法はしっかりと効いた。
それほど深くもない傷が、すぐに塞がってうっすらと跡が残るのみとなったのだ。
「おおっ、奇跡だ。ありがとうございます、聖女様」
「いいえ、これもツクヨミ様のおぼしめしです。お大事に」
即席の聖女様だが、ササミはなんとかその役目をこなしている。
昨日、戻ってから彼女を説得し、教育を施した成果だ。
通常であればこれほどの治癒魔法が使えるまでには、もっと時間が掛かるはずだ。
しかし、俺が地球の医療知識を使役リンクを使って詰め込むことで、大幅に短縮してやった。
簡単に言えば、筋肉とか血管とか神経などの構造を教え、それらをつなぎ直すこととか、傷口をきれいにする必要性などを説いたのだ。
別に専門的なことではないが、この世界の常識に比べれば、遥かに進んだ医療概念だ。
これによって、どこに出しても恥ずかしくない聖女様の誕生だ。
ちなみに、彼女を教育するための使役契約を嫌がるかと思ったんだが、逆に喜んでた。
”はうー、これでいつもご主人様と一緒ですぅ”とか言っちゃうのは、どうかと思うけどね。
「ふーむ、これは本物の聖女様のようだ。そうであれば、ヨシツネの件について、調べ直さないわけにはいかんな」
「ま、待ってくれ、親父。こんな怪しい奴らの言うことを真に受けるのか?」
「真に受けるも何も、これほどの奇跡を、お前も無視はできんだろう」
「だからと言って、何も3年前のことを蒸し返さなくても……」
「いいえ、本当に冤罪であるのなら、何年前であろうと正すべきでしょう」
俺がそう言ってやると、ヨリトモとヤスヒラが憎々しげに睨んできた。
やっぱりこいつら何か隠してるな。
それなら遠慮は無用だ。
ぶっ潰してやる!