50.逃避行
2017/8/9
4章を改稿しました。
以前、罠にはめてやった冒険者が、アヤメの美貌に目を付けて貴族にちくりやがった。
おかげで貴族のドラ息子がしゃしゃり出てきて、アヤメをさらおうとしたので撃退せざるを得なかった。
幸い敵の記憶の一部はゴクウが消してくれたが、しばらくこの町にいられなくなったのは変わらない。
俺は家に帰る途中で家主のリョウマの所に寄り、急に町を出ることを伝えた。
まだ荷物は残しておきたかったので、金貨5枚で10ヶ月分の家賃を前払いする。
いつか戻ってきて、また住めるようになるといいんだが。
それから家に戻ると、ベンケイが馬車を買ってきて手入れをしていた。
その馬車は屋根の無い4輪の乗用馬車だったが、鉄部品が多用されていて頑丈そうだ。
しかも板バネのサスペンションまで付いており、乗り心地も期待できるだろう。
御者台の後ろに向かい合わせでベンチシートが付いていて、詰めれば8人ぐらいは座れるだろうか。
大きさは御者台を含めて長さ2メートル強で、幅も高さも1.2メートルぐらいだ。
「ベンケイ、ありがとう。これいくらだった?」
「壊れかけの中古をねぎって、金貨10枚でした。しかし、補修すればまだまだ走れますぞ」
「そっか、ありがとね。俺たちは旅の準備をするよ」
それから大急ぎで旅の準備をした。
野営用の装備や食料に水、身の回り品などをかき集める。
今回は馬車があるから、それなりに荷物も持っていける。
そしてそれらを馬車に積み込み、牽引役としてトモエをつなげば準備完了だ。
御者はベンケイにやってもらい、俺とヨシツネ、アヤメが後席に座る。
ホシカゲは走って付いてくるし、スザクは俺の肩、ニカはベンケイの隣、ゴクウはアヤメの横に居座ってる。
「さて、準備は完了しましたが、どちらに向かいますかな?」
「せっかくだから北へ向かって、アヤメの故郷を目指してみようよ」
「オッ、ということは、アヤメの敵討ちに協力してくれんの?」
「さあな。それは行ってみてから考えるよ。ついでにヨシツネの故郷に寄って、彼の隷属を解こうと思う」
「タツマ様、まさか私を……」
ヨシツネが恐れの混じった顔で俺を見る。
「別れるとかそういんじゃないから。ヨシツネほどの戦士を、奴隷のままにしておきたくないんだ。俺たちは家族だからね」
「はい、一生お仕えします……」
俺の言葉にヨシツネが感動し、とうとう泣きだした。
無双の戦士のくせして、けっこう涙もろい男だ。
「なるほど、いずれにしろ北の魔境を目指すわけですな。それではさっそく出発しましょう。トモエ、頼むぞ」
「クルルルーッ(それでは行きますよ~)」
すると滑らかに馬車が走りだした。
それをシズカが見送ってくれる。
彼女は家に居付く妖精なので、この家を守ってくれるようお願いしてある。
そう遠くないうちに戻ってきたいものだ。
幸い誰にもとがめられることなく、カザキの町を出ることができた。
そのまま一路、北を目指す。
道はそれほど良くもないが、わりと快調に走れた。
普通の荷馬車なんかが時速5キロぐらいだとしたら、その倍は出ているだろうか。
これも馬車の性能と、トモエの持久力が凄いおかげだ。
ちょっとお尻が痛かったので、シートに毛皮を敷いたらマシになった。
さて、この先どんな旅になるのやら。
それからいくつかの町や村を経由して、順調に旅は進む。
しかしその過程で俺は、この世界の現実を改めて思い知らされた。
田舎に向かうほど、虐待される亜人をよく見かけるようになったのだ。
ガリガリにやせ細った体で農作業に従事する者、町中でムチ打たれる者など、見ていて気分の悪い光景が多かった。
「なんで、田舎の方が亜人の扱いがひどいのかな?」
「いえ、都会でも似たようなものですよ。ただしカザキのような大きな町では豊かな者が多いので、必要以上の虐待はしません。しかし貧しい者は学がなく、社会への不満を奴隷にぶつけて晴らす傾向があるらしいです」
「そうですな。さらに最近勢いを増している光輪教が、それをあおっておるのです。人族こそ神に愛された種族であり、亜人は魔物の血を引く下劣な存在だと言い立てて」
「なんだいそれ? 完全な言いがかりじゃないか」
「人は信じたいものを信じるのでしょうな」
宗教が率先して差別と憎悪をあおるなんて、ひどい話だ。
そんな状況をなんとかしてやりたいとは思うが、今の俺はしがない冒険者に過ぎない。
でも、俺がこの世界をかき回すために送り込まれたのなら、いずれ何かできることもあるんじゃないだろうか。
そんなことを考えながら旅を続けていたら、ひどい現場に遭遇した。
「ヒギャーッ、やめて、やめて、やめてくださいぃ!」
「ざっけんな、この獣人、魔物!」
「おらおら、汚ねえ顔さらしてんじゃねーよ!」
「なに俺らに手え上げてんだ。身のほどを知れっ!」
「ギャハハ、ばーか、ばーか」
とある町の手前で、子供が何人か集まって騒いでいた。
どうやら誰かを袋叩きにしているらしい。
普通なら通り過ぎるところだが、いじめられてるのは獣人の少女だった。
俺はほとんど反射的に馬車を飛び降り、子供たちの間に割って入る。
「こらこら、やめろ、やめろ」
少々大人げなかったが、強引に子供を押しのけて女の子を保護する。
「なんだ、お前ー。邪魔すんな!」
するとガキどもが、俺にまで蹴りをくれやがった。
あいて、この野郎。
「ウオンッ、ウーーーッ、ガルルルーーー」
そこへホシカゲが駆け寄ってきて牙をむき出して威嚇したら、ようやくガキどもが怯んだ。
「ウワッ、なんだよお前。俺たちを魔物に襲わせるつもりか?」
「卑怯だぞ~。お前も魔物の味方かよ」
5人の子供たちがギャアギャア文句を言いたてる。
どれも10歳前後ってとこか。
「うるせえっ、ガキども!」
とりあえず怒鳴ってやったら、おとなしくなった。
「別にお前らと争うつもりはない。ホシカゲもおとなしくしろ……それで、なんでこの子をいじめてたんだ?」
「そいつが俺の服を汚したんだよ。奴隷のくせに、馴れ馴れしく触りやがって」
「奴隷って、お前らのか?」
「違うよ。あっちの方からフラフラ歩いてきたんだ。逃亡奴隷かもしれないから問い詰めようとしたら、急に俺の方に倒れかかってきやがって」
すると、俺の足元でピクピクしていた少女が俺のズボンの裾を掴み、言葉を絞り出した。
「わ、私は、はぐれ奴隷ですぅ。私を庇護ください、冒険者様ぁ」
そこまで言い終えて、その子は気を失った。
はぐれ奴隷とは、主人を失ったばかりの奴隷のことだ。
奴隷は国家の財産だから、はぐれてもしかるべき所に申し出て再登録する必要がある。
しかし、その前に自身の庇護を求める権利が、はぐれ奴隷にもあるのだ。
「アヤメ、この子を手当てしてくれるか。それと、この子は俺に庇護を求めたんだから、この場は俺が預かる」
「は、はぐれ奴隷かよ。でもそいつを見つけたのは、俺たちが先だぞ。なら、俺たちのもんだ!」
「いいや、はぐれ奴隷には庇護者を選ぶ権利があるからな。この子が選んだのは明らかに俺だ。それとも、力ずくで奪い取ってみるか?」
俺は握りこぶしを見せつけながら、凄んでみせた。
さらにヨシツネとベンケイも馬車を降りて威圧すると、ガキどもはあっさりと逃げだした。
アヤメが俺の指示どおりに女の子の世話を始めたので、治癒ポーションを取り出して彼女に渡す。
「これを使え。それにしてもひどいな。アザだらけじゃないか」
「はい、本当にひどいです」
俺より少し歳下らしきその少女は、白い髪にウサギのような長い耳を持つ兎人族だった。
しばらく袋叩きにされていたためか、まともな部分が見えないくらいにアザだらけだ。
それにしても、どうしようかね、この子。