49.トラブル
ダークエルフのアヤメと闇精霊のゴクウを仲間にした翌日は、薬草採取に出かけた。
採取の傍ら、森の中でアヤメの実力を確認するためだ。
薬草の群生地から少し外れた所で、とりあえず腰を落ち着けて話をする。
「さて、これからアヤメの実力を見せてもらうんだけど、今まで精霊術を使ったことはないんだよね」
「は、はい。反乱が起きるまでは、精霊と契約もしてませんでしたから。でも、基礎は習っています」
「どんな風にやるの?」
「えーっと、精霊と精神を同調させてから、呪文を唱えます。すると魔力と引き換えに精霊界から元素を引き出して、魔法として行使できるんです」
「ふーん……俺は別に呪文とか使ってないけど、普通は要るんだ?」
「えっ、それは……熟練の術師になれば、呪文を短縮できることもあるみたいだけど……」
ここで俺の魔法の師匠であるスザクが教えてくれた。
「それは低位の精霊と契約している場合か、同調率が低い場合ですね~。私はもとより、ゴクウとニカも妖精化で上位相当に進化しているので、呪文はいらないと思いますよ~」
「へ~、そうなんだ」
「えっ、そうなんですか?」
やはり条件が揃えば、呪文なしでも魔法は行使できるらしい。
そこでさっそく闇魔法を見せてもらうことにしたのだが、そもそも闇属性とはなんぞや?
端的に言えば、正の光属性に対して、負の闇属性ということになる。
光属性は聖属性とも呼ばれ、その特性は主に放出系だ。
それに対し闇属性はいろいろな意味で吸い取る、もしくは引きつける属性であり、特に精神への作用が大きいそうだ。
具体的には、ゴクウがやろうとしたみたいに他人を魅了したり、光とか体力、魔力なんかを吸い取ることができるらしい。
地水火風の4大属性のような直接的な攻撃力には乏しいけど、これはこれで使いようがあるんじゃないだろうか。
「ふーん、とりあえずなんかやってみてよ」
「えーと、どうしよう、ゴクウ」
「落ち着けって、アヤメ。俺が教えてやるからさ。たしかに俺とお前の関係なら、無詠唱でもいけるだろう。まずは初歩的な”闇矢”をやってみな。こんなイメージだから」
戸惑うアヤメに、ゴクウが闇魔法を教える。
やがてアヤメが右手を上げ、それを振り下ろしながら技名を唱えた。
「”闇矢”」
すると右手の周りに発生した黒い矢が近くの藪に当たり、その周辺の葉を枯れさせた。
「で、できた」
「おー、凄いな。あれは植物の生命力を吸い取ったってことなのかな?」
「うん、まあそんな感じ。今のは空中に拡散しただけだけど、熟練すれば術者の魔力に変換することもできるぜ」
「これを使えば、敵を弱体化させることができるのではありませんか~、主様」
「なるほど、そういう使い方もあるか。それじゃあ、アヤメとゴクウは闇魔法の練習を続けてて。俺たちも鍛錬をするから。あんまりやり過ぎて森を破壊しないようにね」
「はい」
「分かった。よし、アヤメ、次はこれだ」
その後、アヤメが練習する横で、俺たちも魔闘術などを訓練した。
途中でアヤメに火属性と土属性も使えないかと試させてみたら、やっぱり使えた。
魔法適正のある人間なら、使役リンクを介して精霊の力を引き出せるらしい。
そんな訓練を適当なところで切り上げ、薬草を採取してから町に戻った。
訓練を3日ほど続けると、アヤメもたいぶ精霊術が使えるようになった。
そこで翌日には迷宮に潜ろうかと話をしていたら、思わぬトラブルが発生した。
薬草を納付してギルドを出たところで、数人の男達に囲まれたのだ。
そいつらの中には、以前罠にはめてやった”剛力のリュウガ”(笑)の顔も見える。
そして、見知らぬ男が前に出ながら喋り始めた。
「俺はこの町を治めるホンダ家の嫡子 マサズミだ。お前たちには違法な奴隷を所持しているとの嫌疑が掛けられている。取り調べをするので、おとなしく同行せよ」
「はあ? 違法な奴隷ってなんですか?」
「そこにいるダークエルフの娘だ。世にも美しい女らしいが、その出どころが怪しい。よって俺が詮議してくれよう」
「ちょっと待ってくださいよ。出どころが怪しいって、なんですか?」
「へっ、その女が3日前から急に現れたのは知ってるんだよ。どうやってそれほどの上玉を手に入れたのか知らねーが、何かおかしなことをしたに違いねえ」
そうやって決めつけたのはリュウガだった。
なんかこいつ、妙に俺達の動向に詳しい。
ひょっとして罠にはめたのを恨んで、俺たちを探ってたのかもしれない。
するとアヤメの肩に乗っていたゴクウが、ふいにマサズミの肩に飛び移った。
「ウキッ」
「うわっ、なんだこのサル?」
「あっ、ゴクウ。失礼だぞ。こっち来い」
貴族らしき男をこれ以上怒らせないようにと思ったのだが、直後にゴクウから念話が届いた。
(あー、こいつらアヤメを奪い取るつもりだ。タツマたちには適当に濡れ衣を着せて、ブタ箱にぶち込むつもりらしいぞ)
(なんだと。なんでそんなこと分かるんだよ?……って、闇魔法か。そいつの考えが分かるんだな?)
(ああ、そっちのツンツン頭からアヤメのことを聞きつけて、共謀することにしたみたいだ)
(それはまずいな。町長の息子なら、衛兵も抱き込んでるかもしれない……これって、けっこうヤバいんじゃね?)
(そのとおりですよ~。ここは一時的にでも町を出る必要があるかもしれませんね~)
(町を出る、か……やむを得ないな。幸い衛兵は連れてきてないから、どっかで気絶させて逃げよう。ベンケイはトモエとホシカゲを連れて、逃亡の準備をしてくれ。馬車を買っといてくれるか)
(了解ですわい)
念話による相談が終わると、俺はいかにも憤慨したふりで反論した。
「違法な奴隷だなんて心外ですね。こっちにやましいところは無いってのを、証明してやりますよ」
「フハハッ、その方が身のためだ。下手に抵抗するんじゃないぞ」
「ああ、それなら使役獣を家に帰させてください。彼が連れて帰りますから」
そう言って、ベンケイたちを差し示す。
ドラ息子は少し考えていたが、鷹揚にうなずいた。
「よかろう。そいつらは帰宅を許す。それでは付いてこい」
ドラ息子が先頭に立つと、取り巻きが俺達を囲んで歩き始めた。
敵はリュウガの一味が6人、ドラ息子とその手下らしいのが2人で計9人だ。
特に強そうな奴はいないので、どこかでぶちのめしてやる。
しばらく歩いていると、ゴクウが念話で話しかけてきた。
(タツマ、こいつらどうする?)
(ああ、どこか人目の無いところでぶちのめそうと思うんだが、あいつの誘導できるか?)
俺はひょっとしてと思い、ゴクウに聞いてみた。
(んー、できないこともないな。だけどしばらく接触している必要がある)
(とりあえず魅了してから、肩にでも乗ったらどうだ?)
(あんな奴にくっつきたくないけど、仕方ねえな。これは貸しにしとくからな)
(アホ。まだ俺の方が貸しは多いっての)
(ちっ、とりあえずやってやらあ)
アヤメの肩に乗っていたゴクウが、ヒョイヒョイとドラ息子の肩に飛び移った。
ドラ息子は最初は嫌がっていたものの、そのうち気にしなくなった。
そしてしばらく歩いていくと、おあつらえ向きに人気のない路地裏に到着する。
するとドラ息子とリュウガたちが、示し合わせたように俺たちを取り囲んだ。
全員が下卑た顔で欲望をギラつかせている。
ゴクウの影響か、もう衛兵の詰所に行く気すらなくなったらしい。
「どういうことですか? これは」
「フハハッ、何も知らずにのこのこ付いてきたのが運の尽きだ。その女は俺がいただいてやる。お前らやれっ!」
ドラ息子の合図と共にチンピラどもが襲いかかってきた。
しかしそこでアヤメの闇魔法が炸裂する。
「”弱体化”」
するとアヤメを中心に闇の波動が発生し、周囲の人間の精気を吸い取った。
ただし使役リンクでつながっている俺とヨシツネには、影響がない。
この魔法で明らかに弱体化した敵を、ヨシツネと俺がガツンガツン殴って気絶させていった。
俺は槍の柄で、ヨシツネは鞘を付けたままの剣で殴っている。
「ま、待て、話をすれば分か、ぶべらっ」
あっという間に8人を始末し、最後にドラ息子を昏倒させた。
ちなみに内訳はヨシツネが7人で、俺が2人だ。
俺は後衛だから、仕方ない。
ていうか、ヨシツネ強すぎ。
「さて、さっさとずらかるか」
「あ、ちょっと待て。このまま逃げると犯罪者になっちまうぞ。こいつらの記憶を消してから行こう」
「お前、そんなこともできるの? ひょっとして、逃げ出さなくてもよくねえ?」
「いや、直前にあったことを忘れさせるだけだから、また絡まれる。やっぱり、しばらく行方をくらました方がいいと思うぞ」
「そうか……まあ、犯罪者にならないだけマシか」
どうやらゴクウには直前の記憶を消すこともできるらしい。
町から逃げ出すのは変わらないが、犯罪者にされないだけでもありがたい。
それにしても、人の恨みは怖いねえ。