48.新たな仲間
奴隷商で購入したアヤメが、実はダークエルフ族の巫女の娘であることが分かり、彼女に封印されていた闇精霊まで現れた。
危うくそいつにアヤメの手伝いをさせられるところだったが、使役リンクのおかげで免れた。
「さて、さっきの話の続きだけど、俺はアヤメを守りたくないって言ってるんじゃないんだ。すでに仲間みたいなもんだからな」
「そ、そうだろ? じゃあさ、村へ帰るのに協力してくれよ」
ゴクウが勢い込んで交渉を始める。
「待て待て、なんでそうなる? それじゃあ、俺にメリットが無いじゃないか」
「えーっ、仲間ならいいだろ?」
「アホ言え。とりあえずどうしたいか話してみろ」
ゴクウとアヤメの望みは、故郷へ帰って叔母をなんとかしたいということだった。
おそらく故郷では巫女不在のまま叔母が権力を振るい、混乱しているはずだ。
叔母たちに迫害されている人もいるかもしれない。
今のアヤメはすでにゴクウと契約していて巫女として認められるので、少なくとも1度は帰って村を安定させたいとの言い分だ。
「うーん……それで、村が安定したらどうする?」
「えっ、それはもちろん、タツマ、さまのために働きます」
アヤメがためらいがちに言う。
「無理に様とか付けなくてもいいぞ」
「え、でもみんな付けてるし」
「別に俺は呼び捨てでもいいんだけど、この2人は頑固なんだよ」
俺はヨシツネとベンケイを指差しながら、そう言った。
実際問題、2人には何度も呼び捨てにしてくれと言ってるのだが、聞いてくれない。
「俺は奴隷ですから」
「儂の大恩人ですからな」
相変わらずな2人だ。
「それなら私も奴隷だし……」
「いや、アヤメの奴隷紋はもう解けてる。金さえ返してくれれば、解放してやるぞ」
「本当ですか?……それならゴクウと私だけで――」
「それは駄目だ、アヤメ。俺たちだけで村に帰っても殺されちまう。タツマの協力は絶対に必要だ」
期待に目を輝かせるアヤメを、ゴクウが遮った。
「だから勝手に決めるなって。まるで俺たちが協力して当たり前みたいじゃねーか」
「それは……言い方が悪かったよ。だけど、本当に俺たちだけじゃ殺されちまう。なんとか協力してくれないか?」
「ゴクウ……」
必死で頼むゴクウを見て、アヤメが口ごもる。
「ふむ……協力してくれってんなら、対価を示して欲しいな。とりあえず俺たちは今、迷宮を攻略してるから、それに協力するってのはどうだ?」
「迷宮攻略か……たしかに無償で協力を頼むのは筋違いだ。いいぜ、協力してやるよ」
「大丈夫かな? ゴクウ」
「大丈夫だって。俺が付いてるんだから」
小さなサルが少女を励ます光景はどこかコミカルだが、とりあえずこれで方針は決まった。
「よし、それじゃあ、今日はアヤメとゴクウの歓迎会をしよっか」
「は、はい、よろしくお願いします」
それからすぐに買い物に出かけた。
まず服屋に直行してフード付きマントを買い、アヤメの顔を隠す。
封印の解けた彼女は今や、絶世の美女なのだ。
堂々と連れて歩くには目立ちすぎる。
それから彼女の寝具や身の回り品を買い、宴会用の食材も調達した。
そんなことをしているうちに、夕刻が迫ってきたので家へ帰る。
またみんなで風呂の準備をして、交代で入った。
最後にアヤメが入ってる間に、宴会の準備を整えて彼女を待っていた。
やがて入浴を終えて出てきたアヤメは、さらに美しくなっていた。
さっきまでも十分美しかったが、やはり肌や髪の毛は薄汚れていたのだろう。
石鹸で汚れを落とした彼女は、それこそ光り輝くように美しい。
整った輪郭に優しげなスミレ色の瞳、すっきりとした鼻りょう、可憐な唇が絶妙のバランスで配置され、肩に掛かる豊かな銀髪が輝いている。
さらに褐色の肌が入浴後の熱気で少し火照りながらもしっとりとしていて、実に色っぽい。
その艶姿に思わず見とれながら、これはトラブルの種になりかねないとも思った。
変な奴にその存在を知られたら、いつさらわれてもおかしくない。
「さあさあ、アヤメもこちらに来て座りなさい。とりあえず乾杯しますかな、タツマ様」
俺がアヤメに見とれていたので、ベンケイが仕切ってくれた。
さすが年の功。
それともドワーフは美醜の基準が違うのか?
「……う、うん。そうしよう。アヤメはお酒にするか? お茶や水でもいいけど」
「……え、私もいただけるんですか?」
「当たり前じゃないか。これは君らの歓迎会だぞ」
「それじゃあ、ちょっとだけお酒を……」
「それなら、これな……準備は整ったか? よーし、それではアヤメとゴクウの仲間入りを祝って乾杯!」
「「かんぱーい!」」
俺は日本酒に似た酒を、一気に飲み干した。
ヨシツネやベンケイも同様で、アヤメは恐る恐る飲んでいる。
シズカやニカ、ゴクウも楽しそうだ。
料理をつつきながら、みんなでお喋りをする。
「クハーッ、人間てのは、こんなに美味いもん飲んだり食ったりしてるのか。たまんねーな」
「ハハハッ、ゴクウはこういうの初めてか?」
「ああ、精霊は実体が無いからな。別に妖精化しても、魔力さえあれば食う必要はないんだけど、これはこれでいいもんだ」
「あまり飲みすぎるなよ。アヤメはどうだ?」
「ふぇ……お、美味しいです。なんかふわーんってしてます」
早くもトロンとした目でアヤメが言う。
あまり強くはなさそうなので、飲ませ過ぎないようにしないと。
「そうか、お酒だけ飲んでると酔い潰れちゃうから、料理も食べろよ」
「ふぁ、ふぁい、いただきます……あ、美味しい……ウウッ、こんなの久しぶりだよ~」
料理に感動したかと思ったら、今度は泣き始めた。
忙しい子だ。
それを見かねたシズカがあやしている。
そんな様子を微笑ましく見ていたら、ゴクウが話しかけてきた。
「それにしても、あんた変わってんな。アヤメやヨシツネを、ぜんぜん奴隷扱いしない」
「ん? ああ、そうだな。これは仲間になったから言うんだけど、俺は前世の記憶を持ってるんだ。こことは全然違う世界のな」
「ハア、なんだそりゃ? 頭、大丈夫か?」
「お前も遠慮がないな。だけど、こうすりゃお前にも納得できるだろ?」
俺は前世のイメージを込め、ゴクウに思念を送った。
使役リンクを介すれば、ある程度イメージの共有が可能なのだ。
「ふぇ、な、何これ?」
「ウォッ、マジかよ、これ」
ゴクウはアヤメを介してつながっているから、彼女も驚かしてしまったようだ。
それから簡単に俺がこの世界に来た経緯を話すと、2人ともようやく納得してくれた。
「なるほど。あんたの前世では、誰にでも自由に生きる権利があるって考えなのか。けど大丈夫か、そんなんで?」
「何が? 使役術のおかげで仲間に裏切られる心配はないぞ」
「うーん、それはそうなんだけど、奴隷に優しすぎるのも目立つだろ?」
「ああ、それはヨシツネにも言われてるから、気をつけてる…………ちゃんとやってるよね?」
ここでみんなに確認したら、フルフルと横に首を振られた。
あれ、ちゃんとできてないの?
「残念ながらタツマ様の接し方は優しすぎます。今のところ問題にはなっていませんが、他人からは奇妙に見えると思いますよ」
「そんなこと言ったってな……この世界にだって、奴隷に優しい主人もいるだろ?」
「いないことはありませんが、やはり変わり者です」
「そうなの?」
「ほうら、やっぱりだ。もうちょっと自覚した方がいいぞ」
なんか、ゴクウに説教されてしまった。
そんなに気を遣わなくてもいいと思うんだけどな。
すぐにその見込みの甘さを思い知らされることになるとは、その時は知る由もなかった。