47.ゴクウ
初めて寄った奴隷商で、不思議な女の子を見つけた。
どうやら呪い付きらしいその少女に、俺は精霊の気配を感じたため、その子を購入して家に帰る。
そして解呪を試みたら、少女の外見が大きく変化したばかりか、サルみたいな奴まで現れた。
そのサルは俺にこう言ったのだ。
「やあ、巫女の守り人くん。これからよろしく頼むよ」
「……ハァ? 巫女の守り人ってなんだよ?」
「えーっ、そこから説明しないといけないの? 面倒だな」
膝ぐらいまでしかないサルが、えらそうに言う。
その顔立ちはかわいいと言えなくもないが、妙に大人びた雰囲気もある。
「まあ、仕方ない。実は、僕は闇の精霊で、代々闇の巫女と契約してきたんだ」
「闇の巫女って、何?」
「月と闇の女神ツクヨミ様に仕え、信徒にその声を伝える存在さ。ダークエルフはみんなツクヨミ様を崇めてるから、凄い権威があるんだ」
「ふーん……それで?」
「うん、それでこの子の母親が闇の巫女だったんだけど、1ヶ月ほど前にその妹が反乱を起こしたんだよ」
それを聞いた途端、アヤメがビクリと反応した。
しかし彼女は何も言わず、そのまま俯いて唇を噛みしめている。
なので改めてサルに向き直り、先を促した。
「なんでまた反乱が?」
「自分が闇の巫女になるためさ。巫女になれば、神託を受けたと言って村を自由に操れるからね」
「ふーん、トップになりたかったのね。でもそこまでして、何がしたかったんだろう」
「なんか、ダークエルフをまとめて人族に対抗すべきだー、とか言ってたよ。結局、巫女になれなくて失敗したんだけどね」
「まあ、お前がここにいるんだから失敗したんだろうな。だけど、さっきの状態は契約してたって感じじゃないよな?」
そう言うと、サルが肩をすくめながら答える。
「うん、あいにくとゆっくり契約してる暇が無かったんだ。それで比較的手っ取り早くできる封印として、彼女と一体化させられてたってわけ」
「ふーん、その彼女がなんでまた奴隷に?」
すると今度はアヤメが喋りだした。
「私、叔父さんに連れられて、別の村に行こうとしたの。だけど、途中で奴隷狩りに捕まっちゃって。ヒック、私は何もできないまま、叔父さんは目の前で殺されちゃって、フ、フエーン」
とうとう泣き始めた。
それを見た闇精霊がアヤメに歩み寄り、よしよしと頭を撫でる。
「そうなんだ。移動するために魔境を出た途端、奴隷狩りに見つかっちゃってさ。叔父さんはその場で首チョンパされて、アヤメは奴隷落ち。俺は封印されてたから、何もできなくって。それからは彼女が危害を加えられないよう、周りの思考を誘導するので精一杯だった」
「思考を誘導っていうと、闇の精霊は精神に干渉する力を持ってるのか?」
「そんなに強い力じゃないけどね」
「ふーん……それで、なんで俺の前で封印を解いたんだよ?」
「フッフッフ。それは巫女の守り人を見つけたからさ!」
サルが、よくぞ聞いてくれたとばかりに、そう言った。
さらにニヤニヤしながら言葉を続ける。
「アヤメの母親は、アヤメが目を付けられないように、僕を使って彼女の魔力を封印してたんだ。こう見えて、アヤメは莫大な魔力を持っているから、それを利用しようとする人もいる。だから、彼女を守るに足る守り人を見つけた時、それが解ける仕組みになってたんだ」
「おいおい、俺がその守り人だってのか? 俺はそんなに強くないぞ」
「別にあんたが強くなくても、周りの力も考慮されるんだ。たぶん使役契約の対象も含まれてるんじゃない」
「ふーん……でも、俺がアヤメのお守りをする理由にはならないよな?」
と言ってやったら、サルが驚愕の表情を浮かべた。
「あれあれ、こんな不幸な女の子を放っておくの? 可哀想じゃん。可哀想だよね?」
「うーん、まあたしかに可哀想だけど、俺が助ける義理もないよな」
「えっ、えっ、ちょっと待って。僕の目を見てよ。アヤメ、可哀想だよね?」
そう言いながら、サルがグイグイ顔を寄せてくる。
「こらこら、近すぎるぞ。何を焦ってんだよ」
「あっれ、おっかしいな。なんで上手くいかないんだ?」
サルがブツブツ言いながら、首をひねっている。
それを見たスザクが口を挟んできた。
「気をつけた方がいいですよ~、主様。このサルは今、主様の心を操ろうとしているようですから」
「ああ、そういうことか。でも、なんともないけどな」
「おそらく、主様がアヤメと契約しているために、耐性ができているのではありませんか~」
「アチャー、そういうことか……くそ、失敗したな」
スザクに指摘され、合点がいったらしいサルが悔しがる。
それで諦めがついたのか、サルがいろいろと喋り始めた。
奴隷にされていたアヤメだが、その奴隷紋はこのサルの方に刻印されていた。
だから封印を解いた時点で奴隷紋は無効になっている。
つまりアヤメは奴隷から解放され、闇魔法の効果で俺がアヤメに協力してくれるはずだった。
しかし、俺はアヤメと使役契約を結んでいて、さらに能力の共有もできる。
そのため、サルによる精神干渉への耐性ができていたって寸法だ。
危ない危ない。
契約してなかったら、このサルにいいように操られてたかもしれない。
しかし俺はそんな懸念はおくびにも見せず、サルに圧力を掛けた。
「さて、精霊くん。これからどうする? 条件によっては手伝ってやってもいいけど」
「じ、条件ってなんだよ? それと、その精霊くんってのはやめてくれないか」
「あん、気に入らないか? それじゃあヤミちゃんて呼ぶか?」
「そのヤミちゃんってのも好きじゃない。闇の精霊だからヤミって、安直すぎるだろ?」
「ご、ごめん」
それまでヤミと呼んでいたアヤメが、申し訳なさそうに謝った。
「い、いや、別にアヤメが悪いわけじゃないんだ……」
「ふむ、それなら俺が名前を付けてやろう。そうだなぁ…………ゴクウってのはどうだ?」
目の前のサルが孫悟空をイメージさせるから、そう提案してみた。
するとサルはゴクウ、ゴクウと呟いてから、さも仕方ないというような仕種で受け入れる。
「ま、まあいいだろう。アヤメのご主人様の命名だからな。受け入れてやるよ」
そう言うゴクウの目には喜色が浮かび、尻尾も嬉しそうに揺れ動いていた。
どうやら、気に入ってもらえたようで何よりだ。
「いい名前だと思うよ、ゴクウ……あれ?」
アヤメがそう言った途端、ゴクウが光に包まれた。
一方のアヤメは、コテンと絨毯の上に倒れ伏す。
「あー、ニカと同じパターンだな」
「そのようですね~。ゴクウと契約してるのはアヤメの方なので、彼女が口にした時点で正式に命名されたんでしょ~」
「それでゴクウに、ごっそりと魔力を持ってかれたんだな」
やがて光が治まると、ゴクウの実体化が完了していた。
さっきまではちょっと透けていたのに、しっかり受肉している。
「よかったな、ゴクウ。これでお前は精霊から妖精に進化したぞ」
「ウオーッ、マジかよ。ほんとだ、なんか力も増したみたい」
「ああ、前よりたくさんの魔力を蓄えられるから、強くなってるはずだぞ」
これはニカにも起きたことだが、受肉した分だけ保有魔力量が増えるせいか、魔法の威力が高まるのだ。
すると、ニカがトコトコとゴクウに近寄り、手を差し出した。
「あたし、ニカ。なかま」
「……お、おう。お前も精霊から進化したのか。よろしくな」
一瞬あっけに取られたゴクウだったが、すぐにニカの手を取って握手していた。
その微笑ましい光景を眺めていたら、誰か俺の服を引っ張る奴がいる。
誰かと思えば、シズカだった。
「私も、仲間になりたい」
「ええっ、シズカは元々妖精なんだからいいじゃん」
「でも、私だけ、つながってない」
「うーん、彼女も仲間にしていいもんかね? スザク」
「よいのではありませんか~。1人だけ仲間外れもさびしいでしょ~」
「……それもそうか。よし、契約してみよう。あっ、倒れるかもしれないから誰か支えてくれる?」
すぐにシズカと契約を交わすと、案の定魔力を奪い取られた。
おかげで倒れかけたところを、ヨシツネが支えてくれる。
外観上、シズカに目立った変化は無いけど、やっぱり魔力量が増えたようだ。
そしてみんなとのつながりを実感できるようになって、喜んでいる。
彼女が一緒に戦うことはないだろうけど、これはこれでよかったんだと思う。
それにしても、闇精霊とその巫女とは、思いもよらぬ仲間が加わったな。