46.アヤメ
ヨシツネと一緒に買い物をしていたら、知らない奴隷商を見つけた。
せっかくなので、冷やかし半分で覗いてみることにした。
中へ入ると、若い男性店員が話しかけてくる。
「いらっしゃいませ、お客様。どのような商品をお探しでしょうか?」
「えーと、迷宮に潜れるような奴隷を探してるんだけど、あまり高いのは買えません。すぐには戦えないとしても、そこそこの値段で買えるような人っていませんかね?」
「低価格帯ですか? あまりお勧めはしませんが、とりあえずこちらへ」
店員に促されて店の奥に向かうと、その途中で妙な檻が目に付いた。
「ん? ここはなんですか?」
「ああ、ここは軽度のケガとか障害を負ったものが集められてます。その分安いですけど、それこそ戦闘には使えませんよ」
3メートル四方くらいの檻の中に、10代前半の子供達が5人いた。
たしかにどの子も火傷やケガなどで、見た目が損なわれている。
しかし、その中に1人だけ、目を引く少女がいた。
「あの黒い子は?」
「あの子はダークエルフなんですが、何か呪いを受けたらしく、あんな風になってるんですよ」
その子は耳が尖っていることから、エルフ系なのは分かる。
しかし、ダークエルフにしては平凡な容姿であるうえに、肌の色が異様に黒かった。
それこそ、地球の黒人みたいに真っ黒だ。
そのくせ髪の毛が銀色で瞳はスミレ色と、妙に違和感がある。
歳の頃は、俺より少し下くらいだろうか。
「呪いって、どんなのですか?」
「よく分からないんですが、少なくとも魔法は使えません。顔立ちも良くないうえにあんな肌なので、全く買い手が付かないんです」
「ふーん、変わってますね……ちなみにあの子、いくらです?」
「えーと、金貨5枚ですね」
安!
この手の少女なら、通常金貨20枚はするだろう。
しかしまあ、あんな見た目では、こっちの世界の人には怖くて食指が動かないってのも分かる。
(この子、どう思う? スザク)
(何か精霊の気配がビンビンするのですよ~。ダークエルフは精霊術を使えるので、呪いを解けば使えるのではないですか~)
(やっぱりそうか。じゃあ、買いだね、この子)
(買っちゃいましょ~)
俺は素早く念話でスザクと相談し、この子を買うことに決めた。
「うーん、あれで金貨5枚はないな。2枚なら買ってもいいよ」
「ご冗談はおやめください、お客様。普通なら金貨20枚はしますよ」
「でも5枚でも売れ残ってるんでしょ?」
「ぐっ……それでは銀貨20枚ほどお引きしましょう」
「そんなんじゃ話にならないな。金貨2枚半でどう?」
それからしばらく駆け引きをしたが、金貨4枚までしか下がらなかった。
外見以外は問題ないのと、仕入れ値の関係だろう。
軽くその女の子と話もしてみて、俺は購入を決めた。
ちなみにこの子の名前は、”アヤメ”だった。
金貨4枚を支払い、奴隷契約を終えて店を出る。
すると、それまで黙っていたヨシツネが話しかけてきた。
「よろしいのですか? タツマ様。あのような子を買って」
「うーん、なんとかなるって。とりあえず彼女の服を買って帰ろうよ」
それから服屋に寄り、アヤメの服と下着を2揃い買って家に帰った。
その間、彼女は不安そうにしつつも、黙って付いてきた。
家に帰ると、仲間が揃っていた。
ベンケイも武器の手入れが、すっかり終わったようだ。
「ただいま。今日は新しい仲間を連れてきたよ」
「は? 今、新しい仲間と言いましたかな?」
「ワフ、ウオン(わふ、僕に似てるです)」
ホシカゲが目ざとくアヤメを見つけ、もっともな感想を漏らす。
「ハハハッ、そうだな。色はホシカゲに似てるな。とりあえずみんな、こっちに座ってよ」
この広いリビングには今、大きな絨毯が敷いてあって、その上でくつろげるようになっている。
もちろん、絨毯の上は土禁だ。
遠慮するアヤメも座らせて、話を始めた。
「さて、この子はアヤメ。さっき奴隷商で買ってきたばかりのダークエルフだ。これから仲間になるから、よろしく」
それからアヤメに仲間を紹介すると、ベンケイが困惑した顔で聞いてきた。
「なぜこのような少女を買ってきたのですかな? 家にはシズカがいるので、家事にも不自由はないと思いますが」
「もちろん家事については、シズカを頼りにしてるよ。この子とは、一緒に迷宮探索をするつもり」
「いやいやいや、どう見ても足手まといですぞ。考え直してくだされ」
「うーん、やっぱり口だけじゃ分かってもらえないよな。どうすればいいかな? スザク」
ここで話をスザクに振った。
「オホン。まずは彼女と使役契約を結んでから、奴隷紋に魔力を流してみてはいかがですか~」
「ふーん、ヨシツネにやったのとはちょっと違うんだ。それをやると、どうなるの?」
「それはまだ分かりませんよ~。とりあえずやってみてくださ~い」
「……分かった。それじゃあアヤメ、今から使役契約を受け入れてくれ。『契約』」
「え? 使役契約って何? え? え?」
いきなり使役契約を迫られて困惑していたが、ちょっと強引に受け入れさせた。
それから後ろを向かせ、背中の奴隷紋が見えるように上半身を脱がせた。
「さて、今から少しずつ魔力を流すから、異常があったら言ってくれ」
「え?……は、はい、分かりました」
以前ヨシツネにやったように、奴隷紋に左手を当て、慎重に魔力を流し込んでみた。
奴隷紋に集中して内容を読み取っていくと、おかしな術式に行き当たる。
しばらくその術式を探っていたら、ふいに誰かの声が頭の中に響き渡った。
(見つけたよ!)
その途端、アヤメを中心にまばゆい光が発生し、部屋が光に満たされた。
しばらく目を閉じて耐えていたら治まったので、目を開ける。
すると目の前には、さっきまでのアヤメとは全くの別人がいた。
「え? 君、誰?」
「ふぇ、わ、私はアヤメですよ」
そう言ったのは、さっきまでとは似ても似つかない美少女だった。
顔立ちも変わっていれば、肌の色も黒から褐色に変わっていた。
「ええーっ、でも顔立ちが変わってるし、肌の色も違うよ。何が起こったか、分かるかな?」
「ふぇ、ふぇーーっ……本当だ。肌の色が元に戻ってるぅ。私、私どうしちゃったのーーっ!」
突如現れたダークエルフの少女が、自分の体の変化を見てパニくっている。
その過程で、推定Dカップの乳房が露わになり、思わず目をそらしてしまう。
「あー、そのなんだ。ちゃんと服着て」
「えっ……キャーーッ、本当だ。恥ずかしいっ!」
新生アヤメが胸を隠しながらしゃがみ込んだ。
すぐにシズカが服を渡してやると、それを着てようやく落ち着く。
落ち着いたところで改めて向かい合い、話をした。
「それでアヤメ。何が起こったか分かる?」
「え……うーん、全然分かりません」
「それは僕の仕業さ」
ふいに誰かの声がしたと思ったら、その場に黒いサルが現れた。
厳密にいうと、サルみたいな何かだ。
そいつは体毛が真っ黒で、顔や手足は肌色、そして瞳は金色に輝いている。
身長は俺の膝くらいまでしかないが、しっかりと2本足で立っていた。
それを見たアヤメが驚いて声を上げる。
「ヤミちゃん! 今までどこにいたの?」
「やあ、アヤメ。久しぶり。とはいえ、僕は君を守る封印となって、ずーっと一緒にいたんだけどね」
「私を守ってたって、どういうこと?」
「えーと、それはね……」
「ちょっと待て。こっちにも分かるように説明してもらおうか」
俺は2人の間に割って入り、説明を求めた。
するとヤミと呼ばれたサルが向き直り、こう告げる。
「やあ、巫女の守り人くん。これからよろしく頼むよ」
一体なんだ、この図々しいサルは?