45.スチールドラゴン
ウトウ迷宮2層攻略の2日目、いよいよ深部へ踏み込んだ。
少し進むと、最初の分岐ドームに差しかかる。
内部をそっと覗き込むと、そこには鈍色の巨大な魔物がいた。
深部の主、鋼殻竜だ。
そいつは地球のトリケラトプスを、もっとゴツく凶悪にしたような外見だ。
鼻先に1本、額に2本の角が生えたサイのような巨体で、大きさはアフリカ象2匹分はあろうか。
全身がゴツゴツした鱗に覆われ、肩からは角のような突起が前方へ伸び、尻尾の先端付近にもゴテゴテとした突起が付いている。
あの尻尾ではたかれたら、死んじまうな。
「うわー、でかいな」
「はい。あれに突っ込まれたら、誰にも止められませんね」
「防御力の高さも、マイティドラゴン以上と聞きますぞ」
「まあ、そうだろうね。とりあえず俺がティーガーで狙撃するから、みんなは突っ込んで」
「「了解です」」
俺はトモエに持たせていた鋼鉄塊を地面に下ろし、その横にティーガーを持って腹ばいになった。
すると、ニカがテトテト歩いてきて俺の隣に座る。
「それじゃ、いくよ」
「うん、頼む」
すぐにティーガーの中に形成された弾の後端に、疑似火薬を生成する。
ここで改めて狙いを定め、呼吸を整えてから、静かに弾を撃ち放った。
目にも止まらぬ速さで飛び出した弾丸は、見事にドラゴンの左目を貫いた。
「ヴモオォォォォーーッ!」
苦鳴を上げて暴れるドラゴンに向け、今度はヨシツネたちが駆けだす。
しかし今回は俺も油断せず、すぐさま次弾の発射準備にはいった。
「ニカ、次くれ」
「うん、いくよ」
すぐに装填された弾丸を再びドラゴンに撃ち込む。
今度は的が暴れているので、あまり動いていない胸の辺りを狙った。
見事、胸部を貫いたが、これによってドラゴンに敵認定されたらしい。
奴が憎しみのこもった片目で俺を睨みつけ、突進の構えに入る。
「次頼む」
「うん」
命の危険を感じた俺は、次弾が装填されるや否や、ドラゴンの眉間に向けて放った。
眉間に弾を食らったドラゴンがよろけるが、それでも奴は立っている。
「もう1発くれ」
「うん」
さっきと全く同じ部分にもう1発撃ちこんでやったら、ドラゴンはゆっくりと膝を折り、そして息絶えた。
幸いなことに、ほとんど前衛が交戦する暇もなかった。
ドラゴンの遺骸を眺めている前衛陣に近付き、声を掛ける。
「さすがスチールドラゴン、タフだったよ」
「いやいやいや、たった4発で倒すなど、聞いたことがありませんぞ」
ベンケイが呆れたように言う隣で、ヨシツネが下を向いてブツブツ言っていた。
「…………か」
「え、なんだって?」
よく聞こえなかったので聞き返したら、ひどく恨めしそうな目で文句を言ってきた。
「……俺が戦う前に終わっちゃったじゃないですか」
どうやら自分が戦闘に参加できなかったのが、不満らしい。
まるで、おもちゃを取られた子供だ。
「……ま、まあ、最初は全力でやるって言ったじゃん。今のはたまたま上手くいっただけだし、次はたっぷりと戦わせてやるからさ」
(わふ、ドラゴンが可哀想になったです)
(本当に容赦ないですね、主様)
「えっ、俺が悪いの?」
なぜか責められる俺を、スザクがフォローしてくれた。
「キャハハッ、とりあえずスチールドラゴンにも、我々の攻撃が通じることが分かったではありませんか~。主様も肩が痛いでしょうから、次は前衛と協力して倒せばいいのですよ~」
「そ、そうそう、4発も連続して撃つと、反動が凄いんだ」
多少は工夫してあるものの、強力な弾を撃ち出す分だけティーガーの反動は大きい。
続けて4発も撃ったので、肩がジンジンしていた。
「やはり何か対策をしないといけませんな。しかし、それ以上重くすると扱いにくいですし……」
「だよね。何か他に反動を抑える方法はないもんかね」
一応、反動を軽減するバネを付ける案なども考えたが、構造が複雑になって壊れやすそうなのでやめた。
結局、肩に当たる部分にクッションを追加する、という話でその場は終わる。
次に遭遇したスチールドラゴンは、1発撃ち込んでからは、仲間に任せた。
これで脚にケガを負ったドラゴンに、ヨシツネが嬉々として斬りかかっていく。
さすがにマイティドラゴンよりはだいぶ硬かったが、それでもヨシツネの攻撃は通用した。
さらにベンケイ、ホシカゲ、トモエも加わり、ドラゴンは防戦一方になる。
いらだったドラゴンが振るうトゲ付きの尻尾が脅威だったが、スザクが上空から回避を指示して事なきを得た。
俺は要所要所で弾を撃ち込み、敵の牽制だけをしておいた。
やがてボロボロになったスチールドラゴンに、ヨシツネがとどめを刺して戦闘が終結する。
「お疲れさん。スチールドラゴンはどうだった?」
「ハアッ、ハアッ、ハアッ……噂どおりの、強敵、でした。しかし、勝てない敵では、ないですね」
「フウーッ、たしかにそうですな。しかし、タツマ様の援護がないと、やはり苦しいでしょう」
「そうだね。最初に足を止めたから有利に戦えたのは大きいでしょ」
「しかしいずれ、援護なしでも倒せるようになりたいですね」
ヨシツネがバスタードソードを目の前に掲げ、今後の抱負を語る。
でもスチールドラゴンを剣だけで倒すって、もう変態の領域だよね。
そんな話をしているうちに、スチールドラゴンの遺骸が霞のように消え、魔石と角が残された。
「おおー、でっかい魔石。それと角も残ってるね」
「ふむ、これはなかなか良い素材のようですぞ。売ればけっこうな値段になるでしょう」
「俺達の武器には、できないかな?」
「うーん、微妙なところですな。すでにミスリルの武器があるので、それ以上のものにはならんでしょう」
「そんなもんか。じゃあ売っていいね。また少し休憩して、次に行こう」
その後も探索を続け、合計で6匹のスチールドラゴンを倒すことができた。
さすがにドラゴンの動きにも慣れてきたため、最初に比べると半分くらいの時間で倒せるようになった。
さらに探索の途中で、また銀鉱石を見つけた。
ベンケイにインゴットにしてもらったら、5kgほどの銀塊になったよ。
臨時ボーナスも得て意気揚々と地上に戻ると、その晩は迷宮前で野営をした。
翌朝の馬車でカザキの町に帰還し、その足で冒険者ギルドを訪れる。
「コユキさん、こんにちは。だいぶ探索が進んだので、ポイント確認してもらえますか?」
「あら、久しぶりね、タツマ君。どれどれ…………ちょっと、何よこれ?」
「何か変です?」
「もうすでにスチールドラゴンを6匹も倒したって、馬鹿じゃないの……シルバーになって間もないのに、呆れるしかないわ」
なんかいきなり馬鹿とか言われてるんですが。
「ま、まあ、ミスリルの武器を手に入れたりとか、努力してますから」
「武器だけで強くなれば苦労しないわよ……ハァ、でもやっぱり、あなたたち才能あるのね。はい、ゴールド目指して頑張って」
「ありがとうございます」
それからドラゴンの素材を売ったら、金貨10枚を超えた。
さらに銀のインゴットは金貨5枚。
毎度あり~。
それから2日間は、武器の調整と休養に充てた。
やはりスチールドラゴンとの戦闘は激しく、肉体にも武器にも疲労が蓄積していたのだ。
ベンケイが武器を整備している間、俺とヨシツネは探索に使えそうな道具を探し歩く。
ある店では毛足の長い毛皮を見つけたので、野営時の下敷きとして購入した。
これがあれば、迷宮でもいくらか楽に寝られるだろう。
そんな買い物の最中、新しい奴隷商を見つけたので、冷やかし半分で入ってみることにした。
パーティ枠はまだひとつ空いてるから、手頃な戦力が手に入らないかと思っていたのだ。
ヨシツネほどの逸材は無理にしても、新たな出会いがあるかもしれない。
そんな軽い気持ちで入った店内に、想像以上の出会いが待っているとも知らず。