40.魔導銃
ウトウ迷宮の2層で出会った剛力竜は、想像以上の強さだった。
出だしでいきなりベンケイがふっ飛ばされてしまい、無様に逃げるしかなかったのだ。
なんとかドラゴンの追撃をかわしたものの、休息を取る俺たちはボロボロだ。
「なんとか逃げきれたけど、ケガは大丈夫か? トモエ」
(はい、大したことはありません。主様の援護でなんとか逃げられました)
「いやいや、トモエが頑張ってくれなけりゃ、全滅してたかもしれないんだ。ありがとうな」
(主様のお役に立てれば、それでいいのです)
そんなやり取りをしながら、俺はトモエの傷に治癒ポーションを塗っていた。
ホシカゲとトモエが体を張ってくれたおかげで逃げられたが、そのためにトモエは傷だらけだ。
いかに彼女が頑強な鱗に身を包まれていようと、マイティドラゴンの攻撃力は軽くそれを上回る。
実際、よく1人も欠けずに逃げきれたものだ。
一方、もう1人の功労者であるホシカゲは、素早く躱していたので、それほどひどいケガはない。
やがて、気絶していたベンケイも、意識を取り戻した。
「ウウッ……ここは一体……アイタタ」
「2層の通路だよ、ベンケイ。まだじっとしてた方がいいぞ」
「ベンケイ、だいじょうぶ?」
起き上がろうとして痛みに悲鳴を上げたベンケイを、土精霊のニカが気遣っている。
「ニカ、タツマ様……そうか、儂はドラゴンに殴り飛ばされて。ゲホッ、ゲホッ…………面目ありません。少々アバラを痛めたようです」
「それならこのポーションを少し飲んでおくといいよ」
「ありがとうございます」
ベンケイにポーションを渡し、少し飲ませる。
これで体内の痛みが和らぎ、治癒が促進されるはずだ。
「それにしても、マイティドラゴンの強さは想像以上だった」
「はい、ベンケイを吹き飛ばした力も凄いですが、鱗の硬さがまた異常です。ミスリルの剣でも表面しか切れませんでした」
「やっぱそう? ホシカゲの攻撃も効いてなかったみたいだしな……」
(面目ないのです)
「ホシカゲのせいじゃないって。俺の3連射もほとんど効いてなかったんだ。ミスリル武器はもっと習熟すれば威力が上がるとして、問題は魔法の方か」
最近、格段に威力が上がったと思っていた射撃魔法だが、早くも行き詰まったようだ。
するとニカが不安そうな顔をしたので、頭を撫でながら言う。
「別にニカのせいじゃないよ。だけど、また新しい魔法を考えるから手伝ってくれな」
「うん!」
3頭身の幼女がニッコリと笑いながら、うなずいた。
おそらく自分が役に立てなくなることを不安に思ったのだろう。
すると、それを見ていたスザクが聞いてきた。
「何か腹案があるのですか~? 主様」
「うん、俺の前世にあった銃っていうのを、作ろうかと思っている」
「それはすでに主様が疑似的に実現しているのでは~?」
「まあね。だけど、今は無属性魔法で疑似的に形成してる銃身を、ミスリルで作ったらどうかと思うんだ」
「ミスリルですと?」
俺の言葉にベンケイが反応した。
さすがは鍛冶師、モノ作りの話になると食いつきが違う。
そこで地面に槍の石突きでガリガリと絵を描きながら、詳しく説明してみる。
「うん、俺の前世ではこんな形の武器があって、この筒の部分から弾を飛ばすんだ。この筒の部分をミスリルで作って、それを保持する部分は木や鉄で作ればいいと思う」
「なぜ筒だけが、ミスリルなのですかな?」
「たぶん鉄でもやれるだろうけど、魔力伝達の良い素材ほど、魔法としては使いやすいと思うんだ」
「なるほど……しかし、どうやって撃つのですかな?」
「えーと……この筒の中に今までどおり石英弾を生成して、無属性魔法を火薬のように爆発させて飛ばす。銃身にライフリングを刻むのは難しいだろうから、羽付きの弾にしよう」
ベンケイにならライフリング付きの銃身も作れるかもしれないが、メンテなんかを考えると有翼弾がいいだろう。
サボと呼ばれる装弾筒が必要になるが、その辺はニカにお願いしてなんとかする。
これが成功すれば、地球でいうAPFSDS(装弾筒付き翼安定徹甲弾)みたいになるな。
ある意味、戦車以上のドラゴンの装甲を貫くには、おあつらえ向きな武器になるだろう。
そんな話をしているうちに、ベンケイも動けるようになったので、地上へ戻った。
その晩は広場で野営をして、次の朝の馬車を待った。
翌日、カザキに戻った俺たちは、その足でムラマサ武具店に押しかけて、工房使用の予約を取った。
ちなみにムラマサはほぼ鍛冶業を引退しているので、実際に工房を使ってるのは彼の息子になる。
息子さんは土属性だけだが、鍛冶魔法を使いこなす腕利きらしいな。
家に帰ってから俺は、魔導銃の図面を大雑把に描き、改めてベンケイに構造を説明した。
それを受けてベンケイが銃床部分の製作に入る。
ミスリル槍のように柄に魔力伝導性は期待していないため、材料は普通の木材だ。
おおまかな形ができると、実際に俺が手に持ったりして、使いやすい形に加工してもらう。
こうして銃床部分は、その日のうちにできあがった。
そしてムラマサの工房で銃身を作ることになったのだが、大きな問題があった。
「ミスリルが足りないんですか?」
「この間、お前らに売った武器を補充したので、品切れじゃ。1週間ほどで入るが、けっこうな値段じゃぞ」
「うーん、どうしようかな」
「それなら練習がてら、鉄で作ってみてはいかがですかな? その経験を活かせば、もっといいものができますぞ」
「なるほど、それもそうか。じゃあ、まずはそれで頼むよ、ベンケイ」
こうしてベンケイの提案に従い、鋼鉄で銃身を試作することになった。
作り方は、直径20ミリの木の棒に長さ50センチ強、厚さ3ミリの鋼鉄を巻きつける。
そして継ぎ目をベンケイの鍛冶魔法でつなぎ合わせ、片側を塞げば、あら不思議。
あっという間に内径20ミリの銃身の出来上がりだ。
しかもベンケイの鍛冶魔法で形状の微調整ができるから、銃身の真円度、真直度、平滑度もミラクルな精度に仕上がっているというチート製品だ。
これを見たら、地球の加工屋は悔しくて泣くだろう。
とりあえずこれを木製の銃床に固定し、近場の森に移動した。
人気のない所で、さっそく魔導銃の試射をしてみる。
「じゃあ、ニカ。今から俺が作る弾を作ってもらえるか? ちゃんとサボも付けてな」
「うん、やってみる」
彼女にはすでにサボ付き有翼弾の形状を紙に描いて見せ、構造もしっかり説明してある。
それは先端の尖った直径10ミリ、長さ40ミリの弾丸の後端に4枚の羽を付け、さらに直径20ミリのサボで覆った構造だ。
弾が銃身を飛び出ると、サボは3つに分かれて剥がれる。
弾は今までどおりの石英で、サボは適当な石材を軽石状にしてみた。
その弾を俺の手のひらの上に生成してから、ニカに見せる。
すると彼女は俺が1分くらい掛かった作業を、ほんの数秒でこなしてしまった。
これでとりあえず有翼弾が2個できた。
その弾の後端に無属性魔法による疑似火薬を生成し、試作品の銃身に落とし込んでから銃を構える。
銃身には簡単な照星が付けてあるので、それを目安に10メートルほど向こうの枯れ木に照準を合わせた。
そして弾尻の疑似火薬に点火すると、ドンッという音と共に弾が飛び出る。
しかし、反動が強すぎて銃身が跳ね上がったため、弾は遥か遠くへ飛んでいってしまった。
「アチャー、ちょっと爆発が強すぎたか」
明らかに失敗だったのだが、仲間の表情が一変していた。
「……タツマ様、今までとは段違いの威力ですぞ」
「ん? そりゃあ、魔法で疑似的に作っていた銃身とは大違いだよ。次はニカの弾をくれるか?」
「うん、どうぞ」
ニカから弾を受け取ると、また疑似火薬を弾尻に生成して銃身に落とし込む。
そして狙いをつけてから、再び点火。
今度もそれなりの反動はあったが、なんとか押さえ込んだ。
弾はいとも簡単に的の枯れ木を撃ち抜き、はるか遠くへ消えていった。
「ふむ。まあ、こんなもんかな」
「アハッ、すごいね、タツマ」
「ああ、ベンケイが作った銃と、ニカが作った弾を使ってるからな」
そう言って頭を撫でてやると、幼女が嬉しそうにはしゃいだ。
一方、周りの仲間はもはや言葉を失っていた。
やがてベンケイが呆れたように感想を漏らす。
「なんともはや、タツマ様の知識と魔法は恐るべきものですな。これほどの物になるとは」
「これもベンケイのおかげだって。だけど、鉄じゃ魔力を通さないから、いちいち銃身の先から弾を込めなきゃいけない。これがミスリルなら、銃身内に弾を生成できると思うんだ……できるよな? ニカ」
「うん、できると、おもうよ」
「なるほど、それでミスリル製の銃身をご所望でしたか…………分かりました。材料が揃い次第、とびきりの銃身を作りましょう」
「ああ、頼むよ。たぶんそれができれば、マイティドラゴンにも対抗できると思うんだ」
「そうですな。前回の雪辱を果たせるかもしれませんな」
どうやらベンケイも、その気になってくれたようだ。