39.マイティドラゴン
今後の迷宮攻略のために聖銀武器を買ったのだが、スザクのおかげで魔闘術というのが使えるようになった。
「ベンケイ、ベンケイ、魔闘術を使えるようになったよ」
「本当ですか? 普通は何日も練習するものなのですが……」
「うん、スザクに教えてもらったらできるようになった。ベンケイも見てもらったら?」
「そうですな。ぜひお願いします」
「それなら私も」
期待に目を輝かせてヨシツネも食いついてきたが、それはまだ早い。
「ヨシツネは先に魔力制御を鍛えないと」
「はあ、そうでした……」
ガックリと肩を落とすヨシツネを尻目に、ベンケイがスザクに魔闘術を習う。
するとホシカゲが物欲しそうに寄ってきた。
(わふ、僕もやりたいです、ご主人様)
「いや、ホシカゲはミスリル武器が無いじゃん」
(僕も欲しいです)
「無茶言うなって。ミスリルは高価なんだぞ。それにお前の武器は特注で、どこにも売ってないって」
(なら作って欲しいのですぅ)
とうとうホシカゲが俺の足にすがりつき、おねだりをしはじめた。
つぶらな瞳をウルウルさせて訴えかける仕種が、なかなかにあざとい。
それを見かねたベンケイが、仲裁してきた。
「それなら、ホシカゲも魔力制御ができるようになったら、武器を作るというのはいかがですかな?」
「うーん、まあそれならいいか。でもホシカゲにできるのかぁ? スザクはどう思う?」
スザクに話を振ると、意外な答えが返ってきた。
「聖獣クラスの魔物になら、魔力制御は可能なはずですよ~。魔石に向けて魔力を流してやると、感覚が掴めるでしょうね~」
「えっ、そうなの?……じゃあ魔力制御の練習、してみるか?」
(わふ、やるのです)
結局、ホシカゲにも魔力制御を教えることになった。
スザクに言われたように、ホシカゲの心臓辺りに手を当て、魔力を流し込んでみる。
最初は無反応だったが、やがてピクッと身じろぎをした。
(僕の胸の中から何か湧いてきたみたいです。これが魔力ですか?)
「そうですよ~。魔物の場合、魔石から魔力を生み出すんですね~。ホシカゲが意識すれば、肉体の強化にも使えるはずですよ~」
「おいおい、急にそんなことして大丈夫か?」
「最初はやろうと思ってもできないので、私が徐々に教えますよ~」
(よろしくなのですぅ)
なんだかんだ言って、ホシカゲまで魔力制御ができるようになるみたいだ。
まあ、戦力アップにつながるから、喜ぶべきなんだろうな。
「ホシカゲの武器ってどうする? ベンケイ」
「材料を入手して、ムラマサ殿の工房を借りればできるでしょう。儂が作るなら、それほどお金も掛かりません」
「なるほど。じゃあ、よろしく頼むね」
「お任せください」
(わふ、楽しみです)
その後もそれぞれに魔力制御や、魔闘術の練習をして1日が終わった。
それからさらに2日ほど魔闘術の練習をしていると、ホシカゲの武器も準備できた。
ムラマサに相談したら、最初は使役獣にミスリル武器とは何事か、と怒られたけどな。
しかしホシカゲの賢さを証明してみせたら、面白そうだという話に変わった。
結局、材料を融通してもらい、息子さんの工房でベンケイが作り上げた。
魔物用の武器などめったに無いので、出来上がったものをムラマサも興味深そうに見ていた。
ひととおりの準備が整ったので、いよいよウトウ迷宮に再挑戦だ。
まずは1層の鎧竜で試してみることにした。
少し探すと2匹のアーマラスが見つかったので、全員で攻撃した。
最初に突っ込んだのは、ホシカゲだ。
作ったばかりのミスリル武器”双聖剣”をくわえ、アーマラスをすれ違いざまに斬りつけた。
「ボエーーッ!」
今までほとんど歯が立たなかった硬い皮膚が、易々と切り裂かれた。
その攻撃でいきり立って暴れるアーマラスに、今度はヨシツネが突っ込んだ。
彼のバスタードソードが違う足を深く傷つける。
それに怒ったアーマラスが、今度はヨシツネに向き直って突進してきた。
しかし彼はそれを鮮やかに躱し、アーマラスの首を斬りつける。
結局それが致命傷となり、転倒してしばらくもがいていたアーマラスが息絶えた。
一方、もう1匹のアーマラスはトモエが相手をしていた。
今回はベンケイも攻撃に参加し、積極的に戦斧を振るっている。
やがてトモエの頭突きで転倒させたところを、ベンケイが首筋にとどめを刺す。
こうして前回より何倍も速く、アーマラスを仕留めてしまった。
「みんなお疲れ。ミスリル武器の威力は絶大だね」
「はい、素晴らしい切れ味です」
「全くです。知識として知っていても、実際に使うと全然違いますな」
(わふー、僕もまた役に立ったです)
(ウフフ、みんな頼もしくなりましたね)
「アハハ、すごいよ、ベンケイ」
この間まで、けっこう苦労していたアーマラスを、いとも簡単に倒せたのでみんな大興奮だ。
あいにくと俺の槍は出番がなかったが、たぶんそれなりに通用するだろう。
しかし、ここでスザクが注意を促した。
「たしかに強くなっていますが、まだまだ甘いですよ~。魔力を上手く制御すれば、切れ味はもっと上がるのですからね~」
「あれでもまだ甘いのかあ。まあ、まだ2、3日しか練習してないんだから当然か。次の剛力竜は油断しないでいこうぜ」
「「はい!」」
その後少し休憩してから、いよいよ2層へ向かった。
2層に下りて探索を始めると、すぐに新たな魔物が見つかる。
1層よりも広い分岐ドームの中に、1匹の大きな竜が鎮座していた。
そいつはアフリカ象ぐらいの4足獣で、鋭い牙と爪を持っていた。
体は緑色っぽい鱗に覆われ、独特な光沢を放っている。
特にその前足がよく発達していて、肩周りの筋肉が異様に盛り上がっている。
その外見を形容するなら、サイとゴリラを足してトカゲチックにした生き物、というところだろうか。
あれに殴られたら、普通の人間は1撃でグチャグチャになるらしいな。
俺たちは念話で打ち合わせを終えると、一気にドームに踏み込んだ。
中央はヨシツネとベンケイが盾を構え、ドラゴンに向けて歩きだす。
さらに左にはホシカゲが、右にはトモエが回り込もうとしている。
俺はベンケイの少し後ろを歩きながら、いつでも3連射を撃てるように構えていた。
そんな俺たちを見たドラゴンが、ゆっくりと立ち上がった。
さすが真の強者、俺たちなんか目じゃないって感じだ。
10メートルくらい手前で俺がトリプルを放つと、ドラゴンの頭にヒットした。
もちろんドラゴンの鱗は貫けないが、うっとうしそうな声が上がる。
「グルオゥッ」
そして次の瞬間、一瞬で距離を詰めたドラゴンが、ベンケイに殴りかかった。
目にも止まらぬ速さでドラゴンの右前足が振られ、ベンケイが壁までふっ飛ばされる。
「は?……ま、まずい、みんな防げ。トリプル……トリプル」
一瞬、何が起こったか分からなかったが、すぐに気を取り直して対応をする。
俺がトリプルでドラゴンの頭を攻撃している間に、トモエが側面に頭突きをかます。
わずかにドラゴンが怯んだところを、ヨシツネが駆け寄って右足に斬りつけた。
しかしアーマラスには有効だった攻撃も、表面を傷つける程度にしかならない。
「まずいですよ~、主様。一時撤退して態勢を立て直しましょ~」
「クッ……仕方ない。トモエとホシカゲでドラゴンを押さえててくれ。ヨシツネは俺と一緒にベンケイを運びだすぞ」
「分かりました。トモエ、ホシカゲ、頼む」
「クルルルルーッ(お任せください)」
「ウォン(やるです)」
俺はすぐに壁際で気絶しているベンケイの元に駆け寄り、遅れてきたヨシツネと一緒にベンケイを運んだ。
その間はトモエとホシカゲが、なんとかドラゴンを引きつけてくれている。
ようやく通路にベンケイを運び込むと、ドラゴンにトリプルを放ちながら呼びかけた。
「トリプル! トモエ、ホシカゲ、逃げろ。トリプル!」
ほとんどダメージを与えられなくても、ドラゴンの目の周りを狙うことで多少の牽制にはなった。
すぐにホシカゲとトモエが逃げてきたので、さらに通路の奥に逃げ込む。
幸いドラゴンは追ってこず、どうやら逃げきりに成功したみたいだ。
しかし、マイティドラゴンとの初戦闘は、想像以上の惨敗に終わったのだった。