35.ウトウ迷宮
チンピラを罠にはめてから1週間は、カザキ周辺を歩き回って地理の把握に努めていた。
その合間に採取依頼や討伐依頼をこなし、だいたいこの辺の状況は掴めたと思う。
そこでいよいよ俺たちは、迷宮探索に挑むことにした。
「それでタツマ様、どの迷宮に潜るのですか?」
「うーん、ちょっと悩んでるんだよね。普通ならアリガに似たムツナなんだけど……」
このカザキ周辺にはムツナ、ミアイ、ウトウ、ダイモンの4迷宮があるが、ムツナは獣系、ミアイは蟲系、ウトウは竜系、ダイモンがアンデッド系と、それぞれに特色がある。
アリガの延長みたいな感じでムツナに潜るのが自然だが、他の迷宮も捨てがたい。
するとベンケイがお勧めを教えてくれた。
「4迷宮それぞれに特徴がありますからな。しかし、迷っているのならウトウがお勧めですぞ。竜系の魔物が出る迷宮は珍しいですからな」
「へー、珍しいんだ。でも竜系の魔物って、強そうだよね」
「それは間違いありませんな。しかし、それだけにイノチの放出量も多く、肉体強化が早くできますぞ。それに中が広いらしいので、トモエも戦いやすいでしょう」
「なるほど、それはけっこういいな……珍しいっていう話だし、とりあえずウトウへ行ってみようか」
「ええ、それがよいでしょう」
こうして、俺たちはウトウ迷宮に挑むこととなった。
ウトウ迷宮までは歩けば半日ほどの距離があるが、毎朝カザキから馬車が出ることになっている。
まだ暗いうちから馬車に乗リ込むと、1刻ちょっとでウトウ迷宮に着いた。
当然、トモエは馬車に乗れないので、後ろをついてきた。
迷宮前の広場は、思ったよりも閑散としていた。
「あまり人は多くないんだね」
「竜系の魔物は手強いので、それなりに腕に覚えのあるものしか来ないのでしょう」
「なるほど。俺たちが来てもよかったのかな」
「我々なら問題ありません。まずは地図を買いましょうか」
ヨシツネが自信満々というか、楽しそうにしている。
そりゃあ、ヨシツネは間違いなく強者だけど、俺はそれほどでもないんだぞ。
まあ、いざという時は彼らが守ってくれるだろうから、なんとかなるか。
窓口で1層の地図を買い求めたら、銀貨10枚もした。
どれだけ大層なことが描いてあるのかと思ったら、その内容はむしろアリガ迷宮よりもシンプルだった。
通路の数が少なくて、分岐点は大きな部屋になってるようだ。
さらに中盤が無くて、序盤と深部のみときた。
迷宮ってのもいろいろだね。
それにしても、この内容で銀貨10枚も取るってのは、どうなんだろうか。
ここに潜るような人はそれなりに強い冒険者ばかりだから、気にされないのかもな。
そんなことを考えつつ、さっそく潜ることにした。
アリガと一緒で、入り口で銀貨1枚を払って階段を降りる。
その先にはやはり広い部屋と水晶台があった。
部屋の奥の通路を進むとT字路にぶつかったので、左へ行く。
少し進んだら、ホシカゲから警告が入った。
(わふ、少し先に何かいるです)
それを受けて慎重に進むと、広そうな場所が見えてくる。
そーっと中を窺うと、直径10メートルくらいのドームの中に、初めて見る魔物が5匹もいた。
そいつらは全高が120センチぐらいの、2本足で歩くトカゲだった。
けっこうガッチリしていて、体重は40キロぐらいはあるだろう。
小ぶりな前足には鉤ヅメが目立ち、大きなお口にはびっしりと歯が生えている。
小型のディノニクスって感じだな。
ギルドで調べた情報によれば、こいつらの名前は盗賊竜。
その強靭な脚で跳び回り、牙と爪で冒険者に襲いかかる凶暴な魔物だ。
しかも集団での狩りに長け、最大で10匹くらいで襲ってくるらしい。
最初に出会う魔物にしては、ちょっと手強すぎないだろうか。
そう考えていたら、ヨシツネから念話が入った。
(タツマ様、近くの奴から3連射で攻撃してください。それと同時にみんなで突っ込めば、すぐに殲滅できるでしょう)
(おいおい、大丈夫か? トリプルでもどれだけダメージを与えられるか分かんないぞ)
(多少でもダメージが入れば、我々が片付けますよ)
(ずいぶんとやる気だな。まあいいや、それじゃ撃つぞ)
入り口の壁際から左手を突き出してトリプルと念じると、3発の石英弾がラプトルに飛んでいった。
その弾はキッチリとラプトルの頭部を捉え、そいつを転倒させる。
それと同時にヨシツネたちが飛びだし、敵に向かっていった。
俺もすぐに別のラプトルにトリプルを放ったが、すでに気づかれていて躱されてしまう。
しかし、そこへホシカゲが駆け寄り、すれ違いざまに双頭剣で斬りつけた。
さらにヨシツネが乱入してバスタードソードを振リ回す。
ベンケイは少し後ろに控えていて、漏れてきたラプトルにとどめを刺していた。
俺もトリプルで援護していたら、あっという間に敵が全滅していた。
「ケガは無かった?」
「ええ、全くありません」
「今回は数が少なかったので、すぐに片付きましたな」
「まあ、そうなんだけどさあ。ちょっと強引じゃなかった?」
「いいえ、完全に想定内です。体の動きを見れば、相手の実力もだいたい分かりますから」
それはお前だけだっつーの。
しかし実際に問題は無かったのだから、あまり強くも言えない。
魔石を回収すると、また探索を始めた。
しばらく進むと、次の分岐点が見えてきた。
入り口からそっと覗くと、ラプトルが9匹もいやがった。
再び念話でみんなと相談する。
(今度は9匹もいるぞ)
(それなら、私がつっ込んでかき乱しましょう。奴らの牙など効きませんからね)
今度はトモエがやる気のようだ。
(うーん、それでもいいけど、もう少し確実にやろうよ。まず俺とベンケイ、ニカで突入して敵を引きつける。そして寄ってきたところを散弾銃で攻撃して、怯んだところを殲滅しよう)
(良い作戦だと思います)
(了解ですわい)
(それでいいですよ)
(了解なのです)
みんなの合意が得られたので、ベンケイとニカを連れて飛びだした。
ベンケイが盾と戦斧を構える後ろで、俺はショットガンの準備をする。
ニカも給弾係としてついてきてるが、ちゃっかり地面の下に隠れていた。
すると、俺たちに気がついたラプトルが、ゾロゾロとこちらへ寄ってきた。
先頭の奴が5メートルに近付いたところ、ショットガンをぶっぱなす。
ギンギンに尖らせた数十個の三角すいが、ラプトルの体表に突き刺さった。
「ギャーッ、ギャーッ!」
手傷を負って騒いでる奴らに、仲間が襲いかかった。
ヨシツネの剣とベンケイの戦斧がラプトルを次々と仕留め、ホシカゲは双頭剣で足を斬って回る。
さらにトモエは尻尾を振り回し、奴らを吹き飛ばしていた。
まだ絶命してない奴には、俺がトリプルでとどめを刺していく。
終わってみれば、今回も無傷の完勝だった。
「フウッ、とりあえず上手くいったな」
「ええ、この手の敵にはショットガンが有効ですね。さすがはタツマ様です」
「いやいや、みんながいてこその圧勝だって」
前衛がしっかりしていなければ、射撃魔法も役に立たないからな。
その後も探索を続け、夕刻までには序盤をほぼ探索できた。
それほど広い範囲を歩き回ってはいないのだが、何しろ出てくる数が多い。
おかげで50匹以上ものラプトルを狩り、収入は金貨2枚半を超えた。
ラプトルの魔石が銀貨5枚ってのは、まあ妥当なところだろう。
しかし、ショットガンみたいな手段を持っていないと、けっこう手こずるのかもしれない。
その晩は迷宮前の広場にテントを張って野営した。
さすがに馬車で来てるので、毎日帰る訳にもいかない。
他に野営してる冒険者もいるし、衛兵が駐留しているのでこの辺は安全だ。
焚き火を囲みながら夕食を取り、少しだけどお酒も飲んだ。
みんなで故郷の話なんかをして盛り上がる。
そしたら、ヨシツネが悲しそうな顔をしてたけど、それはどうしようもない。
いずれ、彼の名誉を回復させてやりたいとは思うが。
ああ、星空が綺麗だな。