33.新生活の始まり
怪異の発生する屋敷を調査したら、絹服妖精のシズカと出会った。
噂の怪異は、住人と仲良くなりたいシズカが引き起こしていたことが分かったので、事件は解決だ。
家主のリョウマには、妖精が住み着いてイタズラをしていたけど追い払った、と説明しておいた。
シズカの存在を明らかにしても、いいこと無いからね。
そして俺たちはその屋敷を月に銀貨50枚で借りられることになったので、新生活の準備を始めた。
屋敷にはテーブルや椅子、ソファー、ベッド、タンスなどが備わっていたので、新たに食器類とか雑貨、寝具なんかを買い込んだ。
けっこうな量があったので荷車を借り、トモエに牽かせながら買い回る。
おかげで半日で買い物は終わり、生活環境が整った。
俺たちが買い物をしてる間に、シズカが掃除を済ませてくれてたので楽だった。
さすがシルキー、家事はお手の物だ。
夕刻までにはだいたい作業が終わったので、それから宴会の準備だ。
買い込んだ食材を、シズカが楽しそうに料理していた。
その間に俺たちはお風呂の準備だ。
みんなでバケツリレーをして浴槽に水を溜め、加熱用の魔道具で温める。
さすがに魔石の消費が馬鹿にならないので、毎日は入れないだろう。
でも食事の前に交代で入浴したら、サッパリしたよ。
ホシカゲやトモエもお湯で洗ってやったら、気持ち良さそうにしてたな。
そして待望の宴会だ。
「それじゃあ、新生活のスタートを祝って乾杯!」
「「かんぱーい」」
俺とヨシツネ、ベンケイはお酒を、スザク、ホシカゲ、トモエは水で乾杯だ。
ニカとシズカは飲み食いの必要はないみたいだけど、ちょっとだけお酒を飲んでる。
ちなみにこの世界のお酒は日本酒に似てる。
まあ、米が主食だからね。
それと酒場ではビールみたいなのも飲める。
当然、現代のように冷えてはいないけど。
それからシズカの料理を堪能した。
肉の丸焼き、野菜の入ったシチュー、新鮮な果物なんかがテーブルに並んでいる。
味付けはちょっと薄めだけど、十分に美味しかった。
さすがは家事の味方、シルキー。
そう言ってシズカを褒めると、彼女はとても嬉しそうにしていた。
ずーっと独りぼっちだったから、他人に食べてもらうのが凄く嬉しいんだって。
そんな話をしているうちに、今後の話になった。
「明日からは何をしますかな? タツマ様」
「そうだなー、とりあえず明日はこの町の冒険者ギルドを訪れて、手頃な依頼を探そうよ。いいのが無ければ、迷宮に潜ってもいいな」
「そうですね、この町は大きいから依頼も多いでしょう。しかしタツマ様、この町での振る舞いにはお気をつけください」
「気をつけるって、何を?」
ヨシツネが何やら忠告してきた。
「この町、というよりもこのミカワ国全体が、亜人には厳しい土地なのです」
彼の話によると、この国では獣人種や妖精種への差別がひどいらしい。
彼らは亜人と呼ばれ、人族に劣る種族としてひどく虐げられているそうだ。
しかも差別がひどいのはミカワだけでなく、ほとんどの国が似たようなものらしい。
この辺では商業が盛んなオワリ国だけが、例外的に亜人に寛容なんだって。
ヨシツネはこの国に隣接する森林地帯に住んでいたので、そんな状況をよく見てきたらしい。
重税や物資の徴発だけならまだマシな方で、奴隷狩りや集落の焼き討ちなんてのが横行してるそうだ。
当然、町にいる亜人は大半が奴隷で、自身がよほどの強者であるか、大きな後ろ盾がなければ自由には生きられないとも。
「ですから、タツマ様にとって不愉快な場面がしばしばあるでしょうが、安易な正義感では動かないでください。それから、我々と対等に接しているところも、見られない方がよいです」
「それほど気を遣わないといけないものなの?」
「はい、さもないと余計な騒動を招きかねません」
「うーん……分かった。気をつけるよ」
とは言ったものの、あまり上手くやれるような気はしない。
やはり前世の記憶を引きずってるのが大きいようだ。
翌日はさっそく冒険者ギルドへ行ってみた。
さすがミカワ国の首都だけあって、アリガよりも賑わっている。
しかし昨日の話を聞いたせいか、なんだか雰囲気が荒っぽいような気もする。
それとヨシツネが言ったとおり、奴隷が多かった。
町中も含めて、見かける亜人はほとんどが奴隷の首輪を付けている。
ただし、ドワーフは生産者として人族との付き合いが深いから、そうでない人もけっこう多い。
おかげでベンケイが目立たなくて済むのは、不幸中の幸いだ。
とりあえず掲示板にある依頼内容を見てみると、多彩なものが並んでいた。
ドブ掃除から始まって、いろんな魔物の駆除や、山賊討伐ってのまである。
そんな中で、薬草採取の緊急依頼が見つかった。
普通は1袋で銀貨2枚なのに、倍の4枚になっている。
これはどこかで薬草を緊急で必要としてるってことなんだろう。
人助けにもなるし、この辺の地理を知るのにもよさそうだ。
「この薬草採取の緊急依頼でどうかな?」
「ちょうどよいのではありませんかな」
「問題ありません」
2人とも異論なさそうだったので、その依頼票を手に取ったら、後ろから声が掛かった。
「おいおい、いい男が3人も揃って薬草採取かよ。なんだったら俺が使ってやるぜ?」
そっちを見ると、マッチョでツンツン頭のおっさんがニヤニヤ笑っていた。
身長が180センチ近くあってそこそこ押し出し感はあるが、ぶっちゃけザコっぽい。
ヨシツネなんかに比べると、全く凄みが感じられない人物だ。
「いえいえ、俺たちはここに来たばかりなんで、こんなのでいいんですよ」
そう言ってかわそうとしたのだが、ツンツン頭は諦めない。
俺の肩に手を回し、なおも絡んできた。
「この町に来たばかりなら、なおさらだ。俺が親切に教えてやろう」
「いやいや、そんなお手間取らせたら申し訳ないですよ」
イラッと来たので、さりげなく手を振り切って逃げた。
そいつはなおも追いすがろうとしたが、ヨシツネがさりげなく間に入ってくれたので、やる気をなくしたようだ。
さすがにギルド内で騒ぎを起こすつもりはないのだろう。
俺は3列ある受付けで、比較的空いているところに並んだ。
少し待つと順番が来たので、依頼票とカードを出す。
受付嬢は長い黒髪のサイドテールで、眼鏡を掛けたクールな印象の女性だった。
「あら、これをやってくれるのね。だけどこれ、ちょっと危険度が高いんだけど、大丈夫?」
「危険度が高いというと、魔物でも出るんですか?」
「ええ、薬草の群生地に最近、闇狼の群れが住み着いたらしいの。それで初心者の子が採りにいかなくなっちゃって」
「ダークウルフぐらいなら大丈夫です。仲間が2人と使役獣もいますから」
少し離れた所にいるヨシツネたちを示すと、彼女も納得する。
「なるほど、それで鋼鉄なら問題なさそうね。ついでにダークウルフも倒してくれないかしら?」
「依頼は出てるんですか?」
「魔石を倍額買取りでどう?」
「うーん、できる範囲でいいなら。あまり時間取られたくないですし」
「分かったわ。ここに書いておくから、精算の時に言ってね…………はい、カザキの町へようこそ、タツマ君」
「あ、どうも。ちなみにお名前は?」
「コユキよ。それと、さっきあなたに絡んでたツンツン頭は初心者を利用するクズだから、関わらないようにね」
「やっぱりそうでしたか。ご忠告、ありがとうございます」
そう言うと、コユキがニコリと笑いながら、依頼票を渡してくれた。
俺も会釈をして窓口を離れたが、周りの人がちょっと驚いていた。
”コユキさんが笑うの珍しいな”とか言ってたから、普段はクールな人なんだろう。
なんにしろ、幸先がいい。
俺は納付窓口で薬草を入れる袋を受け取り、群生地の場所を確認してそこへ向かった。