32.新拠点
「今回の旅の英雄たちに乾杯!」
「「かんぱ~い」」
オワリ国からミカワ国への商隊護衛の途中、大規模な山賊に襲われた。
先制攻撃を食らって苦戦はしたが、なんとか山賊の撃退に成功した。
その後は大したトラブルも無く、翌日には目的地のカザキにたどり着き、今こうしてそれを祝っていた。
「くはーっ、困難な旅の後の酒は美味いな~」
「ええ、格別ですね」
「そんな遠慮せずに、ジャンジャン飲み食いしてよ。これは俺からのささやかなお礼だから」
「はぁ、ごちそうになります」
商隊を率いていたリョウマが俺たちの活躍にいたく感激し、護衛料アップのうえに酒宴まで開いてくれているのだ。
「なんだい、ヨシテルさんたちのことを考えてるのかい? 彼らだって分け前をもらえたんだ。君には感謝しているよ」
正規の護衛だったヨシテルのパーティは、3人が死んで残り3人も負傷という惨状だった。
リョウマは彼らも誘ったのだが、仲間が死んだ状況では楽しめないと辞退してきた。
俺はそんな彼らのためにせめてもと、山賊の懸賞金の半分を渡してやった。
「それにしても、賞金が金貨12枚とは残念だったね。あの規模の山賊なら、その倍はしてもおかしくないんだが」
「ええ、それは衛兵にも言われました。どうやら、まだ名前が売れる前だったようですね」
「そうだろう。事前に察知していたにもかかわらず、ヨシテルさんたちが半壊したんだ。あれはかなり厄介な奴らだった。しかし、それを全滅させてしまうんだから、君たちは本当に凄いよ」
「いえ、それほどでもないですよ。まあ、しいて言えば仲間が優秀なんです」
ヨシツネとベンケイを持ち上げてやったら、照れくさそうにしていた。
ちなみにホシカゲとトモエは、宿の厩舎でお留守番だ。
一応、美味い食事は与えてある。
「うむ、ヨシツネさんもベンケイさんも強いからね。本気で専属の護衛になってもらいたいほどだ」
「すみません。せっかくなんで、いろんな仕事をしたいんですよ。迷宮に潜って修行もしたいし」
「そうかい? 残念だなぁ……気が変わったらいつでも雇うから、言っておくれ」
「はい、ありがとうございます」
昨日からしきりに専属で護衛にならないかと誘われているが、丁重にお断りしている。
まだこの国に来たばかりだし、お金にも困ってないからしばらくのんびりしたいのだ。
「そういえば、住む所はどうするんだい?」
「当面は宿暮らしで、そのうち家を借りようと思ってます」
それを聞いたリョウマが、ニヤリと笑う。
「そうか! それならいい家があるぞ。実は幽霊か何かが出ると言われる物件があってな、全然借り手が付かんのだ。君たちなら住めるんじゃないか?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。いくらなんでも、そんな物騒な家は嫌ですよ」
「心配ないよ~。ただ何か妙な気配がするってだけで、実害は無いんだから……しかし原因が分からんのだよなあ。お祓いとかもしてもらったのに……」
リョウマが困ったという顔で、酒をあおる。
するとスザクが念話を送ってきた。
(主様、その家を調べてみましょ~。もし原因を突き止めて排除できれば、格安で借りられるかもしれませんよ~)
(何か心当たりがあるの?)
(はい~、たぶん解決できると思いますよ~)
ふむ、それが本当なら美味しそうな話だな。
「リョウマさん。もし、その幽霊とやらの正体を突き止めて排除できれば、格安で貸してもらえますか?」
「おっ、乗ってきたね。そうだな……相場なら月に金貨2枚のところを、銀貨50枚でどうだい?」
「そんなに安くていいんですか?」
「なにせ、借り手が付かずに困ってるくらいだからね。原因を突き止めてもらえるのなら、謝礼を払ってもいいぐらいだよ」
「分かりました。それじゃあ明日、そこを見てから相談させてください。まだ解決できると決まったわけでもありませんから」
上手くいけば、格安で家に住めるかもしれないな。
一軒家なら、ホシカゲやトモエも一緒に住めて都合がいい。
その後はしばらく歓談を楽しんでから、宿へ帰った。
翌日にリョウマの所へ赴くと、準備万端で待っていた。
すぐに彼の案内で問題の家に向かったのだが、それは想像以上に良いな家だった。
外観は木造モルタルの2階建てって感じだが、けっこう大きい。
ちょっとしたお屋敷といえるほどで、しかも大通りに面していて便がいい。
中に入ってみても、やはり広かった。
1階には大きなリビングとキッチン、部屋が1つにトイレとお風呂が備えられていた。
そう、お風呂があるのだ。
この世界でもお風呂は人気だが、庶民は共同浴場に行くしかない。
個人でお風呂があるのは貴族とか、相当なお金持ちってのが相場だ。
さらに2階には部屋が4つもあって、全員が個室で寝られる。
これは金貨2枚でも安いぐらいだ。
問題は、怪現象の正体を突き止められるかどうかだが……
「凄いですね、この家。怪異の正体を突き止めるために、何日か泊まってみてもいいですか?」
「もちろんだよ。この鍵を渡しておくから、自由に使ってくれたまえ。問題が解決するよう祈ってるよ」
そう言って、リョウマは帰っていった。
俺たちはリビングに残されていたテーブルで休憩することにした。
ちなみに、ホシカゲとトモエも中に招き入れた。
「主様、お茶でも飲みませんか~?」
「そうだな。ここの魔導コンロは使えるかな?」
キッチンの魔導コンロをチェックしたら、まだ魔石が残っていた。
魔導コンロってのは魔石の魔力を燃料にして、物を加熱する魔道具だ。
それに野営用の鍋を掛けて、お湯を沸かした。
水はお風呂の近くに井戸があった。
みんなでバケツリレーをすれば、お風呂の水を溜めるのにも、それほど掛からないだろう。
お湯が沸いたところでお茶っ葉を入れ、適当な器に注いでお茶を楽しむ。
これからどうしようか、などとお喋りをしていたら、何かキッチンの方に気配を感じた。
おかしいと思ってキッチンの方を見ていると、ふいに視界に色が付いた。
スザクが魔力視界を共有してくれたのだ。
すると、さっきまで誰もいなかったキッチンの柱の陰から、顔を出して覗く女性が見えた。
その人は真っ白なエプロンドレスを着た金髪の女性で、歳は20歳ぐらいに見える。
派手さは無いが、優しそうな感じのきれいな人だ。
その女性と目が合ってしばらく見つめ合っていたら、自分が見られていることに気がついた彼女が柱の陰に隠れる。
彼女はその後もちょこちょこ顔を出しては、こちらを窺っている。
どうやら事情が分かっているらしいスザクに、彼女のことを聞いてみた。
「なあ、スザク。あれってなんなの?」
「あれは絹服妖精ですよ~、主様。おそらく、この館の怪異の正体でしょうね~」
その声に気づいたみんながキッチンの方を見ると、彼女がまた驚いて隠れた。
そしてまたそーっと顔を出して、こちらを窺う。
そんな彼女に、手招きをしてみた。
すると、シルキーはおどおどしつつも、こっちへ寄ってきた。
少々時間が掛かったが、ようやく俺の目の前に彼女がたどり着く。
そんな彼女に椅子を勧めると、ちょっと離れて座ってくれた。
そこで冷めかけたお茶を勧めてみたら、恐る恐るそれを口に含み、そして彼女が嬉しそうに笑った。
それはまるで、花が咲いたような笑顔だった。
しかし、すぐに状況を思い出して視線を落とし、ポツリと呟いた。
「なんで、私のこと見えるの?」
「ああ、それはこのスザクのおかげだよ」
そう言いながらスザクに説明を求めると、彼女の解説が始まった。
「私には妖精とか精霊が見えるのですよ~。さらにここにいる仲間内でなら、感覚を共有することができるんで~す」
「……そんなの、普通じゃない」
「そうですよ~。主様は偉大な使役師ですからね~」
珍しくスザクに持ち上げられたりすると、ちょっと照れくさいな。
しかしそれよりも、目の前のシルキーと話をつけなきゃ。
「オホン……それじゃあ、こっちから質問だ。なんでこの屋敷で怪異を起こしてるの?」
そう質問すると、彼女はバツが悪そうに語り始めた。
聞けば、この屋敷の最初の主人と目の前のシルキーは相性が良く、けっこう親しくしていたそうだ。
普通ならシルキーは見えないから、人知れず掃除をする程度のところを、その主人とは家族のような付き合いをしてたとか。
しかし、その主人が5年前に世を去り、屋敷は他人の手に渡った。
当然、それ以後入居してくる人たちにシルキーは見えない。
見えないのだが、この彼女は昔の家族付き合いが懐かしくて、しばしば接触を試みてしまう。
すると、その無駄な努力が人々に怪異として受け止められ、入居してもすぐに出ていってしまうという悪循環に陥ったらしい。
「なるほどなぁ。それは不幸な状況だったね。たとえ彼女に害意が無いとしても、一般人には分かんないからな」
「そうですね~。でも、私達となら一緒に暮らせますよ~」
スザクがそう言うと、シルキーが驚いた顔をする。
「い、いいの? 私なんかと」
「なんの問題もないよ。何しろこっちには、すでにスザクとニカがいる。むしろ、家事を手伝ってくれるんなら、大歓迎だ」
「本当? 私、なんでも、するよ」
「よし、交渉成立だ。これからよろしくな……えーと、名前はなんだっけ?」
「シルキー」
彼女は当然のことのようにそう言う。
「あー、そうか……それじゃあ、俺から名前を贈ろう。シズカってのはどうだ?」
またまた源義経がらみの人物から、シズカと名づけてみた。
おとなしそうな顔をしているから、ピッタリだろう。
彼女はシズカ、シズカと呟いてから、嬉しそうに微笑んだ。
どうやら気に入ってもらえたようだ。
こうして俺たちは、新たな拠点と仲間を手に入れた。