29.トモエ
4層深部でホシカゲが負傷したため、しばらく迷宮に潜るのはやめにした。
ベンケイはホシカゲの鎧強化に取り組んでいたので、俺とヨシツネは薬草採取がてら鍛錬をする。
「しっかし、急に戦闘力を上げるなんて無理だよなぁ」
「タツマ様には新しい魔法があるから、まだマシですよ。俺なんかほとんど変わってませんから」
「ヨシツネは元々強かったじゃないか。今でも十分な戦力だよ」
(わふー、僕ももっと強くなりたいのです)
「ホシカゲも十分に強いって。またベンケイが武具を強化してくれるから、それで我慢しとけ」
昼飯を食いながらそんな話をしていたら、スザクが面白いことを言いだした。
「ホシカゲのような聖獣は、まれに進化することがあるそうですよ~、もきゅもきゅ」
「進化って、どんな?」
「例えば、魔法を使う上位存在になったりするとかですね~、もきゅもきゅ」
「へー、どうすれば進化できるんだ?」
「さあ、それは私にも分からないのです。イノチや魔力を蓄えると、何かをきっかけに進化するとかしないとか、もきゅもきゅ」
「それじゃあ何も分からないのと一緒じゃん……しかし、なんかいい手はないものかねぇ」
「それなら、また奴隷商を覗いてみますか? タツマ様なら魔物屋という手もあります」
「奴隷商かぁ。でもまともな戦闘奴隷を買うには、全然お金が足りないんだよね……それなら魔物屋の方が、まだ可能性があるかもしれないな」
結局、その日は早めに切り上げて、奴隷商を見にいくことにした。
しかしやはり高い奴隷しかいなかったので、ついでに魔物屋も覗いてみる。
魔物屋ってのは、文字どおり魔物を扱ってる店だ。
ペットとしてだったり、乗るための騎獣や荷物を運ぶための駄獣として、魔物にも一定の需要があるのだ。
中に入ってみると、リスや猫のような魔物からスライムまで、いろいろといた。
しかし、ここには戦闘に堪えるような魔物はいなかったので、店の人に聞いてみた。
「すみませ~ん。迷宮攻略に使えそうな魔物とかいませんか?」
「迷宮攻略ですか? 裏の厩舎に大きな魔物はいますが、使役術を持ってないと難しいですよ」
「ああ、それは大丈夫です。俺は使役術が使えますから」
「そうですか。あのドアの向こうに厩舎があるので、そちらで聞いてください」
「分かりました」
言われたドアをくぐると、その先に大型魔物の飼育スペースがズラリと並んでいた。
牛や馬に似た魔物もいれば、恐竜みたいな奴もいる。
トリケラトプスみたいな4足タイプと、ディノニクスみたいな2足タイプが見えた。
ディノニクスってのは、ジュラシックなテーマパークの映画で有名な恐竜だな。
映画ではヴェロキラプトルって呼ばれてたけど、実際はディノニクスがモデルなんだって。
実際のヴェロキラプトルはもっと小さくて、鳥みたいな格好らしいぞ。
そんな大型魔物を見て歩いていたら、変わったのが目についた。
そいつは2足型の恐竜のような外見で、鳥みたいな頭の頭頂部がヘルメットみたいになっていた。
たしか、地球でパキケファロサウルスと呼ばれる恐竜に似ている。
寝転がっていたそいつは、俺と目が合うと起き上がって近寄ってきた。
フンフンと臭いを嗅ぐその瞳には、けっこうな知性があるように見える。
思わず手を出して首筋を撫でてやったら、気持ち良さそうに撫でられていた。
しばらくそいつを構ってたら、後ろから声を掛けられた。
「こいつは驚いた。それが人に懐くとは珍しいな。お客さんは魔物使いの経験でもあるのかい?」
話しかけてきたのは、スキンヘッドでガッチリしたおっさんだった。
パッと見は怖いけど、目が優しげで悪い人ではない感じ。
「ええ、使役術は使えますよ」
「そうかい、それは好都合だ。もしよければ、こいつを買ってくれないかな? お安くしとくぜ」
聞けば、この頭突竜のメスは他のオスと一緒に仕入れたものの、一向に人に懐かず、体も小さくて買い手が付かないそうだ。
こいつの体格は普通に立つと俺より少し低いくらいで、尻尾を含んだ全長は4メートル近い。
がっしりした後ろ足に比べて前足は貧弱だが、ちょっとした作業はできそうだ。
そして見た目のわりに、馬車を牽く力は強いらしい。
「普通なら金貨20枚は下らないところを、半額の金貨10枚でどうだい?」
「うーん、金貨10枚は高いな。俺は駄獣を探してるんじゃないし」
「じゃあ、何を探してるんだい?」
「迷宮で戦える魔物をね」
「なんだい。それならこいつは使えるぜ。こいつの頭突きは1撃で牛を殺すほどだし、荷物持ちにも使えるからな」
「うーん……でもこんな魔物を置く場所が無いんだよな。ちょっと考えてみるよ」
「駄目か?……このままだと処分しなくちゃならないから、買ってもらえると嬉しいんだがなぁ」
おっさんがそう言うと、頭突竜がクルルルーと悲しそうな声を上げた。
その声に後ろ髪を引かれる思いだったが、その場は振り切って別の魔物も見て回る。
しかし、あいにくと他に使えそうな魔物はいなかったので、そのまま店を出た。
「あの頭突竜、どう思う?」
「意外に悪くないのではありませんか。戦闘力はありそうですし、駄獣としても使えます」
「うーん、そうだよなぁ。でもあんなの置く場所ないしなぁ」
「そうですね。さすがにあれは家には入りません」
そんな話をしながら家に帰り、夕食でその話をしたら、テッシンがアドバイスしてくれた。
「そういう魔物だったら、3丁目の馬車屋に預けたらどうだ?」
「3丁目って……ああ、そう言えば、ありましたね」
迷宮への経路を少し外れた所に、馬車を売る店があった。
そこには少数ながら駄獣も置いているから、厩舎があるらしい。
「うーん、そうするとあの頭突竜は買いなのかな?」
「たしか、このままだと処分すると言ってました。交渉すれば、もっと安くなるかもしれませんよ」
「そうだな……もうちょっとまけてくれるなら、買っちゃうか。ホシカゲ並みに賢いと、なおいいんだけどな」
(わふ、僕の仲間が増えるです?)
仲間が増えるかもという話で、ホシカゲがワクワクしていた。
彼並みに使えれば言うことはないのだが。
結局、翌日に魔物屋へ行くことにして、その日は眠りに就いた。
翌日、まず近所の馬車屋に話を付けてから、魔物屋を訪問した。
すると、昨日のおっさんが目ざとく見つけて、声を掛けてくる。
「おお、昨日の兄ちゃんじゃないか。あの頭突竜を買う気になったかい?」
「まだ買うかどうかは決めてないけど、ちょっと気になってます。こいつの価格、もっと安くならないですかね?」
「おいおい、まだ下げろってか。もう半額だぜ」
「でも、このままだと処分しなきゃいけないんでしょ?」
「チッ、余計なこと言っちまったな…………たしか、兄ちゃんは使役術を使えるって言ってたな? ならその辺も含めて銀貨50枚引いてやる」
「処分品……」
意外に渋いので、ボソッと言ってやった。
「くわーっ、分かった。全部で金貨9枚だ。これ以上は絶対にまけねえぞ」
「買った。それじゃあ、契約させてもらいますね」
例の頭突竜に左手を向けて『契約』を打診すると、すぐに成立した。
その途端、彼女の声が流れ込んでくる。
「クルルルルーッ(ありがとうございます、主様。私に名前をいただけないでしょうか?)」
またまた聖獣だった。
それとも今、聖獣になったのだろうか?
しかも名前を要求してるし。
「名前、か…………よし、お前の名前はトモエ。これからよろしくな」
「クルルルルーッ(すばらしいお名前をありがとうございます、主様)」
嬉しそうに俺に擦り寄ってくるトモエを見て、店のおっちゃんが驚いている。
「相変わらず凄い懐きっぷりだな。これなら幸せになれるだろう。しっかり頼むぜ、兄ちゃん」
「まあ、迷宮に潜るのが幸せかどうかは分からないけど、せいぜい気をつけますよ」
それから金貨9枚を払って、魔物屋を後にした。
「それにしても、やはりタツマ様が使役すると聖獣になるのですね?」
「元々頭が良さそうだったから分からないけど、どうなの? トモエ」
「クルルルルーッ(主様と契約する前の記憶はほとんどありません。おそらく契約で変わったのでしょう)」
「そうか。まあ、元々素質があったのかもな」
ここでヨシツネが聞いてきた。
「トモエという名はどうやって決めたのですか?」
「うん、前世でヨシツネと由縁のあった女性の名前なんだ。メスだからちょうどいいと思ってね」
トモエってのは、源義経に討たれた源義仲の愛妾の巴御前から取った。
義経の愛妾の静御前でもよかったけど、武人ならやっぱ巴御前でしょ。
「どんな由縁か、後でじっくり聞かせてください」
「いいけど、結末は悲しい話だぞ」
「それはちょっと、なんですね」
こうして俺は、また新たな仲間を手に入れたのだった。
2017/8/5
”バッティングサウルス”を ”ヘディングサウルス”に変更しました。