28.サーベルタイガー
ホシカゲの強化が成功したため、4層中盤は快調に探索をすることができた。
次はいよいよ深部の探索だが、その前に強敵に対抗するための策を練ることにした。
「明日からいよいよ深部の探索なんだけど、そこに出てくる剣牙虎ってのがかなり手強いらしいんだよね」
「1尺もの牙を持つ巨獣、という話ですね」
「そう。そんなのが3,4匹の群れでうろついてるんだって」
サーベルタイガーとは名前のとおり、サーベルのような牙を生やしたネコ系の魔物だ。
前世ではスミロドンっていうのが有名だったけど、あれよりもでかくて凶暴らしい。
その牙は1尺、つまり30センチぐらいにもなるという話だ。
「さらに毛皮が厚くて硬いという話ですな。身のこなしも素早いと聞くので、下手をすれば返り討ちもあり得ますな」
「だよな~。まあ、実際に当たってみないと分かんないけど、保険は掛けておきたいかな」
「と言われますと?」
「ヤバくなった時に逃げやすくしたい。具体的には煙幕を張ったり、大きな光や音、臭いなんかで怯ませるってのはどうかな?」
「キャハハハハハッ、臆病者の主様らしいですね~」
「うるせーよ」
スザクのストレートなツッコミに、ヨシツネやベンケイも苦笑している。
しかし、こんなとこで見栄を張って死ぬぐらいなら、臆病者と言われる方がまだマシだ。
「火薬が手に入れば、なんとかならないかな? ベンケイ」
「そうですな。この町でも花火に使う程度の火薬は手に入るでしょうから、それで何か作ってみましょう」
それからしばらく案を練り、目処をつけてから眠りに就いた。
翌日は火薬を探し回った。
ちょっと手間取ったが、花火に使う程度のものは手に入った。
他にも役立ちそうな物を買い込んで、町の外に出て人気の無い所で加工をする。
ここでもベンケイの知識と器用さが大いに役立った。
彼は主に鍛冶の修行をしてきたものの、木工とか火薬の取り扱いなんかもかじったことがあるそうだ。
こうしてできたのが、煙幕玉と刺激玉だった。
煙幕玉は地面に叩き付けると、爆発して煙幕を張る道具だ。
そして刺激玉は標的に当てると、コショウやトウガラシを撒き散らして目や鼻を麻痺させようというもの。
刺激玉を使った時は、ホシカゲがずいぶん遠くまで逃げていたので、たぶんサーベルタイガーにも効くだろう。
結局この日は、丸1日をこれらの製作に費やして終わった。
そしていよいよ4層深部に挑む日が来た。
途中でブラッドリンクスやソードディアを片付けながら、まっすぐに深部へ移動する。
深部に到着して探索を始めると、やがて2匹のサーベルタイガーに遭遇した。
そいつは噂どおりにでかい魔物だった。
地球の虎よりもひと回りは大きく、特に前足がガッシリしている。
体毛はライオンのそれに似ていて、名前の由来である巨大な牙を上顎に生やしていた。
あんなのに噛まれたら、簡単に死ねるな。
とりあえず先制で3連射を叩き込もうとしたのだが、奴らの勘は鋭かった。
発射体勢に入った途端、ジグザグに動きながら襲いかかってきたのだ。
それをヨシツネとベンケイが盾で押し止めると、すかさず跳び下がる。
そのまま低い唸り声を上げながら隙を窺っているところに、ホシカゲが突っ込んだ。
そしてすれ違いざまに双頭剣で足を斬りつけたものの、大したダメージにはならなかった。
見た目以上に敵の防御力は高いようだ。
しかし、ホシカゲの攻撃に気を取られた瞬間、サーベルタイガーの動きが一瞬だけ止まった。
すかさずトリプルを叩き込むと、上手いこと目に当たる。
「ギャンッ!」
傷付いたサーベルタイガーがしゃがみ込んだので、ヨシツネがそこに斬りかかった。
しかしそれを隣のサーベルタイガーが邪魔しようとしたので、ベンケイが盾で防ごうとする。
ベンケイと揉み合う敵にトリプルを放ったら、腹部に命中して血が噴き出た。
こうして手負いになった2匹のサーベルタイガーとの戦いが、しばらく続いた。
ヨシツネとベンケイが1匹ずつ相手取り、それを俺が後ろから援護する形だ。
やがてヨシツネが先に敵を倒し、ベンケイを加勢する形で決着がついた。
肩で息をする2人に近寄りながら話しかける。
「お疲れ。やっぱりサーベルタイガーは強いね」
「ハッ、ハッ、ハッ……はい、かなり、手強かった、です」
「いや、はや。2匹で、これとは、先が、思いやられ、ますわい。フウッ」
「ホント、そうだね。まあ、いざという時は、煙幕張って逃げればいいよ」
そう言うと、ヨシツネもベンケイも苦笑していた。
一方、ホシカゲがちょっとしょぼくれている。
「どうした? ホシカゲ」
(せっかくの武器が通じなかったです~)
「それが不満なのか? まあ、これまでは通じてたから悔しいのも分かるけどな……でも、ホシカゲが気を引いてくれたから、その後ダメージを入れられたんだぞ。今後も無理せず、敵の注意を引く戦法がいいんじゃないか?」
(わふ~、仕方ないのです)
一応納得してくれたようでよかった。
こんなところで無理をして、仲間を失いたくないからな。
その後も慎重に探索を続けていたら、今度は3匹のサーベルタイガーに遭遇した。
「トリプル! チッ、勘のいい奴だ」
またもや俺の先制攻撃が避けられた。
すぐにサーベルタイガーが襲いかかってきたので、ヨシツネ、ベンケイ、ホシカゲが迎え撃つ。
しかしホシカゲ1匹で支えるには、相手が強すぎた。
俺がトリプルで援護していたものの、サーベルタイガーの動きが激しくてなかなか当たらない。
そんなことをしているうちに、とうとう敵の強靭な前足がホシカゲにヒットした。
「キャインッ!」
ホシカゲが血をまき散らしながら、ふっ飛んでいく。
「ヤバいっ! みんな、一旦退却!」
危険を感じた俺は、すかさず煙幕玉をサーベルタイガーに投げつけた。
玉が弾けて煙幕が噴きだすと、ヨシツネとベンケイが戻ってくる。
「ヨシツネはホシカゲを頼む」
「了解です」
ヨシツネがホシカゲを脇に抱えて走りだそうとした時、1匹のサーベルタイガーが煙幕を抜けてきた。
すかさずそいつの足元に刺激玉を投げてやったら、ボワンッと弾けてコショウとトウガラシが舞い上がる。
そこに頭を突っ込んだサーベルタイガーが、悲鳴を上げて暴れだした。
キャンキャンいいながら、鼻を押さえている。
そんな敵を尻目に、俺たちは一目散に逃げだした。
数十秒ほど走って安全を確保すると、すぐにホシカゲの治療に取りかかる。
「大丈夫か? ホシカゲ」
(面目ないのです~)
「気にするなって、しばらくじっとしてろ」
ホシカゲは右肩周りを、サーベルタイガーの爪でえぐられていた。
革鎧が一部裂けていたので、それが無ければもっと大ケガになっていたかもしれない。
治癒ポーションでとりあえず歩けるようにはなったが、しばらく戦闘は無理だろう。
「なあ、ベンケイ。この鎧、もっと改良しないか?」
「ふーむ、そうですな。もう少し強度を上げて、守る範囲も増やしてみますか」
「うん、それとさ、所々に鉄の突起を付けて、敵にダメージを与えるとかどう?」
「なるほど、兜にも付けると面白そうですな」
それから少し休んで、地上へ戻った。
今日倒したサーベルタイガーの魔石は銀貨7枚だ。
あの強さにしては安すぎると思ったが、仕方ない。
まだまだ日は高かったが、鎧の材料を買って家に帰る。
深部を攻略するには、ホシカゲの防御力を強化すると同時に、他に対策も考えた方がよさそうだ。