23.土精霊のニカ
ベンケイと使役契約を交わしてから、彼をストーカーしていた土精霊とも契約した。
さらにスザクの勧めでノーミーに”ニカ”という名前を付けてやったら、彼女が実体化した。
おかげで俺は魔力を吸い取られ、倒れそうになった。
「ニカが実体化?……スザク、お前はこうなることを知ってたのか?」
「たぶんそうなるんじゃないかとは、思ってましたよ~」
「黙ってそんなことさせるなよっ! 危ないじゃないかっ!」
「精霊の実体化に大した魔力は必要ありませんよ~。実際に大丈夫だったではありませんか~」
「そういう問題じゃ――」
「あたし、わるいこと、した?」
スザクに文句を言っていたら、ふいにニカが言葉を発した。
その舌っ足らずの言葉を聞いたら、なんとなく怒気がそがれた。
俺はため息をつき、しゃがみ込んでニカに視線を合わせる。
前髪で目が隠れて表情が読みにくいが、ひどく申し訳なさそうにしているのは分かった。
「別にニカが悪いんじゃないよ。ちょっと驚いただけさ。俺はタツマ。これからよろしくな」
彼女の頭に手を乗せ、クシャクシャっとしてやったら、彼女はようやく自分が実体化していることに気づいた。
アタフタと両手を振り回し、ヨシツネの後ろに隠れてしまう。
そのうえでニカは、また顔を出して話しかけてきた。
「おこって、ない?」
「ああ、怒ってないよ。もう俺達は仲間だからな」
「なかま?……ベンケイ、とも?」
そう言いながら、彼女はベンケイを見上げた。
「ああ、ベンケイも仲間だ。ここにいるヨシツネも、ホシカゲも、スザクもだ」
それを聞いたニカが、ふいに嬉しそうに笑った。
寂しげだった3頭身の幼女が、花のような笑顔を見せる。
しかし、彼女はすぐにその顔を曇らせ、たどたどしく喋りはじめた。
「でもベンケイ、おこってる。あたしが、じゃましたから」
「それは精霊召喚の儀式のことか? 悪いと思ってるなら、謝ればいい。そしてこれから償いをするんだ」
そう言ってやると、ニカは俺とベンケイを何度も見比べた。
そして決心したようにベンケイの前に進み出る。
「ごめん、ねぇ……あたし、ベンケイと、けーやく、したかったの。なのに、あたしが、よばれなかったから、ぎしき、じゃましたぁ……ごめん、ねぇ」
前髪に隠れた瞳からボロボロと涙をこぼしながら、ニカが謝った。
たぶん、今までずっと後悔していたのだろう。
心の底から絞り出すように、謝罪の言葉を紡ぎだす。
謝罪され方のベンケイは、困惑しながらもニカの前にひざまずき、言葉を掛ける。
「そうか、お前も苦しんでいたのだな…………分かった、お前を許そう。だからこれからは、儂とタツマ様に力を貸してくれるな?」
それを聞いたニカが、ビクッと体を震わせた。
そしてまた涙を流しながら、改めてベンケイに尋ねる。
「いいの? あたしのこと、ゆるして、くれるの? ベンケイを、あんなひどいめに、あわせたのにぃ」
「なーに、儂はこうして生きておるし、タツマ様に出会えた。これも運命だったのだろう。だからもう、泣かなくていいぞ」
そう言ってベンケイは、優しくニカの頭を撫でる。
ニカは黙って撫でられていたが、やがて彼に抱き着いた。
そのまま2人はしばらく抱き合い、互いに涙を流していた。
やがて気が済んだのか、ベンケイが立ち上がって礼を言う。
「タツマ様、ニカとの和解の場を持たせていただいたこと、深く感謝します」
「ありがとぅ」
「そうか。ベンケイも納得できたんなら、俺も嬉しいよ。今後は2人で俺を助けてくれると嬉しい」
「もちろんです。この命を懸けて、タツマ様をお支えしますぞ」
「がんばるぅ」
ベンケイはまるで憑き物が落ちたかのように、サッパリした顔をしていた。
ニカも彼に許してもらって、とても嬉しそうだ。
ここでスザクが重大な指摘した。
「ところで主様。ベンケイの鍛冶魔法を確認してみてはいかがですか~」
「うん、そうだったね。ベンケイ、さっそく鍛冶魔法が使えるかどうか、試してみてくれない?」
「そうですな。それではまず土属性から…………ハニヤスの力持て、金の素を集めんと欲す、金属収集」
ベンケイは足元の石を拾い上げると、なにやら呪文を唱えた。
すると、ニカがそれに呼応するように目を閉じる。
俺を通じて、何かがベンケイに流れていくのが、かすかに感じ取れた
しばらくすると、ベンケイの手の上の石がボロボロと崩れ出し、砂となってこぼれ落ちた。
それを見たベンケイが、感慨深そうに言う。
「成功です……あんなにも焦がれながら成し得なかった鍛冶魔法が、こんなに簡単に……」
「それは何をしたの?」
「これは石の中から鉄を抽出したのです。あいにくとほとんど含まれていなかったので、こんな状況ですが」
どうやら鉱石から直接、金属元素を取り出す魔法だったらしい。
次に彼は自分の戦斧を取り出し、その刃が欠けた部分を手でなぞりながら呪文を唱えた。
「ハニヤスの力持て、この金を正さんと欲す、金属形成」
すると、欠けて変形していた部分が滑らかになり、刃が修復された。
ベンケイがまたため息をつくように言う。
「完璧です……まるで何年も前からやっていたように魔法が操れます。これも全てタツマ様とニカのおかげでしょう」
「アハッ、ニカも、やくにたった?」
非常に満足そうな笑顔を浮かべるベンケイを見て、ニカも誇らしげな顔になる。
どうやら使役リンクを使った鍛冶魔法は、想像以上に上手くできたようだ。
「それじゃあ、火属性の方はどう?」
「やってみましょう……カグツチの火持て、この金を鍛えんと欲す、金属加熱」
ベンケイが呪文を唱えながら指で戦斧の刃をなぞると、その部分が赤くなった。
今度はスザクからベンケイに、何かが流れる感覚があった。
「おお、成功です。火属性まで使えるようになっています。これならば、みんなの武器をより良い状態に整備できるでしょう」
「アハハッ、よかったね、ベンケイ」
涙ぐんで喜ぶベンケイを見て、ニカが嬉しそうに飛びはねる。
ここでまたスザクから指摘があった。
「ところで主様。ニカと契約したので、主様も土属性が使えるのではないですか~?」
「あっ、そうか。俺も試してみよう。前から土属性が使えるようになったら、旋条銃に応用してみようと思ってたんだよね」
俺は人のいない方向へ左手を突き出し、土魔法を試してみた。
まずは石の弾丸を作れないか試してみると、とりあえず弾らしきものが出来上がる。
さらにその周辺に無属性魔法で銃身を形成し、弾を撃ち出してみた。
けっこうな勢いで撃ち出されたその弾が、近くの木に当たって弾けとぶ。
「おおっ、成功ですな」
「うーん、ちょっとイメージが違うんだよな。もっと硬くて、ビシッと突き刺さるようにしたいんだけど……」
ベンケイの目から見て大成功でも、俺にはちょっと物足りなかった。
また試行錯誤すればいいんだろうけど、とりあえずどうすればいいのか、よく分からない。
「それならば、もっと硬い石をイメージすればよいでしょう。身近な石ですと、これですかな」
ベンケイがそう言いながら石を拾い、ガラス状の物質を抽出してみせた。
「あー、これ石英だな。そうか、これならどこにでもあるし硬いもんな。ありがとう、ベンケイ」
俺は教えてもらったとおりに石英の弾丸を作り出すと、また近くの木に撃ちだしてみた。
すると今度は見事にビシッと弾が突き刺さり、けっこう深くまで食い込んだ。
「おー、さすがですな、タツマ様。これならマッドボアも1撃で倒せそうですぞ」
「うん、そうだね。いろいろ調整すれば、もっと威力も上がると思うし……この魔法の名前はどうしようかな? ストーンライフルじゃ長いから、とりあえず”石英弾”でいいか」
ちょっと安直すぎる気もするが、戦闘で使うにはシンプルな方がいいだろう。
「さて、ちょっと早いけど、今日はもう家に帰ろうか。ベンケイはケガしたばかりだしね」
「それならば、ちょっと鍛冶屋に寄らせてもらえませんかな? 道具を借りて、みんなの武器を整備したいのです」
ベンケイは今までにも1度、鍛冶屋の道具を借りて武器を整備したことがあった。
「ついこの間、整備したばかりなのに、またやるの?」
「もちろんです。鍛冶魔法を会得する前と後では、やれることが大きく変わりますからな。騙されたと思って、付き合ってくだされ」
自信満々のベンケイを見ると反対する気にもならず、みんなで鍛冶屋に移動した。
ベンケイはそこの主人を話をつけると、早速作業を始める。
ちなみにちょっと作業場を借りるだけに銀貨50枚も要求されたが、急な話なので黙って払った。
ベンケイは俺の槍、ヨシツネのバスタードソード、彼の戦斧に加え、それぞれの短剣を鍛え直した。
傍目には普通の鍛冶屋と同じことをやってるようにしか見えないが、所々で鍛冶魔法を駆使したらしい。
そうして出来上がってきた武器は、たしかに見事なものだった。
全ての武器が傷ひとつ無い新品のように光り輝き、その刃が鋭くなったようにさえ見える。
実際、切れ味も相当なものだろう。
これは、想像以上の拾い物かもしれない。